先端にあらずとも鋭端である。
日本刀は、斬りて曲がらず。
その鍛錬は、炎と槌にて打ち上げる。
紫色の曼珠沙華の咲き乱れる花畑。その中にあり、中から何の影響もなく出られるのは、術者であるこの男だけである。名前はリコリス。ゲーム内にて短くない間を相棒として活動した相手を毒の花畑に置き去りに出来るその丹念はまさに驚嘆に値する男である。
「なーんちゃって。まぁカンナちゃんなら這いずってでも出てきそうなもんかと思ったけど。這い出るのかとも思ったんだけど。買い被りすぎたかもね。いくら獣みたいな少女って言っても獣自体じゃあるまいし、そんなに簡単に罠を食い破られても困る…奥の手もまぁ無いことはないんだけど。隠して置くからこその奥の手だからさ。」
そう言いながらも彼は執拗に一点を見つめる。今まさに彼の相棒が倒れ伏しているはずのその一点から彼は目を逸らすことが出来ない。そんなに気になるならば、赤色の方の彼岸花でも追撃すれば良い物を、彼はその魔力すらも惜しんでいるかのようにただ凝視している。
一寸の乱れなく四方に広がる紫のカーペットの一部分、明らかに人の形に窪んだその一点では彼女がまだ最後の力を振り絞っているのだろう。ほんの微かに身じろぎした部分の花が薙がれてそして再び穴を塞ぐように新しい花が咲く。花を薙ぎ倒しても意味が無いことは彼女も気が付いているだろう。あくまで花はエフェクトに過ぎない。本質は、その邪悪なスキルの本質は、その範囲内であればリコリス本人以外は逃れようが無い範囲の広さと、そこから逃さない為の麻痺+毒+炎の常時ダメージ…のくせに魔力は発動時にしか消費しないというコストパフォーマンス。
…しかして勝負というのは流れるもので、伯仲した実力であれば尚更。普段から慢心しがちなリコリス君ではあるが、そこは昔、勇名を馳せた名うての彼。勝負所はきっちりと押さえる。流すべきで無いところは流さない。きっちり予定量しか使っていない魔力の残りを、彼女の最後の一噛みに備える。だが、思わぬ所で思わぬ声というものがあがる。それが勝負の醍醐味でもある。
「…うん?慣れてきたな…。」
花畑の中から寝ぼけたような声が上がり、黒髪の獣が立ち上がる。
「いや、さすがに冗談だろう…。」
立ち上がった獣…こと、江戸沢カンナは事も無げに歩き出した。まさかコツでも掴んだのか、一定のリズムでふらりふらりと。ほぼ一直線にリコリスに向かって歩き出している。
「いやー、最初は身体が動かないし、HPごりごり削られるしで焦ったけどさー。まぁこんなもん所詮はスタンガンを3秒間隔で喰らってるようなもんだからさー。『慣れる』よね。」
「はぁ!?」
「いや、実際危うかったとも思うよ。私じゃなかったら間違いなく初見殺しだよね。でもさぁ、私は私だから。『現代日本で喰らう可能性のある攻撃には基本的に全て対処方法を考えている』」
「いや、麻痺とスタンガンは違うだろ…それに、同じだったとしても、スタンガンによる筋肉の弛緩を無効化できるってのか。それに永続ダメージは無効化できないはずだ。スキルでも取り直したのか?」
「ははは。君は馬鹿だなぁ。賢しい馬鹿。自分の常識内で全て片が付くと思ってるんでしょう。」
「ばぁか」
「こんな暴徒鎮圧にしか使えないような火力で私に本気で勝てると思ったのか?仮の端っこのヘッタクレでも私は日本最強の女子高生ちゃんだってーの。死ななかったら痛みも熱さも克服できる。定量ダメージ?あほか。こんな脈動回復よりわずかにダメージ高い位の攻撃で死ぬか!師匠のしごきの方がまだエグミがあったっての。」
吐き捨てるように言った。彼の努力を嘲笑うように言った。睨み付けるように言った。だがしかし、見下すようには言わなかった。
「赤い方で来い。こんな見かけ倒しのはったりで私に勝てると思うな!こんなしょっぱい攻撃で自分の信念を語るんなら、もうそこでおねんねしてろ。」
無言で、リコリスは紫の毒を解除した。歩数から計算して炎を配置する。意味もなく、理不尽に策を突破されるのには慣れている。言われるまでもなく破られる事を前提に策を何重にも用意する。それが元よりの彼の戦い方だった。
「…ようやっと。」
「ようやっとゲームに慣れてきたみたいだね。カンナちゃん。ここからは全くの手加減なしだぜ。君は日本最強の女子高生で、ゲームのルールの外側の知識を適用するなんて出鱈目かもしれない。でもさ!」
「僕も君の先を行くゲーマーとして、せめてゲームの中でくらいは強さを見せよう。人間強度では負けちゃうかもね。でも、ここで負けを認めちゃうほど弱くはないつもりだよ。さぁあーそーぼ!」
「ははは。このゲーム脳め。でもここで折れないのは高評価だよリコリス!現実でだって皆、私の本気とは遊んでくれなかったんだから。さぁゲームを始めよう。98話を経てようやくゲームのオープニングが終わった気分だよ。長いチュートリアルだったね。」
「最近のゲームはオープニングムービーに力を入れちゃってるのさ。」
日本屈指の剣士であり、格闘家であり、遊び相手を欲したカンナと。
日本屈指のゲームにて無類のギルドメンバーに揉まれ、磨かれ、誰よりも深く策を練るリコリスと。
いずれも、これからの日本が誇るべき逸材である二人がようやく相手の本当の強さを認められたとき、ようやく物語が進みだす。
エンデバーエンドワンスMMORPG。その最奥の雪山の地にて今、炎と影が交差する。
よーやく話が進みます。誰も彼も一筋縄ではいかないパーティは二人の一際強い個性に導かれます。縄と言えば禍福は糾える縄の如し、と申します。カンナちゃんとリコリスくんはどっちが禍でどっちが福なんでしょうね?
最終話に向けて、鋭意制作中の作者に感想評価を下さい!待ってます!本当ですよ?




