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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第一章 菜の花
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冬、見つける日々

 冬になった。


 回文は、菜の花の心をとらえて離さなかった。

 いつも、夜遅くまで回文を探している。どうしてここまで回文に惹かれるのか、菜の花にも説明できなかった。


 朝。空は浅葱色に澄んでいる。


「おはよー、ノア」

 いつも通りの、リーネと、ミラとの待ち合わせ。

「ねえ、ノア、顔色悪いよ?」

「あ、うん、寝不足かも……」

 ノアは、あくびをする。


「あのさ、ノア、今日、一緒に市場行かない?」

 ミラが声をかける。

「ごめん、今日は図書館に行きたいんだ」

「……そう」

 ミラが残念そうな顔をする。

「うん、ごめん」

 菜の花は申し訳なさそうに笑う。

「まあ、いいけど……」

 リーネとミラは顔を見合わせる。


「菜の花、最近ずっと図書館にいるよね」

 ミラが心配そうに言った。

「うん。ごめんね」

「それはいいんだけど……何してるの?」

「回文を作ってる」

「回文?」

「うん。最初から読んでも、最後から読んでも同じになる言葉」

「へえ……?」

 ミラとリーネは、顔を見合わせる。


「例えば、『わたし負けましたわ』とか」

 菜の花は、日本語でゆっくりと聞かせる。

「わ、た、し、ま、け、ま、し、た、わ……本当だ」

 リーネが驚く。

「面白いでしょ?」

「うん、面白いけど……そんなに楽しい?」

 ミラは、上を見ながら考えている。


「うん! すごく楽しいよ!」

 菜の花は笑顔で答えた。

「まあ、菜の花が楽しいなら……いいけどね」

「えー、楽しいのになあ」


 授業中も、菜の花の心は上の空だった。ずっと、回文を探している。

 歴史の講師が黒板に何かを書きつけ、チョークの音が、カツカツと響く。


 チョーク、くーよち。ない。講師、しうこ。ない。

 歴史、しきれ。……あ、ありそう。「しきれ」って、やりきれってことかな。

……れきし、けしきれ。歴史消しきれ。あった。


「はい、今日はここまで。今日のところは試験に出しますからよ」

「おおう?」


 急に現実へ引き戻された。

 生徒たちの注目が集まる。「またノアだ」と思われていることだろう。


 ノートを見ると、回文の断片がびっしり書いてある——まずい。

 隣のリーネが、ちらりとノートをのぞき込む。

「……これ何?」

「回文」

「授業は?」

「……聞いてなかった」

「知ってた。ノート見せるよ」

「天才。リーネ、天才」


 昼休み。

「ノア、お昼いこう?」

 リーネが声をかける。

「ちょっと考えたいことがあるから、今日はごめん」

「分かった……」

 リーネとミラは、二人で教室を出ていく。


 菜の花は、教室に残り、ノナのお弁当を食べながら、回文のことを考えていた。

 騎士の訓練場から声がする。剣がぶつかる音。気合の声。


 ——目標があるから。リオンの言葉が、ふと蘇る。

 私は、何をしているんだろう。どうして、こんなに回文に夢中になっているんだろう。

 何の役にも立たないのに。



 放課後。菜の花は、図書館で回文を探し続けた。

 エルドンに借りた単語帳を見ながら、頭の中でひっくり返していく。ノートに、新しい回文が増えていく。


「いしかわ、とやま、ふくい……」

 とやま。

 まやと。マヤ『と』……誰かが一緒にいる。誰だろう。……自分?


「見つけた」

 まやとじぶん、ぶじとやま——マヤと自分、無事富山。


 静かな図書館の中で、菜の花の頭の中だけが、激しく音を立てていた。言葉が行きかい、宙がえりをして、また円を描く。


「……ア」

「……ってば」

 何か、聞こえた気がした。


「……ノア……ねえ、ノアってば!」

「のあっ?」


 顔を上げると、リーネとミラが立っていた。

「あ、リーネ、ミラ?」

 ——怒ってる、のかな。

 最近、お昼も放課後も、ずっと一人でいた気がする。

「……ぷっ」

「くふふふ、なにそれ」

「むえ?」

 菜の花は、きょとんとする。


「自分の名前を呼ばれて、『のあっ?』って驚くやつ、いるか?」

「ふふふふ。もうだめ」

「あはははっ」

 リーネとミラは堪えきれず吹き出した。


 エルドンがちらりとこちらを見て、また本に視線を戻した。

 どうやら、見逃してくれるらしい。


「あー、笑いすぎて涙が出た」

 ミラが、涙を拭いた。


「ノア。楽しいのかもしれない、大切なのかもしれない。でも、やりすぎはだめだ」

 リーネが続けた。いつもの軽い口調ではなかった。


「ごめんね。変だよね」

「変じゃない」

 リーネが、すぐに言う。まっすぐに菜の花を見ている。

「ノアが楽しいなら、それでいい」


 ミラが、菜の花を立たせる。


「でも、今日は市場に遊びに行こう?」

「……うん。あ、母さんから薬草頼まれてたんだ。今日も」

「ちょうどいいじゃん。何買うの?」

「ええと、『夜になっても葉が閉じない夜眠り草の葉っぱ』だって」

「なにそれ」

「何か、最近変な薬草ばっかり頼まれるんだよね。何種類も……」


 菜の花は、首をかしげる。どれもこれも、聞いたことのない素材ばかりだった。


「ああ、そうだ、ノア」

 リーネが菜の花を見る。

「なに?」

「あれ、教えてよ。回文。『私はあなたに負けました』だっけ?」

「ああ、『私負けましたわ』だね」

「それはさ、商売の極意を言い表したものなんだろ?」

「……え、違うよ?」

「ほらね」

 ミラがリーネを見て笑った。

「何の話?」

「いやさ、さっきミラと話してたんだけどさ——」


 三人は笑いながら、市場に向かった。

 菜の花は、胸の奥が少し軽くなるのを感じていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。

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