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日曜の朝

作者: ヴァイス

 俺は駅のロータリーから伸びた通りを歩いている。気分転換のために散歩に出かけたのだ。やはり、朝早くに家を抜け出して外に出てきたのは正解だった。心が洗われる、清々しい空気に、風の音。ここが駅近だということを忘れるような空間だ。だがこんな悠長なことを考えている時ではない。俺は彼女を喜ばすための作戦を考えることに煮詰まって家を飛び出したのだ。なにかないかと首をめぐらす。

 早朝の日曜の通りは、人通りがまばらだ。駅前の喧騒も人の気配も全く感じない。いるのは散歩に来ている人か、もしくは始発で帰ってきた学生たちくらいだ。

 遠くの方で犬の鳴き声が聞こえる。猫でも通ったのだろうか。駅からは、電車の発車を知らせるベルと笛の音。

 ロータリーを出ると、その先には交差点がある。建設途中のマンション、三階建てはある居酒屋、美容院や金券ショップが建っている。

 気分転換をすることしか考えていなかったので目的地は決めてこなかった。ただふらっと近所を回れたらそれでいいという浅はかな考えのもと家を出発した。歩いて四十分は経っただろうか。そろそろ自宅に戻って水でも飲もう。そう思って、自宅の方に足を向けた。

 ふと視線が前方に向けた。ガードレールで区切られた歩道の上には、秋の間に散った赤や黄色の葉が落ちている。その先になにか動く白いものがあった。よく目を凝らすと、それは白い鳩だった。

 俺は、一羽で歩く鳩を見て、頭の中に疑問符が浮かんだ。鳥類は集団で行動するのではなかったか。なぜ一羽だけで歩いているのだろう。

 俺は保育園時代から鳥が好きで図鑑を何時間見ていても飽きないほどだ。就職してからは、付き合っている彼女とたまに動物園に行ったりもする。目当てはやはり鳥。腕に鷹を乗せてもらえた時は本当に子どものように喜んでしまって、心の中でこのまま鷹を持ち帰りたいという欲求と戦っていた。そんなこともあり、小学生の時には、実際にペットとしてインコを飼おうとしたこともある。犬よりインコを選んだ俺だが、結局家族に反対されてその望みは果たせなかった。

 鳩は、そんな俺の気持ちなど知る由もなし、歩を止めない。黙々とどこかに向かって歩いている。すると鳩は角を曲がった。姿が見えなくなる前、ちらっとだが小さな箱のようなものを下げているのが目に入った。それが気になり鳩を追いかける。

 道幅が狭くなり住宅街に入った。密集地なので住宅が畑のように並んでいる。どの家の車庫にも車が止まっている。郵便受けには今日の新聞が挟まっていた。

 幸い鳩の速さは遅く、俺と鳩の差はじょじょに縮まった。

 あと少しで追いつける。追いつければ箱の正体がわかるかもしれない。好奇心に動かされ、彼女のことなんか頭からなくなっていた。

 突然、とある家の前で鳩は向きを変え、玄関前の階段を上り始めた。木造のどこにでもありそうな家だ。俺はなにが始まるのか、わくわくしていた。

 鳩は、玄関のドアをくちばしでつつき始めた。ニ三度こつこつと音を立て、鳩はその場で止まった。不思議な光景に、俺は、胸を躍らせる。

 心の声が聞こえたように、玄関のドアが開く。中から姿を見せたのは男性だった。四十代くらいの小太りな男性は、その白い鳩を自分の子供のように抱き上げて、中に入っていった。以前見たことあるような家だったが、気のせいだろうか。

 俺はその一部始終を見ていてピンとくるものがあった。彼女を喜ばせる方法を思いついたのだ。


 昨日は散々な日だった。夜付き合っている彼女と会うことになっていたのだが、急きょ仕事が入ってしまった。彼女には申し訳ないことをしたと思って、昨夜から電話をかけているが一度も繋がらない。なんとか機嫌を直してもらおうとずっと考えているうちに寝てしまったようだ。起きたのは、朝の四時。風呂に入らなかったので疲れが取れていない。俺もずっと頭を使い考えているせいか、気分が落ち込んできた。滅多に行かない早朝散歩に繰り出したのはこういう理由だった。

 家を出たのは正解だった。なんといっても静かで、空気がうまい。冬空の下、少し肌寒かったものの、歩いていれば体温も上昇して今では暑いくらいだ。

 そんな中見つけたのが鳩だ。雪のように白い鳩は、俺の前を進んで行き、ある一軒の家に入って行った。俺は鳩の行動を見て、ひらめいた。鳩を使って彼女にプレゼントをできないだろうか。これはなかなかいい案だと思った俺は、早速自宅に帰り、ペットショップの開店時間を待って、出かけた。近所のペットショップには、犬や猫はもちろん、鳥類も扱っている。ゲージに入れられた子猫たちが、入った俺のほうに一斉に顔を向けてきた。甘えるようなとろんとした目に俺はついつい浮気をしそうになるが、本来の目的を思い出した。

 店主に早速尋ねる。

「すいません」

「いらっしゃいませ、どうされました」

「彼女に伝書鳩を使ってプレゼントを贈りたいんですけど、そういうのって可能なんですか?」

 彼は、うーんとうなってから答えた。

「不可能ではありませんが、時間がかかりますね。鳩を教え込む期間が必要になってきます。今すぐにプレゼントを贈りたいのですか?」

「はい。できれば早めに」

「わかりました。なるべく早く調教いたします」

 では、と言って、彼は、鳩のコーナーに俺を誘った。

 買うための手続きを済ませ、店を出た。

 帰り道、俺は跳ねる気持ちを抑えて家に向かった。彼女の嬉しがる顔を想像しながら。


 俺は家に着いてテレビを見ていた。冷蔵庫や本棚が置かれた室内には、比較的物が少ない。ベッドを置けば、部屋の二分の一は占領されてしまうからだ。テレビでは、昼のニュースがやっていた。アナウンサーもはきはきとしゃべっている。インターフォンが鳴ったのはそんなときだった。俺は、玄関のドアを開けた。そこには俺の、昨日会うことになっていたが結局会えなかった彼女が立っていた。いきなりの出現に驚いたが、俺は平静を装って中に誘う。

 それからは微妙な空気が俺たちを支配した。横目でちらりと彼女を見やる。

 ストレートヘヤーで、毛先を内巻きカールにしているのが実俺好みだ。目元や肌のメイクは普段よりもしっかりしているので、可愛らしい。一目で釘づけになってしまう。

 なにをしに来たのかわからなかったが、最初に昨日のことを謝ろうと思った。

「なあ、昨日はごめん。抜けられなくってさ」

 彼女の目がこちらを向く。

「ううん、大丈夫。仕事じゃどうしようもないし」

「今度ちゃんと埋め合わせするから」

 そう言うと、彼女はにっこりして笑った。うん、と返事をしてテレビに視線を戻す。

 謝れたことで俺の気分もいくらか和んだ。それからは、さっきの空気が嘘のように会話が弾み、俺は楽しくなって、サプライズの企画をうっかりしゃべりそうになった。やはり恋人がそばにいるのは、本当に楽しい。彼女がいてくれてよかった。

 そんなことを思っていると、妙な音が窓のほうから聞こえた。叩くような音だ。俺は立ち上がって窓に近づいた。音はリズムよく、「コンコン、コンコン」と鳴っている。俺はカーテンをめくってベランダに続く窓を見た。

 そこにいたのは一羽の鳩だった。それも、今朝見たのと同じ、真っ白な鳩が窓をつついている。びっくりして鍵を開けた。鳩は人間を怖がらない性格のようで、騒がずに俺の両手に抱かれた。毛先まで白く、見ているだけで幸せになれそうな体を俺は撫でた。ふと鳩の足にくくりつけられた箱に気付いた。鳩を下して箱をとる。中を確認してみた。中身は、指輪だった。銀の光沢が眩しく、見るものを引き付ける。その時、彼女が唐突に口を開いた。


「私と結婚してください」

 その一言が最初はわからなかった。

「え?」

「え、じゃなくて。二度も言わないから」

 俺はどういうリアクションをとるか迷った。喜ぶべきところなのだろうが、頭の中が混在しすぎて戸惑っている。鳩が来て、そこからどうなった? 物事はそんなに進行していないはずなのに。

「結婚?」

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤めながら、首を縦に振った。

 ため息を一つして、自分を落ち着けた。それから返事を一つ、

「はい。こちらこそお願いします」

 と言った。

 彼女の話によると、今朝見た鳩は、彼女の友人の家だったようだ。その友人に頼んで鳩にプレゼントを送ってもらったらしい。

「俺がやろうとしたこと先にやんなよな」

 悔しさをにじませた口調でも愛をこめた。

 そして、彼女のぷるんとした優しい唇を奪った。


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