02.涙
「父さんと母さん、離婚する」
何を言っているのか分からない。頭の中は真っ白で、遠くの方から母さんの悲鳴みたいな泣き声が聞こえるだけ。
「父さんはこの家を出ていく」
「え……?」
かろうじて出た声には生気がない。
リ…コン…リコン…りこん…離婚…!
僕の脳内回線がやっと復興を始めた。そして、改めてことの重大さに呆然としてしまった。
「離婚…? 父さん…家を出ていくの…? 本当…?」
父さんは僕を見ようとせず苦しそうに頷いた。
な…んで…? どうして…?
僕はそのままその疑問をぶつけた。
「どうしてっ!? なんで父さんが出ていくの!?」
ズズっと母さんの鼻をすする音が響いた。
「父さんを待っている人がいるんだ」
「それって…女の人?」
お腹がキュッとなって、嫌な気分になった。
「ああ」
父さんはまた僕を見ずに頷いた。
「まだ詳しいことは何も決めていないし、話し合ってもいないんだが、とにかく父さんは家を出ていく。生活費はちゃんと入れる。余分に金が必要ならいつでも言いなさい」
そう言って、うずくまって泣いている母さんと呆然と突っ立っている僕を残して、父さんはリビングから出ていった。
回線の復旧はほぼ完了し、同時に警告のベルが僕の脳内で鳴り響いた。
ハッと我にかえり、僕は走って父さんのあとを追った。
父さんは旅行用のトランク片手に靴を履いてるところだった。
「父さん…行かないで…!」
僕は素直にそう言った。
「僕も母さんも、父さんなしじゃ生きていけないよ!」
気付いたら叫んでいた。
「ねぇ…何とか言ってよ! 父さん!!」
返事を待つ。でも父さんは…
「ごめん。母さんを頼む」
そう静かに言って、家を出ていった。
残された僕と母さん。 リビングに残りうずくまり嗚咽を漏らす母さんの背中をさすった。
「ごめ…んね…。光太…ごめんね…。もう少し待ってね…。もう少ししたら…ちゃんと話すから。説明するから…。それまで…少し…時間をちょ…う…だい…」
途切れ途切れに母さんはそう言い、また泣き出した。
不思議と涙は出なかった。
あの後、母さんを1人残し、僕はマンションを抜け出した。
あてもなく、雨の中をフラフラしていたんだけど、結局たどり着いたのはハジメの家だった。
ベランダにかかった梯子を慎重に登って、ハジメの部屋の窓を軽くノックする。
ハジメは驚いた風に窓をあけた。
「どうしたんだよ?」
「あれ、光太?」
うしろから明日花もヒョイっと出てきた。
部屋に入れてもらって時計を見ると、まだ6時半をまわったところだ。
ハジメ達と別れて1時間もたっていない。
帰ってすぐにあんなことがあったから、僕はもちろん制服だ。
「父さんが…家を出てっちゃった」
ポツ、ポツっとさっきのことを話始めた。 2人は驚いていたが、最後まで静かに話を聞いてくれた。
そして話し終わり、初めて涙がこぼれた。あとから、どんどん。
ハジメは何も言わず、僕の頭をポンポンなでてくれた。
明日花は、そっと僕の手を、自分の両手で包み込んでくれた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。