成人の儀
それから、十一年の月日が流れた。その間、瘴気は落ち着いていた。
明日は、子ノナの成人の儀だ。
菜の花は、三十六歳になり、日本語の研究者として図書館で働いている。リオンは学舎の副学長になった。
母ノナは六十一歳。杖をつくようになった。
成人の儀の前の晩。
菜の花は、子ノナの部屋を訪ねた。
「入っていい?」
「うん、いいよ」
子ノナは、窓辺に座っていた。月明かりが、横顔を照らしている。
幼い頃の面影は残っているが、もう大人の顔立ちになっている。
「眠れない?」
「ちょっとね」
菜の花は、子ノナの隣に座った。
「緊張してる?」
「まあ、少し」
「そうだよね」
二人で、窓の外を見た。月が明るい。
庭の花が、月明かりの中で揺れている。
美咲が咲かせた花を、菜の花が持ち帰って育てた花だ。
「母さん」
「ん?」
「明日、私、どんな力をもらうのかな」
菜の花は、少し考えた。
「もしかしたら、シオナ様は、明日同じ話をするかもしれないんだけど」
「どんな話?」
「気楽になさい」
菜の花は、シオナの口調をまねて言った。
「力は、『できること』であって、『やりたいこと』や『なすべきこと』ではない。力が役に立つなら使えばいい。役立たないのなら、自分で身につければいい」
菜の花は、子ノナを見つめる。
「私は、日本語の研究者になりたかった。
でも、もらった力は、聖女の浄化の力だった。そりゃ、ショックだったよ。
体も、浄化の力でピカピカになっちゃうしね」
「浄化の力って、引き継がれることが多いんでしょ?」
「みたいだね」
「ピカピカは嫌だな……」
子ノナはつぶやいた。
「ねえ、母さん」
「ん?」
「私は、どんな力でもいいよ。やりたいことは一つだから」
「そう」
「明日、楽しみだな」
「そうだね、じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
朝が来た。
聖堂の大広間は、多くの人々で埋め尽くされていた。
菜の花とリオンも、見に来ていた。
シオナが、祭壇の前に立った。相応に年を取ったが、目の光は変わらない。
「成人の儀を執り行います」
シオナの声が、広間に響く。
「一人ずつ、前に出なさい」
若者たちが、順番に祭壇の前に進み出る。
シオナが手をかざす。祝福の言葉を唱える。光が若者を包む。
「力は……ありません」
「この者にも、力は与えられませんでした」
「この者にも……」
ここ数年の成人の儀は、ずっとこの調子だ。
力を与えられる者が、ほとんどいない。
菜の花は、シオナの言葉を思い出していた。
成人の儀で与えられる力は、魔王の瘴気から来ている。
瘴気が減れば、力を与えられる者は減る。
子ノナの番が来た。
子ノナが、祭壇の前に立つ。背筋を伸ばして、まっすぐシオナを見ている。
シオナが、祝福の言葉を唱える。光が、子ノナを包む。
長い沈黙。
「運搬の力」
ざわめきが生じる。
菜の花は、そっと子ノナの表情を見る。
——平然としていた。
成人の儀が終わった。
今年、力を与えられたのは、子ノナただ一人だった。
成人の儀の後、家族で食事をした。母ノナの家。いつもの食卓。
菜の花、リオン、母ノナ、そして子ノナ。
「おめでとう、ノナ」
「ありがとう。おばあちゃんと同じ力だよ。うれしい」
「そうだね」
子ノナは、いつもより静かだった。
何かを考えているような顔。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
子ノナは、笑った。
でも、その笑顔がどこかぎこちない。
食事が終わって、子ノナは自分の部屋に戻った。
「疲れたのかな」
「そうかもね。大変な一日だったから」
菜の花は、あまり気に留めなかった。
翌朝。
菜の花が目を覚ますと、家の中が静かだった。いつもなら、子ノナが起きている時間。
「ノナ?」
返事がない。菜の花は、子ノナの部屋に行った。
扉を開ける。
誰もいなかった。
ベッドはきれいに整えられている。でも、荷物がない。服がない。
机の上に、紙が一枚置いてあった。
菜の花は、震える手でそれを取り上げた。
——父さん、母さん、おばあちゃんへ。
ちょっとお届けものに行ってきます。といっても、意味分かんないよね。
小さいころ、母さんと、祈りの塔にピクニックにいったでしょ?
覚えてるかな。あの時、声が聞こえたんだ。
『届けてほしい』って。
私は返事をしました。
「うん、お届けするよ。何をお届けすればいい?」
『私を。この大陸の四つの祈りの塔に閉じ込められた私を、ハノのもとへ』
「うん、わかった」
その時、私は、約束したんだ。ハノに、お届けものをするって。
お届け先は、封魔の森です。まずは、東の聖域の祈りの塔に行きます。
そこで、お届けする物を受け取ります。
母さんの旅のしおりと、ナックルダスター借りるね。
旅のしおりは、こっそり見てました。これ、楽しいね。
ナックルダスターは、なんとなく使える気がします。さっき、指にはめたら光ったから。
聖女の武器なのに、どういうことなんだろうね。まあいいや。
とりあえず、お届けものしてきます。
心配しないでね。
母さんと父さんたちのおかげで、安全になったから大丈夫だよ!
必ず帰ってきます。
ノナより。
追伸 念のため、お母さんが机の中に放り込んでる紫色の回復薬、持ってくね。
これ、よく効くんでしょ——
菜の花は、紙を握りしめた。
お届けもの。子ノナは、旅に出た。
「菜の花? どうした?」
リオンが、部屋に入ってきた。菜の花の顔を見て、表情が変わる。
「ノナは?」
「……これ」
菜の花は、紙をリオンに渡した。リオンが、それを読む。
「お届けもの……」
リオンが、菜の花を見た。
「追いかけるか?」
菜の花は、首を振った。
「あの子は、自分で決めた。だから、待つ」
リオンは、しばらく黙っていた。それから、うなずいた。
「分かった。そうしよう」
「うん」
菜の花は、窓の外を見た。
朝日が昇っている。子ノナは、もうどこまで行っただろう。
「母さんにも、伝えなきゃ」
「ああ」
二人は、母ノナの家に向かった。
母ノナは、すでに起きていた。縁側に座って、庭を見ていた。
話し終わると、母ノナは、祈りの塔を見た。
「あの子は、届けるのが好きだったね」
「うん」
「小さい頃から、お届けものごっこばかりしてた」
「うん」
「待つしかないね」
「……そうだね」
「こういうときは、信じて、待つしかない」
母ノナが、菜の花の手を握った。
「大丈夫だよ。あの子は、必ず帰ってくる」
「……うん」
菜の花は、空を見上げた。
子ノナは、今どこにいるのだろう。何を見て、何を感じているのだろう。
でも、あの子は、必ず届ける。届けるべきものを、届けるべき人に。
そして、必ず帰ってくる。
菜の花は、胸のペンダントを握った。美咲から受け継いだ、淡い金色の花。
「行っておいで、ノナ」
小さくつぶやいた。
「必ず、帰ってきてね」
風が、庭の花を揺らした。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
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