宴会の中の話
「例えば」
「例えば凍兎の核を使用して薬を作れば治るかもしれない」
「例えば」
「町の近くにわずかに生える薬草の類を奇跡の確率で調合すればもしかしたら…」
「キリのないことだ我々にはできることではない」
「そもそも治療の方法はおろか原因が分からぬ」
「原因分からぬ病は解析できず解析できぬ病の治療法など分かるはずもない」
「だがもしも」
「もしも根本にある病の原罪が分かれば」
「例えば」
「例えば」
「そういえばねリコリス君。凍兎倒した時の経験値があるじゃない?レベルがいくつか上がったはずだけど。」
あー。あえて触れてなかったが気づいてしまったか。
「うん、そうなんだよねー。一気に3レベルも上がっちゃったよね…。でも、そこは振らないでおこうよ。」
「なんで??」
「スキルは何でもできる。」
「うん?何でも?」
「そう、何でも。かなりプレイヤーの好みによって出来る事は変わるんだよね。カンナが今したいって思ってるロッサの母親の病気の診察スキルも多分だけど手に入るよ。」
「…お見通しか。」
「そう。そのくらいまではね。僕が言いたいのはさ、それ取ってどうするのって話。」
「分からない。言ってる意味がよくわからない。」
「ワンオフ…わかる?それは出来るけどそれにしかできない事。診察スキルはここ以外でどこで使うんだ?スキルポイントは無限かい?ここは現実じゃない。1と0で構成された数字で自分の、もしくは他人のステータスまで把握できちゃう世界だ。そこで尖るってことの意味だよ。」
「尖る。」
「そう。ステータスやスキルを自分の目的に合わせて構成するんだよ。それがゲーム。カンナの構成は?どうなりたいのか考えてるはずだよ。」
「私は筋力と器用さを上げてステータスで攻撃構成をして、スキルは回復や強化魔法で構成する。」
「そう、他のゲームで例えるんならそれは聖騎士だ。カンナが自分で考えて構成した、それはカンナのための構成だろ?尖ってはないけど応用力の高い粘りのあるいい構成だよ。」
「…リコリス君の構成は聞いてもいいのかな?」
「応用力オンリーの『尖らない』事を目的とした構成だよ。出来るなら全属性、全形質の魔法を揃えて攻撃用の必殺系のスキルも欲しい。回復もできるし、その他の状況にも応じられる圧倒的な超応用系構成を目指してるんだよ。例えるなら奇術師かな。」
「…そこに診察スキルは。」
「…わかるだろ?警察と医者は違うだろ?消防士と弁護士はどうだ?そりゃあ似偏ることはあるのかもね。現実なら知識として決して邪魔にはならないよ診察なんてのはね。でも、どうかな?今の僕たちには必要なことかな。確かにポイント1つの事かもね。レベルが上がればいくらでも取り返しが効くかい?」
「…。」
「そうなんだよ。取り返しは効かない。それを得た記録は消えないから。それが君の嫌った道を違えるってことじゃないの?」
「じゃぁ、じゃあどうすればいいって言うんだ!」
久々に彼女の中の獣を見る。猛り、吠え、自分の強さを誇り、無力さを覆う。獣。
「わたしは、わたしは助けたいのに!ロッサ君のお母さんを助けたいのに!手の中から毀れるもんなんかみたくないのに!全部をねじ伏せて!飲み干して!食い散らして!私の最強を証明したいのに!」
「見間違えてるよ。君の最強に仲間なんて必要ないんじゃないの?目の前の全部を殺して、バラシて。その方が君の道に合ってるんじゃないの?最強ってそういうのじゃないの?」
「私は、私は!」
「だからね。」
僕は笑う。もう獣なんて怖くなかった。ここにいるのはただの女の子だ。初心者のね。
「だから誰かを助けるって選択は、かっこいいんだよなー。」
「え?」
「寒さを軽減するコートみたいに。暑さを軽減する靴みたいに。ね?大丈夫。今は症状の悪化がない。現状の維持には金がかかるが逆に言えば金さえあればなんとかなる。医者を一人連れてくればいい。もしくは診察スキルを持つアイテムが一つあればいい。ここはゲームだ。試してみようぜ。試行錯誤が人生だ。」
「リコリス…。」
「目的ができたね、楽しくなってきたぜ。」
「うん、うん!そうだな。わかった。私は道を違えない。でも目の前にあるものも取りこぼさない。」
はい、ハードル上げちゃったぜ。でも獣相手ならともかく可愛い女の子相手に啖呵一つ切れないんなら。見栄一つ張れないんなら男に産まれた意味がないよね!




