表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第四章 お届けもの
47/57

 久しぶりに見る祈りの塔は、こじんまりとしていた。

 塔の入り口に、巫女が立っていた。


「あら、ノア様」

 見覚えのある顔だった。菜の花が訓練を受けたとき、浄化の力を教えてくれた巫女だ。


「お久しぶりです。娘のノナです」

 子ノナは、菜の花の後ろに隠れた。でも、すぐに顔を出す。

「こんにちは」


「あの、少し中を見せていただけますか」

「何かあったんですか?」

 巫女は心配そうな顔をする。

「いえ。何もないことの確認です」

「ああ」

 巫女がうなずく。聖女が塔を確認しに来る。それだけで十分な理由になる。


「ちょうど交代の時間だから、上までご案内しますね」


 巫女に案内されて、塔の中に入った。

 螺旋の階段を上がる。石の壁がひんやりしている。小さな窓から差し込む光が、階段の一段一段を照らしている。香の匂いが、上に行くほど濃くなる。


 子ノナが、菜の花の手をぎゅっと握った。

「暗いところ、いや?」

「うん」

 握る力が強い。

「もうすぐよ」

 巫女が振り返って微笑む。


 石碑の部屋は、広くはなかった。

 部屋の中央に、人の背丈ほどの石碑が立っている。石碑の前に、神官と巫女が一人ずつ座り、目を閉じて祈りを捧げていた。


 静かだった。かすかな祈りの声だけが聞こえる。


「一日を半分に分けて、早朝から昼と、昼から日没までの交代でお祈りをしています」

「毎日ですか」

「はい。祈りが途切れないように。私の母もここで祈っていました。祖母も」

「三世代」

「うちの家業です」

 巫女は笑った。軽い口調だった。

「大変ではありませんか」

「大変じゃないと言ったら嘘になります」

 巫女は、石碑を見つめた。


「でも、それが、なすべきことなら」

 胸が痛んだ。菜の花は窓の外に視線をそらした。


 ちりん、ちりん。鈴の音が聞こえる。

 交代の巫女と神官が来た。先に祈っていた二人が立ち上がり、会釈をして部屋を出ていく。新しい二人が、同じ場所に座る。祈りが続く。


「……私もお祈り、させていただいてもいいですか」

「もちろん」


 菜の花は、石碑の前に立った。手を触れた。

 旅のときにも感じた二重構造。内側に脈打つもの。温かい。


「ノア様」

「はい」

「私たちは、祈るだけです。仕組みは、よく分かりません」

「はい」

「でも、毎日向き合っているから分かることがあります」

「……どのようなことですか」

「この石碑の中に納められているものは、生き物に近いと感じます」


 巫女は、少し笑った。

「そして、ちょっとわがままです」

「……わがまま」

「変でしょう? でも、そうなのです」

 巫女が、石碑を見る。


「ノア様は、象ってご存知ですか?」

「はい」

「しってるよ! パオーンってなくやつ」

 子ノナが割り込んできた。

「そうそう。ノナちゃん、象と仲良くなれる?」

「分かんない」

「仲良くなるために、どうする?」

「まいにち、おせわする」

「でも、象さん、機嫌が悪かったら? ごはん食べたくないって」

「なでる」

「うん、それがいいかもね」


「ノア様、神官と巫女の仕事は、そういうものです」


 巫女は、菜の花に向き直った。


「つらくあたられる日もある。祈りなんていらないって。もうやめてって。そういう日のお祈りは……痛いです」

 巫女が目を伏せる。

「痛い」

「そうです。でも、時に、気持ちが通じます。ありがとうって。祈りがあるから私がいられるって。そういう時には、やっててよかったと感じます」

「言葉をしゃべるんですか?」

「いいえ、全く。そう感じるだけです」


 巫女は、窓の外を見た。フィルネの街が、遠くに見える。


「少し、巫女らしからぬことを言うようですが」

「かまいません」

「神官や巫女は、聖域の人々を守るなんていうきれいな理由じゃ続けられません」

「……」

「少なくとも、私はそう感じます」

 巫女は、石碑を見つめる。

「私は、この石碑の中に……なんというんでしょう、命を預かっていると感じています。休みはありません。輪番で休みはありますが、一日も気が休まりません」


 巫女は、菜の花を見て微笑んだ。


「でも、巫女をやめようと思ったことは一度もありません」


 子ノナが、菜の花のそばを離れた。

 石碑に、小さな手を触れた。


「あったかい」


 子ノナは、しばらく石碑に手を当てていた。動こうとしない。

「ノナ、どうしたの?」

「んー」

 子ノナは手を離して、戻ってきた。


 塔を出ると、外が眩しかった。

「ピクニック!」

 子ノナが走り出す。塔の近くの草原で、弁当を広げた。

「パン、おいしい」

「よかった」

 子ノナは花を摘んだり、虫を追いかけたりしている。

 菜の花は、塔を見上げた。白い壁。その中で、今も祈りが続いている。



 その夜。

 子ノナを寝かしつけた後、菜の花はリオンに、今日起きたことを話した。

 リオンは、黙って聞いていた。話し終えると、長い沈黙が続いた。


「結界の力は、ハノが俺に与えたものだったのか」

「おそらく」

 リオンは、自分の手を見た。


「俺は家族を魔物に殺された。ハノは母を人間に殺された」

「……」

「同じだ。俺も、ハノも。でも、俺には、助けてくれる人がいた」

「……うん」

「ハノにはいなかった。それだけの違いだ。でも、その違いが、魔王を生んだ」


 リオンは、窓の外に目をやった。もう、暗くて塔は見えない。


「今日分かったことはたくさんあるけど……手詰まりに見えるな」

「だよねえ」

 菜の花は、ため息をついた。


「ハノに攻撃をさせないために、母狼を閉じ込め続けるっていうのは、くそったれなことだ」

「うん」

「でも、結界術の観点からは、少し違う見方もできる」

「え?」

「巫女は言ってたんだろう? 機嫌の悪い日もあるけど、いい日もあるって」

「うん」

「封印の内部は、さほど劣悪な環境ではないかもしれない」

「あ……」

「だとすると、どういう仕組みで、あるいは、どういう気持ちで、この封印を構築したんだろう。俺は、そこが気になる。まあ、お得意の『記録はない』だろうけどな」


 リオンが、菜の花の手に自分の手を重ねた。大きくて、温かい手だった。


「俺も、考えるよ」


 隣の部屋で、子ノナが寝言を言った。


「……おとどけもの」

 二人は顔を見合わせて、少し笑った。

 夢の中でも、お届けものをしているらしい。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ