鬨の声(イエティ村の冒険者達)
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彼らは腐っていた。
もちろん物理的に身体が腐っていたとか、そういうことではもちろん無く。やることもなく、さりとて契約によって村を出ることも叶わず。いじいじと酒を煽っていた。ただし一時的な酩酊感は得られてもそこはゲーム。即座にとは言わなくともすぐに状態異常として処理され通常の状態に戻る。つまり酔いが続かず、それも彼らが腐る要因の一つだった。
「あーもー。アカウント作り直して別垢で一からやり直そうかなぁ。くっそつまんねぇ。」
「わかる。つーかいつまで待機なんだよ。せめて防衛でも遺跡探掘でも仕事はいくらでもあんだろ。始めて早々飼い殺したぁ運営も随分なクエストをはっ付けてくれたもんだぜ。」
つまりはそういうことであった。ゲームを始めてすぐにこの村にたどり着いてしまったのが彼らの運の尽き。にこにこと好待遇を約束してきたイエティにまんまと騙されて彼らは殆どの長き時をこの村で過ごしていた。衣食住、それからついでに簡単な武器防具に簡単な雑用。その辺りが関の山だった。ゆえに彼らは酒を飲み、呑み、呑まれ、腐っていた。
一部の優秀なプレイヤーは既に遺跡の保全を依頼されている(イエティに有利なように歪んだ情報を与えられてはいるが。)事を考えれば彼らは飼い殺しにする程度の価値しかないと判断されている。その程度のプレイヤーだ。
そしてそんな全てのプレイヤーにも平等に、天からの声は降り注ぐ。心に灯す火のように。腐った体を炎で炙られるように。
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「東西、東西(とざい、とざーい!)」
酔いどれるプレイヤーたちの頭の上からオープンチャットで声が降り注ぐ。
「あぁん!?」「なんだ、イベントか?」
敵もさる者、ひっかくもの。一瞬で正体不明の相手の行動に対処に応じようとする。このあたりは腐っても厳しい厳選から選ばれたプレイヤーたちである。一瞬で腰を上げて支給された武器を構えて周囲のプレイヤーたちと背中を庇い合いながら少しずつ一団を形成する。
ソロから、ペア、トリオ、もう一人寄って来れば班である。4人で背中合わせに声の出所を探す。見つからなくても警戒は怠らない。周囲を見渡せば同じように最小規模の班がちらほら見える。イエティどもも同じように4人一組でおっかなびっくり武器を構えながらこちらに合流してくる。そこそこ長い間、酒を飲みかわしてきたのだ。時に拒否もなくゆっくりと班は溶け込んでいく。
班が2つ集まり、混ざり合ってしまえば分隊である。仕切り屋がいればこの時点でPTリーダーが組み始められる。1個分隊。つまりは8人組もしくは12人組である。そこは魚心あれば水心。分隊の人数もばらばらである。
そこからは話が速い。イエティのボスどもが仕切り始める。イエティは素直に従うが、冒険者は指示に従う者たちとあくまで自分たちだけで班を維持するものが出てくる。くっ付き、離れ。分隊は小隊に。小隊は中隊になった。そして年貢の納め時。冒険者とイエティの混成軍は約200人前後のファランクスとなり村を守った。
小隊規模、そしておおよそ中隊規模の警戒態勢だが未だ敵は見えない。
『一座、高こうは御座りまするが、不弁舌なる口上を持って、申し上げ奉ります! 従いまして、従いまして、この度を催うしましたる所、かくも賑々しく、ご見物の皆様、お集まり下さり、篤く御礼申し上げ奉りまする。』
「歌舞伎か、浄瑠璃かよ。東西声ってことは…まぁプレイヤーだろうな。NPCだったらちょっと運営の神経疑うぜ。」
そこかしこで小声でプレイヤーたちが呟く。イエティや大部分のプレイヤーは耳を澄ますが内容について行けていないため、ただただ困惑するばかりである。
『さて、このたび演じまするは、コボルト族とイエティ族の血で血を洗う戦争劇にございます。』
『皆々様方に御願い申しあげ奉りまするは、役者並びに裏方一同に至るまで、未熟不鍛錬ものに御座りますれば、御目まだるき所は袖や袂で、幾重にもお隠しあって、よき所は拍手栄当栄当の御喝采、七重の膝を八重に折り、すみから、すみまで。』
『ずずずいっと、御願い申しあげ奉りまするぅ!』
『先ずは、前座。か弱き人族の雪山踏破。みごとイエティ族の村まで辿り着けましたらご喝采。そのため口上。東西、東西』
ここまで聞けば察しの悪い者たちでもはっきりと分かってしまう。これは戦争なのだと。
「全員に告ぐ!これより戦闘防衛準備に入る!村の防衛柵を起こせ!できる限りの準備を怠るな!」
しかして、なんともはや。遺跡荒らしやコボルト村への襲撃の経験は数あれど、自分達の本拠地が攻められる経験はこれが始めてである。一統の興亡ここにあり。今血煙の狼煙が上がる。