嘘と私と。‐I`m a liar‐
『嘘』と言うテーマで書き上げた短編ものです。他の先生方の作品は「嘘」小説と検索すれば見れると思います。是非、私たちの作品を読みに来てください。
私は嘘をついた。
嘘をついて、そこから逃げ出そうとした。
誰かを騙すためじゃない、誰かをいじめるためじゃない、誰かを傷つけるためじゃない、大切なものを守るために私は嘘をついた。
ただ、そこから逃げるだけのために。ただ、その場から離れたかっただけのために。それがその場凌ぎだと言うことを頭の何処かで知ってはいても、それでも私は嘘をついた。
嘘をつくことで自分を守ろうとした。
そんな私は酷い人だと、自分でも思う。
「亜美はっ!」
誰よりも早く、私達の両親よりも早く駆けつけたのは河田誠次くんだった。
私の妹、と言っても双子の妹の亜美とは彼氏彼女の関係らしくて、もう付き合い始めて三年になるとか言っていた。そう考えると、二人は高校一年生の頃からずっと付き合っていたことになる。
私は、今までにそんな経験はしたことが無いから何とも言えないけど、他の友達が言うには長く持っている方らしい。早い人だと一週間も持たずに別れたって言うのもある。それを踏まえると、自分の妹ながら偉いと褒めてあげたい。
でも、もう私が彼女に褒めてあげることはないだろう。
だって、妹は、亜美は立派になったから。お姉ちゃんの私よりずっと立派になることが出来たから。
だから、私から褒めることなんてもう何もない。
それに、たぶんもう褒めてあげることすら出来ないと思うから。
「なー、亜美はどうしたんだよっ!」
何で?
どうして?
何でそんなに怒鳴るの?大きい声を出すの?そんなに大きな声を張り上げて、そんなに何度も妹の名前を呼ぶの?
何度も何度も怒鳴るから、何回も何回も妹の名前を呼ぶから、それが嫌になっただけのかもしれない。
嫌になって、そんな場所から離れたくて、逃げたくて。
だから私は嘘をついた、かもしれない。
「亜美は元気だよ。心配しなくても大丈夫だって」
出来るだけ笑って見せて、出せるだけ笑顔を振りまいて、その奥にある本当の真実を覆い隠すために私は嘘をついていた。
でも、それでもわからない。
自分がついた嘘の理由がどうしてもわからない。
嫌だったとか、そこから離れたかったとか、ただ逃げ出したかったとか言う後からつけたものじゃない、私だけが知る本当の理由。
それが見つからなかった。
「そうか、良かった…」
顔から焦りの色が消え、安心したいつもの顔へと戻っていく河田くん。心の底から安心して、笑って、少しだけ泣いて、そんな顔を浮かべている。
私は、そんな河田くんを見ていることが出来なかった。
いや、見てはいけなかったんだ。まるで、何か悪いことをした子供が叱られた後、あまり親に近づこうとしないように。何か後ろめたい気持ちがあるかのように。
私は河田くんを見ることが出来なかった。
それで思う。
やっぱり私は悪いことをしたんだろうって。悪い嘘をついてしまったんだろうって。河田くんの顔を見たその瞬間、私は悪い人なんだとわかった。
「おまえ大丈夫か?何か顔色悪いみたいだぞ」
「全然。そんなこと絶対ないよ」
「そうか。なら、良いんだけどさ」
妹が無事だと知った後から、今度は私のことを心配してくれる河田くん。それは良い。本当に嬉しい。でも、それでも今は私に優しくしないで欲しい。
私のことは忘れて、それよりも妹の、亜美のことを心配してあげて欲しい。
そう願っても、彼は私のことを心配する。
何故だろう?
その答えはすぐにわかった。それは私が原因。私自身が全てを知っているから。私以外、誰も本当のことを知らないから。だから、彼は私のことを心配する。
たぶん、今の私の顔は今までに無いほどに崩れているんだろう。もう泣く一歩手前のような顔をしているに違いない。
そんな顔を見た彼だから、こんな私を見た彼だから、私のことを心配してくれるんだろうと思う。
妹は無事なんだと、勝手に思い込んで。
「そう言えばさ、この前はありがとな。その、いろいろと面倒掛けて」
「ううん、全然そんなことないよ。本当に大丈夫、お礼なんていならいから」
どうして、なんでこんな時にそんな話をするのか私にはわからない。もう彼にとっては妹は無事だからってことで安心しているんだろう。だから、なんでもないような話さえ普通に出来る。そうやって笑っていられる彼が何だかとっても羨ましい。
この前って言っても、ほんの二日くらい前のこと。河田くんが放課後に私を呼んだ時のことだ。そう、呼んだのは妹の亜美じゃなく姉の私。
初めは何かの間違いだと思ってた。でも、それは私じゃないと駄目なことだった。
「今度さ、亜美の誕生日じゃん?」
「そうだね」
本当は妹だけじゃない、私もそうなんだけど。
「それであいつの好きそうなのって何かなぁってさ、気になってんだ」
「それで私に聞こうとしたの?」
「そう言うこと。頼む、あいつが好きそうなの教えてくれ」
「亜美が好きそうなのね―――」
その時、私は『本』って答えた。これは本当のこと。亜美は昔から本が好きで、暇なときはずっと本を読み続けている。
そんな亜美にとって本以外に似合うプレゼントはないと思う。だから、私は『本』だって答えた。でも、それは私も同じ。双子は性格も似るって言うけど、私たちは趣味まで同じになったらしい。
だから、私も本が好き。
もう彼は亜美のために本を買ったんだろうか?亜美が好きそうな本を選ぶことが出来たのだろうか?それとも、まだ何を買おうか悩んでいるんだろうか?
私たちの誕生日は明日。明日の五月二十一日。
その日に彼はプレゼントを渡すことが出来るのだろうか?
やだ。考えたくない。
その先を、その後に待っている結末を知りたくない。いや、本当はどうなるかなんて始めの時点でわかっている。ただ認めたくなかっただけ。それを受け入れたくなかっただけ。その事実を信じたくなかっただけ。
だから私は考えるのを止めた。止めないといけなかった。だって、これ以上この先のことを考えてしまうと泣いてしまうって思ったから。
だから、その代わりに言おう。それがいずれわかってしまう本当の事実との代わりになれるとは正直思っていない。でも言わなきゃ、言ってあげなきゃいけない。
だから、言う。言ってあげる。
だから、聞いて欲しい。
「ねぇ、河田くん」
「なんだ?おまえの分のプレゼントならちゃんと買ってあるぞ」
「そうじゃなくてね…」
そんなことが聞きたいんじゃない。河田くんが私のプレゼントまで買っていてくれたことは本当に嬉しい。
ちゃんと本を買ったかなんてわからない。でも、彼は本を買ったんだろう。
だって、それが亜美の好きなものだから。
けど違う。今、私が言わなきゃいけないことはもっと違うこと。今言わなきゃ、もう二度と言えるような機会はないと思うから。今はまだ、彼の夢を壊したくないから。
そのために私が言わなきゃならないこと。
それを言おう。
「じゃ、どうしたんだよ?」
「だからね…その、ちゃんと渡せると良いね、誕生日プレゼント」
「おう、ありがとな」
後悔なんて数え切れないほどたくさんある。
もう償いきれないほどの悪いことをしたんだって自分でも思う。
でも、そんなに悪いことをした私なのに、知らず河田くんのことを傷つけたって言うのに彼は笑って言ってくれた。
それが一番に痛い。心が痛くて、それでいて悲しい。
表では彼と一緒に笑って見せても、それでもその裏はずっと泣き続けていた。
この流れる涙はだれのため?
自分のため、違う。河田くんのため、違う。妹の亜美のため、違うと思う。この涙は誰のためでもないんだろう。
誰かのために流す涙じゃなく、何かのために流す涙。
じゃあ、それは何のために流す涙なの?
私がついた嘘のため?それとも亜美が死んでしまったと言う事実のため?それとも、その全てを覆い隠そうとする嘘のため?
たぶん、そのどれでもないけどそのどれもが当てはまる。きっと私は全てに対して泣いていたんだろう。
嘘も、死も、その全てが悲しくて、だから泣いた。だぶん、そうなんだろう。
それでも、私がどんなに泣いても変わらないことがある。
これまでに何かがあったとしても、これから先に何かがあろうとしても、今この瞬間に何かがあったとしても変わらないこと。
私は、嘘をついた。