別れ
ハノが十二歳になった冬。枯草色の庭に、冷たい風が吹いていた。
母ノナが、倒れた。七十四歳だった。
長い間、弱っていた体がとうとう限界に達した。
母ノナは、ベッドに横たわっていた。意識はある。でも、体が動かない。
菜の花、子ノナ、ハノ、リオン。
みんな、ベッドの周りに集まっている。
「母さん」
菜の花が、母ノナの手を握った。
「菜の花」
母ノナの声は、かすれていた。
でも、目はしっかりと菜の花を見ている。
「菜の花、私は、幸せだったよ」
「母さん……」
「美咲に出会えて、お前を育てられて。ノナちゃんが生まれて、ハノちゃんにも会えた」
「……」
「こんなに幸せな人生は、なかなかないよ」
母ノナが、微笑んだ。
「ありがとうね。私の子どもになってくれて」
「私の方こそ……私の方こそ、ありがとう。母さんになってくれて」
菜の花の目から、涙がこぼれる。
子ノナが、母ノナの手を取った。
「おばあちゃん」
「ノナちゃん」
「私、おばあちゃんのおかげで、ここにいる」
「そうかい」
「ハノを連れて帰った時、おばあちゃんが言ってくれた。『よく決断したね』って」
「ああ」
「あの言葉で、私は迷いがなくなった」
「そうかい。よかったよ」
母ノナが、ハノを見た。
「ハノちゃん」
「おばあちゃん」
ハノが、ベッドに近づく。
十二歳の男の子。目に、涙をためている。
「ハノちゃん」
「なに」
「お前は、いい子だね」
「……」
「お花屋さん、なれるよ」
「うん」
「きっとなれる」
「おばあちゃん……」
「お前は、たくさんの人を幸せにするよ。私には、分かる」
母ノナが、ハノの頭をなでた。
震える手で、ゆっくりと。
「ありがとうね。私の家族になってくれて」
「おばあちゃん……」
ハノの目から、涙がこぼれた。
「おばあちゃん」
母ノナは、微笑んだ。
穏やかな、優しい笑顔。
それから、みんなを見渡した。
「みんな、ありがとうね」
「母さん……」
「美咲に、向こうで会ったら、胸をはって言えるね」
「……何を」
「私は、やっぱりポーターだったよって」
母ノナは、目を閉じた。
「美咲……いるかい」
「ごめん、あの話、秘密にしておけなかった」
「あははは、ごめんってば」
「でも、私はちゃんと届けたよ」
ノナは、微笑んだ。
「……幸せを」
静かに、眠るように母ノナは逝った。
葬儀は、静かに行われた。
小さな墓には、あの村で美咲が咲かせた花を、たくさん植えた。
そこに、二つの名前が刻まれた。
美咲
ノナ
菜の花は、墓の前に立っていた。
リオンが、隣にいる。何も言わない。ただ、そこにいる。
子ノナとハノも、少し後ろに立っている。
「母さん」
菜の花は、小さくつぶやいた。
「ありがとう」
風が、吹く。
花が、揺れる。
まるで、答えているように。
ハノが、墓の前に進み出た。
「おばあちゃん」
小さな声で、話しかける。
風が、また吹いた。
黄色い花びらが、ハノの周りを舞った。
ハノは、空を見上げた。
群青の空。白い雲。
「おばあちゃん、ありがとう」
小さな声。
でも、確かな声。
「ぼくを、受け入れてくれて」
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
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