深淵なるもの…?
「愚者マリよ!我を讃えひざまづけ!さすれば煉獄の彼方より我の力を…」
バシッ!!
「ピギャア!!」
「黙って払うもの払いなさい?それとも…」
ビシッ!と床に鞭を打ち付ける。その音に怯えた男が悲鳴を押し殺しながら
「愚かな…私にそのような振る舞いをしても意味なんぞないぞ!!」
「黙りなさい!!」
びゅるるん!!
顔に鞭を巻き付けそのまま引っ張ると男はバランスを崩して倒れた。
私は男の顔に顔をよせて、
「準備してるの?してないの?あんまりふざけてるとこのまま踏み抜くわよ?」
自分でも冷たい声色で告げる。
「ふん、深淵なる我の思想に共感することなく世俗の価値観のみ縛られる貴様にはブァ!」
私は思いっきり顔面を踏みつけた!
「いい加減にたまりにたまってる借金を返しなさい!!いいから返しなさい!!さっさと返しなさい!!わざわざ借金を返せないアンタの為に私は簡単な依頼を準備してたのに…!!だいたいあんな簡単な依頼をブッチするなんてどういうことよ!ちょっと隣の村に荷物を届けるだけの依頼よ!?おばあちゃん荷物を取りに来ないから逆に心配してたわよ!?もういや!!アンタの借金を回収するのも、依頼を手配するのも、尻拭いするのも!!だから払いなさい!!無くても払いなさい!!借金してでも払いなさい!!」
「ふむ、それは妙案だ。ではさっそく我に金貨を少々進呈して頂けないだろうか?(お金貸して?そこから払うから…)」
「馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?私から借金するなんてどんな思考回路してるの?借金増えるだけでしょう?」
「いや、金額は変わらないでしょう?」
「世の中には手数料というものがあるのよ?馬鹿兄弟…!!」
応えるのと同時に振り向くと近くで正座をしたまま口答えしてきた男に後ろ回し蹴りを放った。顔面に直撃したが特になんて事なさそうに男が応える。
「そうですね、借金が増えても困るので今日のところは帰っていただけませんか?どう頑張っても今日は返せません。これっぽっちもです。」
「今日も明日も明後日も返せる見込みなんてないでしょう?あんたら兄弟に…帰れと言われてそう素直に帰るのもね…せめてなにかないの?依頼もろくに終わらせられない、仕事を探している様子でもない…ないない尽くしじゃないの」
「兄さんはともかく…」
「我が本気になればすごいぞ!!なんなら我が秘術、『剛脚転速』を見せてやろうか?驚きの余りにプギャ!」
「誰が喋っていいと言った」
私は腹立ち紛れに兄さんと呼ばれる男の顔を蹴っ飛ばした。
「我々は…特に兄さんはマリのストレス解消になっています。それもお金をもらってもいいくらいにと思うんですが…」
「アンタらの借金が回収できないんで、私が支部長に嫌み言われてストレス溜まってんのよ!居場所を見つけるのも一苦労だし…そんなあんたらに依頼を手配する私の苦労…あーイライラしてきた」
「それは八つ当たりでは…?」
弟がそうつぶやくと、
「原因はアンタたちだから八つ当たりでもなんでもなく、制裁よ!!」
そういって蹴りを入れるが兄とは違い頑丈な体にはあまり効いていないようだ。
「そういっても借りたのは兄さんで、僕は関係ないでしょ?」
「兄を売ろうというのか?この愚弟!貴様には我が紅蓮の漆黒魔法を炸裂させるぞ!!」
紅蓮なのか漆黒なのかどっちなのよ!とツッコミたい気持ちをぐっ!と堪えて、
「そんなのはどっちでもいいのよ。アンタらどっちでもいいから借金返してくれたらそれでおしまい。私たちの関係はそこでおしまいなんだから…」
「なあマリ、もうコイツ等魔法ギルドに売っちゃえよ?弟は頑丈、兄は大した魔法は使えないが魔力は結構持ってるみたいだし…な?俺らもそんなに暇じゃないしな?」
「それは一番に考えたんだけどね、コイツ等をそこにやって問題起こすのほぼ確実だと思うのよね?兄は魔力暴走させてトンズラよ。被害の弁償金でこっちが痛い目をみるわ。弟は弟でムカつくほど冷静なうえに頑丈で魔法があんまりきかない体質なのよね、暴れ出したら手がつけられないわ」
「まさに研究にはもってこいな被検体なんだけどな…」
「そういうわけなんで、」
そういって弟が逃げようとする。
「甘い!」
足に鞭を巻き付けてすっころばせる、もう何度これが続いたか…
「もういい、わかった…」
そういって私は足元の2人に声をかける。
「一緒にダンジョンに潜りましょう?」
「「は?」」
「頭に続き、耳も悪くなったのね?ダンジョンに潜るのよ。そこの浅い階層で鉱石を拾って換金…どう?」
「いいも悪いも僕たちモンスターなんか倒せないよ?」
「とうとう我が深淵の故郷に戻るときが来たな…くっくっくぅうう、はぁっはっはっはは!!我が真の力を思い知れ!!マリヒラノ!!」
「うるさい!大した魔法を使えないアンタなんかなんにも…いやいや、そうね期待してるわよ。シンエンンの魔法使いさん。大魔法期待してるからね?儲けは半分でいいわね?いい?あと、私は戦わないからね?」
「はあ?何言ってんだこの凶暴女が!!我が眷属として馬車馬の如く戦って華々しく散れ!守銭奴!!」
「アンタね!!わざわざ持ち上げてやったのに、その言いぐさはなによ!踏みつぶすわよ!!」
地面に転がってる兄を踏みつける足に力を入れていく。
「兄さんわざわざ怒らせて…はっ!そんな趣味があったんだね?僕知らなかったよ…ゴクリ」
「そんにゃわけないにゃろう!こにょうおろかものめ!!」
踏んづけられてるのでうまくしゃべれないのかむにゃむにゃいっている。しゃべる度にブーツに変な動きが感じられて気持ち悪くなり、さらに踏み込む。悲鳴に近い空気の漏れる音がするが気にしない。兄を見つめる弟の目が怪しい…そんな趣味があるのは弟の方じゃないのかと思っていると、
「ポンコツを2人連れて行ったどうすんだよ?マリはとどめ刺せないだろう?」
「ええ、戦闘なんてまっぴらよ?でもコイツらだけで行くわけないし、他の人に頼むのもちょっと…ね?」
「どうすんだよ…」
と、ダガーのため息ひとつ。
「なるようになるわよ。いざとなればコイツ等だけおいて脱出よ!?」
「悪い笑顔してるなー?魔王名乗ってもいいんじゃないか?」
「嬢王に続いて魔王?なんの冗談よ?笑えないわ。それよりもいい魔力が籠もってる鉱石を感じたらすぐに教えるのよ?あの馬鹿兄弟に教えるんじゃないわよ?」
「ええっ?さっさとあいつ等に教えて集めさせた方が早いんじゃないか?借金もなくなるだろう?」
「馬鹿ね?それじゃ私がタダ働きじゃない。あんな馬鹿兄弟の為にそんなことするなんてゴメンよ!それにあの馬鹿兄弟の借金そんなちまちました額じゃちっとも減りはしないのよ?せいぜい今回は苦しんでもらうわ!どうせ簡単に死にやしな奴らなんだから!その辺のモンスターにない脳味噌を少々カジられたらいいのよ」
「誰がない脳味噌だと?貴様我を侮辱しているな?まあ貴様にはカジラレルべき胸はないからな!?優秀な我が脳漿を羨む気持ちも分からんことはないぞ?いまなら借金をチャラにするならばすべてなかったギャン!」
「それはこっちのセリフよ?いい加減にしないと本気で踏み抜くわよ?」
後頭部を蹴りつけてやったがどうせ反省なんかしてないんでしょ?
「さあ、あんたらの為に手配してくるから逃げないでまってなさいよ?逃げたら…ニヤリ」
最大級の微笑みをして、縛り付けたままの馬鹿兄弟をその場に残して、私はギルドにダンジョンへ潜る許可をもらいに行くことにした。