合意
砂を吐く、の語源は甘ったるい恋愛事情を見て「砂糖を吐きそう」で間違いが無さそうです。
ウップス!
そこからは、驚くほどスムーズに事が運んだ。あらゆる情報を掻き集めてくる夕立と、情報を選別することの好きな僕とでは実はとても相性が良く進む。実質的に取れる対応は多くは無いのだ。夕立は情報を持って来て決済を求めるだけ。僕は判を押すだけ、だ。万事恙なく。
もちろん何の問題もなかったわけではない。例えば自分たちの側で味方をしてもらっていたファイアーシスターズのスカーレットとパイロスターターは当然のように難色を示した。誰かが情報を統制して指示を出さなければならないのならば、自分たちでも良いのでは無いのかと主張したのだ。その主張に真っ向から反論したのは僕でもカンナちゃんでも無く夕立その人であった。
「拙者はこのゲームがオープンしてからずっとかなりの時間を、あなた方姉妹と過ごしてきた。おもしろい人物ではあるし、傍で支える分には不満は全くないが、人の上に立つ器では無く、依存する事はあっても指導することは出来る人物では無いと判断したでござる。もちろん主殿の傍にあるのであればいままで通りの支援は惜しまないでござるよ。」
そして、とりあえず衣食住を依存し倒してきた姉妹はグゥの音も出ず黙り込むことになった。まぁ確かに器では無い。愚かなりファイアーシスターズ。くっくっく。
だがしかし、こうなると『主殿候補』には当然のように僕よりも相応しい人物がいる。王者であり伝説であり最強でもある少女、江戸沢カンナ様である。普段は思いのままに暴れ回る狂人だが、立ち振る舞いを意識した途端に僕などよりもよほどの圧倒的カリスマを誇るヒロイン様に変貌するのだ。
そして、彼女はこちらをちらちらと意識しながらも、女性であると判明した(白状した)夕立ちゃんが、リコリスを『主殿』と呼び称すのはいささか不健全では無いか。リーダーの器はリコリスにあるが、皆の不本意を差し置いても、もしリコリスと夕立ちゃんさえ良ければ自分が主となっても良いと鷹揚に語られた。
そのくだんのリーダーたる僕としてはメンバーの気遣いに涙する他に無いが、しかし、ここでも反対の意を示したのは夕立であった。
「確かにカンナ殿は大器であり、人の上に立つ器であろうと拙者も思うでござる。であるが、私が名を明かしても良いと感じたのはリコリス殿であり、ゲーム内であろうとも、たとえロールプレイングの一環としてでも、人に仕えると決めたのは拙者の中では易く無い決断でござる。それに、リコリス殿を『認めて』いるのはカンナ殿も同じであると思うが?」
実に、重いことを軽く言ってのける夕立ちゃんと、納得して引き下がるカンナちゃん。いや、炎姉妹の叛意は鴻毛より軽いが、この二人の信頼が重い。胃に来る重さである。カンナちゃん僕のこと認めてくれてるのかよ、嬉しいなぁ。
「じゃあ、まぁとりあえず僕が夕立の主って事に文句があるヤツはとりあえずいないね?実際使い勝手が良いし、双方合意の上でお互いを使い潰させていただこう。で、全員揃ったとこで、今後の方針について話し合いがしたいんだけど。」
「異議あり!」
まさかのカンナちゃん、二連続の物申である。
「夕立ちゃんがリコリスを主殿って呼ぶのは良いけど、夕立ちゃんを夕立って呼び捨てるのはおかしいっておもうんだけど。」
何言ってるんだこいつ。
「え、まさか名前を明かしたのに忍者って呼ぶの?」
「いや、私のことをカンナちゃんって呼ぶんだから夕立ちゃんも夕立ちゃんで良いんじゃ無いかな。」
子どもか。いや、モンスターペアレンツか。
「え、じゃあ…夕立ちゃん?」
主の威厳形無しである。
「いや、主殿。」
小声で囁いてくる夕立。近いぞ。
「カンナ殿はつまり、こう仰せなのだ。私も呼び捨てで呼んでほしいと。」
「いやーないだろう。え?呼んでみろって?ちょっと横柄な感じで?
おい、カンナ。」
ほら、カンナ様が怒っておいで…でない?むしろ…その、なんだ。満足げですらある。
「なんだ、リコリス。私のことも呼び捨てにして平等を図ると?しかたない。仕方無いねリコリス。私が許すよ。」
それを横で見ていたパイロスターターが、非常にげんなりとした顔で何事かを呟いていたが聞こえなかった。
「なるほど、これが砂を吐きそうだって感情なのね。」
どうだったでしょうか。定期的に現れるカンナちゃんのデレ季でございます。でれでれ。しかし、ファイアーシスターズを全く敵と思っていなかった矢先の、急接近忍者。忍者汚い。さすが忍者汚い。そして近い。
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