ハロウィン
ただのくだらないハロウィンの話。
あのうだるような暑さの夏から一変、今年の冬は厳冬になるらしい、今年の地球は喜怒哀楽が激しいな〜
と、今年は受験生の少女は1人ペンを握りながらボンヤリと外を眺めていた。
ふと、唐突に隣の家から特有の高音域な子供の声が聞こえてくる。
小学校低学年程度でであろうか。個人ではなく団体であることは複数の足音で判断がついた。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
お決まりの呪文を唱えて、直接見えずとも得意気に勝ち誇った顔をしているんだろうと容易に想像できる声が少女の耳に届いた。
「そうか…今日はハロウィンか…」
キャイキャイと、複数の子供がはしゃぐ音が続いたということは、どうやら隣の家はイタズラをされる代わりにお菓子を献上することを選んだようだ。
少女が持った断片的な記憶では、たしか、この近くにはキリスト教の教会があった。おそらく今回のイベントもそこの主催だろう。
仏教の国のくせに、商業的に付加価値の発生する海外のイベントを無条件で取り込む日本はある種異常だが、少女にとってはそのようなことはどうでもよい。
「いいなぁ〜私の時はこんなイベント無かったのに〜」
極めて小市民的な考え方のまま、少女は窓の外を覗く。
そこには、ベターに魔女やミイラ男。はたまたフランケンシュタインなど、子供受けしやすいようにデフォルメ化された衣装を身にまとった7、8歳ほどの少年少女が戦利品の袋を携えて、満面の笑みで夜道を歩いている。
「私もあんな時期があったんだな〜」
少女は、子供達団体を少し羨ましそうな目で眺めていた。
今年で18歳。もうハロウィンに参加できる年齢ではない。それ以前に、そんなイベントに参加するだけの時間的余裕を少女は所有していなかった。
何も考えず、ただお菓子を貰って町を歩く子供達がどこか特別な人間に見えた。きっと、彼らは自らの唱える呪文のスペルでさえ、気にせずとも許されるのだろう。
「……って、次はあたしの家じゃん」
子供達の向かう方向が、少女の住む住宅の方へと向き、そして段々と少女の住宅へと近づいてくる。
それを認識した直後、少女はお菓子の類の保管してある台所へと走った。
彼女はもう、ハロウィンのお化けとしては参加出来ないが、脅かされる非力な住民にはなれる。
少女が過去に、彼らのような自由で安全で安心な時間を過ごしたのと同じように、今度は少女が、将来に何の心配もしていない子供達へ自由と安全と安心を提供する番なのだ。
「えっと、えっと…あった!」
ゴソゴソと、必死で台所を掻き回してようやく少女が発見したのは、一枚の板チョコレートだった。
「…いいよね。これでも…きっと喜んでくれるよね…」
ささやかだが、少女がイタズラされないために探し出した子供達に差し出す献上品。
そして、同時に少女が少しだけ大人になるための、優しさの詰まった甘いお菓子だ。
ピンポーンと、来客をしらせる電子音が10月30日の少女の家に響く。
「はーーい!」
右手にチョコレートをもって、少女はドアを開ける。
ガチャリと、少女の開けるドアが鳴る音が響いた。
がしかし、少女の予想に反して、
次に聞こえたのはハァハァと妙に大きい鼻息。
そして、視界に入ってきたのは黒っぽいロングコート。ついでに、そのロングコートを掴む妙に太くて毛にまみれた両腕。
子供にしては高すぎる身長。濃すぎる無精髭。
「と、トリック・オア・トリート」
四十代前半男性。
黒のロングコート着用。
「い、イタズラしちゃうぞ☆」
ガバッと、少女の目の前でロングコートが展開された。
と、同時に視界に飛び込むのは血色の悪そうな肌色。そして、その他諸々。
どうやら、男の仮装は変身前の狼男か失敗した透明人間らしかった。
「…………」
少女は極めて冷静に。
右手のチョコレートを…より正確に言えば、厳寒の気温によって鋭利な塊と化したチョコレートを。
男の自己主張したがっている部分に叩き込んだ。
少女が大人の階段を登った瞬間である。