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ハルモニア  作者: 岸部碧
第一章
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ほんとうの世界

 祖母の言葉が蘇る。

『もうすぐ、迎えが来るわ』

 そう告げた彼女の瞳は酷く穏やかで、それなのに泣きそうな色をしていた。


「単刀直入に言う。俺は異能者だ」


 ハッキリとのたまったいとこに、那由多は目をぱちぱちと瞬いた。

 異能者とは何だったか。ついさっき聞いたばかりの言葉を反芻する。

「……いや、正確には俺達の一族が異能者だ」

 なんとか言葉を飲み込もうとした所で付け加えられたそれは、那由多を更に混乱に陥れるのに充分だった。

「お、俺達って、まさか」

「ああ、血縁者のお前も充分に異能者の可能性がある。髪や肌の色が遺伝するみたいに、能力も親から子に受け継がれるんだ。もちろんそっくりそのままの子供が産まれる事はないから、能力を受け継がない場合もある」

 淡々と告げる春は、嘘をついているようには見えない。第一、こんな片田舎にまで来て嘘をつく理由が思いつかない。

 しかし、いくら那由多でも今までの常識をひっくり返すような事を言われて、「ハイソウデスカ」と納得できる筈がなかった。

「……アズマくんが、い、異能者だっていう、証拠は……」

「まあ、疑うのは当然だな」

 搾り出した声に気を悪くするでもなく、春は「じゃあ、これとかどうだ?」と先程那由多が淹れたお茶を指す。湯呑みの半分くらいまでまだ麦茶が残っていた。

 春はその湯呑みをおもむろに持つと、くるりと上下逆さまにした。

 那由多はぎょっとして咄嗟に体が動きそうになるが、それより先に不審な点に気付く。

 湯飲みの口は完全に真下を向いているのに、麦茶が零れ落ちる様子はない。だからといって、春が何か仕掛けをしているようにも見えない。

 ぱちぱちと瞬きをする那由多を見て、春はくつくつと笑った。

「異能者は能力を親から受け継ぐって言っただろ? 異能者と人間の場合、子供に能力が受け継がれる割合は半々だ。同じ能力の異能者の場合は、ほぼ確実にその能力が受け継がれる」

「うん……?」

「俺の親父は水を操る。母さんは電気を操る異能者だ。そんで俺は、二つの能力を受け継いだ」

 そろり、湯呑みの口から麦茶が顔を覗かせる。

 瞠目する那由多の目の前で麦茶は湯呑みを這い、ぴょんっと空中に飛び出したかと思えばぷかぷかと浮いてしまった。まるでSF映画に出てくる地球外生命体のようだ。

「異能者の混血は珍しくないけど、両方の能力を受け継ぐのは稀だ。俺みたいな奴は特別に『多能者たのうしゃ』って呼ばれる事もある。……俺が異能者なのは理解できたか?」

 ニタリとからかうような笑みを浮かべた春に、那由多はかろうじて頷く。

 気ままに宙に浮いていた麦茶が湯呑みの中に戻った。

「異能者は、能力と同時に姓も受け継ぐ。異能者の名字は能力を示すんだ。たとえ結婚して名字が変わっても、異能者の間では通称名として旧姓を使うのが決まりだ。俺の母さんも戸籍上は水無月だが、普段は旧姓を使ってる」

「……水を操るから、『水無月』……?」

「正解。じゃあ、ここで問題だ。お前を今まで育てた、氷取沢清子ひとりざわきよこ……ばーさんは、どんな能力を持つ異能者だと思う?」

 試すように紫色の瞳が鋭く光った時、何故か一瞬、酷く肝が冷えた気がした。

 少しずつではあるが彼の言葉を理解し始めていた頭が、唐突にぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようだ。

 顔を青くした那由多の正面で、春はそっと息を吐く。

「伯母さん……お前の母親は、当然『水無月』を名乗る異能者だった。氷取沢清子は母方の祖母だと教えられただろうけど、本当は他人だ。血の繋がりはない。親父と伯母さんの師匠だったんだよ」

「……お祖母ちゃんが、師匠?」

「氷取沢清子といえば、異能者の間じゃ有名だ。『鬼喰らいの雪女』って異名もあるくらいだ」

 知らない。そんな人は知らない。

 唐突に、そう子供のように拒絶してしまいたい衝動に駆られた。

 両親の顔も知らない那由多を大切に育ててくれたあの女性は確かに氷取沢清子という名だったが、そんな異名をつけられるような恐ろしい人ではなかった。厳しい人ではあったけれど、そこには必ず愛情があった。

 私の祖母とは別人だと、そう叫びたかった。

 しかし、いとこの鋭い瞳がそれを許さない。

「その異名の意味はそのままだ。異能者はな、魔族を狩るんだ」

「――っ」

「異能者は自分がただの人間じゃない事は理解してるけど、それでも人間だと思ってる。人間という枠の中に、異能者が存在するんだ。だから人間を襲う魔族を、人間の仲間だと証明する為に狩る。当然、魔族と異能者の関係は最悪だ」

 淡々と、淡々と、春は告げる。

「だけどな、十五年前にある異能者の女が禁忌を犯した。その女は異能者の中でも権力者の一族でありながら……あろう事か魔族を愛し、魔族の子を産んだ」

 暗い紫の瞳が、冷たく那由多を射抜いた。


「――それがお前だ、那由多」

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