リーネとミラ
訓練が始まって、一週間が過ぎた頃。
昼休み。学舎の中庭のいつもの場所。
噴水の近くの石のベンチに、菜の花たちは座っていた。
「それでさ、回復魔法は諦めたんだ」
菜の花が、肩を落としながら言った。
「諦めた?」
「うん……才能がないみたい」
菜の花は、視線を噴水に向けた。
「練習用の枝を、粉砕しちゃって」
「粉砕?」
「回復させようとしたら、砕けた」
「……」
「力加減が、どうしても分からなくて」
リーネとミラは、顔を見合わせた。
「まあ、向き不向きはあるよな」
リーネが、フォローする。
「そうだよ。ノアには、他に得意なことがあるでしょ」
ミラも、優しく言った。
「うん……探知は得意みたい。あと、身体強化も」
「身体強化?」
「うん。殴ると、的が吹き飛ぶんだ」
「殴るのか……」
「うん。軽く殴ったつもりなのに、的が壁まで飛んでいって、粉々になった」
「……まあ、ノアらしいよ。いつも想像の斜め上をいく」
「そうかなあ」
誰も口を開かなかった。
菜の花は、リーネとミラの顔を見ては、うつむいている。
やがて、菜の花が、立ち上がった。
「……そろそろ訓練に行かなきゃ。今日から、浄化の応用訓練なんだって」
「そっか。頑張ってね」
「うん。また明日」
菜の花は、小さく手を振って、聖堂の方へ走っていった。
二人は、菜の花の背中が見えなくなるまで、黙って見ていた。
そして、リーネがつぶやいた。
「さて、ミラ」
「ん?」
「一応、答え合わせだ」
「うん」
「菜の花は、何を言えないでいると思う?」
ミラは、うつむいて答える。
「……一緒に、旅に出よう」
「だよな」
「うん」
ミラは、静かにうなずいた。
「たぶん、私たちを巻き込みたくないんだと思う」
「うん」
「……よし」
リーネが腕を組む。
商人の娘らしい、計算高い笑みが浮かんだ。
「作戦会議を始めよう」
ミラが言った。
「ええ……そのセリフは、取らないでよ」
リーネが不服そうに言った。
「でも、作戦会議なんでしょ?」
「そうだ」
「ノアと一緒に旅に出るための作戦会議だ」
リーネが真剣な顔をする。
「でも、作戦会議の前に確認だ」
リーネが、ミラを見た。
「ミラは、なんで行きたい?」
ミラは、少し考えた。
「巫女になりたかったの、覚えてる?」
「衣装が着たかったんだろ」
「それもある。でも、本当は、祈って誰かを守りたかった」
ミラは、自分の手を見た。
「水の力で、ノアの隣で守れるなら、それでいい」
「……うん」
「リーネは?」
「うちは、商家だ」
リーネは、腕を組む。
「瘴気がこのまま濃くなったら、うちの商売も、この街も、持たない」
「うん」
「ノアの旅が成功すれば、瘴気が弱まる。人が動いて、物が動いて、街が生きる」
リーネは、少し笑った。
「ノアを助けて、私も助かる。父さんが言ってた、三つ目の取引だ」
「よし、作戦会議を始めよう」
リーネが言った。
「まず、現状分析だ」
リーネが、指を折る。
「一、ノアは絶対に『危ないから来るな』と言うだろう」
「うん」
「二、シオナ様の許可がなければ、そもそも参加ができない」
「うん」
「三、ノナさんは……どうだろう。反対しないと思うけど、確認が必要だ」
「うん」
「四、リオンは……分からん」
「うん」
「五、私たちには、旅に必要なスキルが足りない」
「……うん」
「つまり、今、ノアに相談しても無駄ってことだ」
「うん」
「それで、作戦は?」
ミラが、質問する。
「外堀を埋める」
「……それだけ?」
「それだけだ」
「それは、作戦なの……?」
ミラが、首をかしげる。長い睫毛が、影を落とした。
ミラは、腕を組んで考える。
「あのね、リーネ」
「ん?」
「聖堂のまわりには、お堀があるじゃない」
「……ああ」
「あれってさ、外から魔物に襲撃されても聖堂は守られる仕組みなんだよね」
「そうだな」
「だから、攻めるのは大変なんだよ」
「うん」
「でも、もし、お堀の水が、お湯になったらどうだろうね?」
「それは……どうだろう」
「あったかいから、入りにくる気がしない?」
「ミラはたまに不思議なことを言う……ああ」
リーネは、決断する。
「それだな」
「でしょ」
ミラは、立ち上がった。
「まず、シオナ様に会いに行くのがいいと思う」
「うん」
ミラとリーネは、その日、聖堂に行って、シオナへの面会を申し入れた。
巫女から伝えられた面会の日は、二週間後だった。
「忙しいんだね」
「じゃあ、先にノナさんのところに行こう」
その足で、二人はノナの家に向かった。
「ノナさん、お時間いいですか」
「なんだい、菜の花なら、聖堂で訓練しているよ」
「いえ、ノナさんに会いに来たんです」
ノナは、少し驚いた顔をした。
「私に?」
リーネが、正直に言った。
「私たち、ノアと一緒に旅に出たいんです」
ノナが、二人を見つめる。
「……菜の花は、知ってるのかい」
「まだ言ってません。言ったら、絶対止められるから」
ミラが尋ねた。
「ノナさんは、反対ですか」
ノナは、窓の外を見た。祈りの塔が、青空にそびえている。
しばらく黙ってから、口を開いた。
「反対はしない。でも、二つ」
「はい」
「家族の許可を取りなさい」
「はい」
「絶対、四人で帰ってきなさい」
「……はい」
リーネとミラは、真剣な顔でうなずいた。
「あの、ノナさん。もう一つ、お願いがあります」
リーネが続ける。
「なんだい」
「収納魔法を、私に教えてください」
ノナは、少し驚いた顔をした。
「収納魔法?」
「菜の花には収納魔法は使えない気がするんです」
「そうだね。菜の花は見つけることは得意だけど、仕舞うのは苦手だからねえ」
「私は習得できる気がするんです」
「商人の娘は、収納魔法が役立つしね」
ノナは、立ち上がった。
「在庫管理の感覚は分かるだろう。それと同じだ。頭の中に、倉庫の棚を作るんだよ」
「なるほど……」
「収納魔法は、ただ物を入れればいいってもんじゃない。旅の途中で、『あれどこにしまったっけ』なんて言ってる暇はないからね」
「はい」
「明日から、菜の花が聖堂に行っているときに、私のところにおいで」
「はい!」
「ミラも来るかい? 回復薬の作り方なら教えてやれるよ」
「はい!」
二週間後、シオナの部屋。
二人は、シオナの前に座っていた。
「ノアはいないのね」
「はい」
ミラが、率直に切り出した。
「シオナ様、お願いがあります。私たちを、ノアの旅に同行させてください」
シオナの表情が、少しだけ引き締まった。
「……理由を聞きましょう」
リーネが、一歩前に出た。
「ノアの話を聞く限り、リオンとノアだけでは、旅に必要な力が足りません」
「そうですね」
「私は火の魔法が使えます。戦闘支援と、野営での火の確保ができます。収納魔法も練習しています。商人の娘なので、各地に取引先があります」
「それは頼もしいですね」
ミラが、静かに口を開いた。
「私は守りに特化した水の魔法ができます。水の確保もできます。料理が得意です。それに、ノアは回復魔法が苦手だと聞きました」
「ふふふ。そうなのよねえ」
「だから、回復薬の作り方を練習しています」
シオナは、黙って二人を見つめていた。
「危険な旅ですよ」
「はい。ノアは絶対に『来るな』って言うと思います」
「そうでしょうね」
「でも、私たちがいた方が、生存率は上がるはずです」
シオナの目が、二人の顔を行き来した。
「……聖堂で、訓練を受けなさい」
「いいんですか?」
「旅立ちの日まで、あと二ヶ月しかありません。一ヶ月後に、判断します。そのときに戦力として認められなければ、許可は出しません」
「がんばります!」
「リーネには、火の魔法を教えます。ミラは水の魔法を」
「はい!」
「ミラは、回復魔法も習いなさい。水の使い手は、回復魔法と相性がいいのです」
「ありがとうございます!」
二人は、勢いよく頭を下げた。
「収納魔法と回復薬の作り方をあなたたちに教えているのは、ノナですね?」
「そうです」
「しっかり教えてもらいなさい。ノナにありがとうと伝えてちょうだい」
「はい」
「あの、シオナ様」
ミラが、おずおずと尋ねた。
「ノアには、内緒にしておいていただけますか」
「内緒?」
「今言ったら、絶対に止められるので……」
「ふふふ。外堀を埋めようとしているのね」
「はい」
「ノアも、素直にお願いすればいいのにね」
「言えないんだと思います」
「いいでしょう。秘密にしておきます」
「ありがとうございます!」
「ノアは、いい友だちをもちましたね」
翌日。訓練場の隅で休憩するリオンに、リーネとミラが声をかけた。
「よう」
「おう。ノアの友だち……だよな」
「リーネだ」
「ミラです」
「リオンだ」
リーネが、単刀直入に言った。
「私たちも旅に参加する。反対かな?」
リオンは、少し驚いた顔をした。
それから、考え込むように腕を組んだ。
「反対じゃない」
「お、意外」
「二人じゃ旅にならない。俺は結界術が得意なだけだし、ノアは戦闘が強いけど回復は弱い」
「みたいだね」
「ただ……ノアは反対するだろうな」
「だから、先に外堀を埋めてる」
リーネが、にやりと笑って説明した。
火の魔法が使えること。収納魔法の練習をしていること。各地に取引先を知っていること。
ミラが続ける。
水の守りの魔法ができること。回復魔法と回復薬の調合の練習をしていること。
「……すごいな」
リオンは、うなずいた。
「分かった。俺は賛成だ。あとは、ノアを説得するだけだな」
「任せてよ」
それから、一ヶ月。
リーネとミラは、必死に訓練した。
菜の花と旅に出たい——それが、二人の目的だった。
ある日、シオナが、二人を呼び出した。
「訓練の成果を見せてもらいました」
「はい」
「リーネ。合格です。火の魔法と収納魔法、どちらも素晴らしい」
「ありがとうございます!」
「ミラも合格です。氷の盾は見事でした。回復魔法や回復薬の調合も十分な技術をもっています」
「ありがとうございます!」
「がんばりましたね」
シオナは、二人を見つめた。
「菜の花とリオンの旅に、同行をお願いします」
「はい!」
二人は、力強くうなずいた。
その翌日。リーネとミラは、大通りの桶屋に来ていた。
大小、様々な桶が並んでいる。目当てのものは、店の一番奥に置いてあった。
リーネとミラは、顔を見合わせて、にやりと笑う。
「すみません、これください」
リーネの火、ミラの水。そして桶。
外堀は、お湯で埋まった。
そのまた翌日。旅立ちの日まで、あと一ヶ月。
昼休み。学舎の中庭のいつもの場所。噴水の近くのベンチに、三人は座っていた。
リーネが、口を開いた。
「なあ、ノア。私たちに、言いたいことがあるんじゃないか?」
「え? ななな、ない……よ……」
「んん? ノア、正直に言ってごらん」
ミラが、笑いながら菜の花の顔をのぞき込む。
菜の花は、リーネとミラを長いこと見つめていた。
それから、うつむいて、小さな声でぼそぼそしゃべり出した。
「え、ええと。あのさ、私、あと一ヶ月で封魔の旅に出ないといけないの。ね」
「うん」
「……あの、ええと、その」
菜の花は言い出せずにいる。
リーネとミラは、待った。
「……実は、聖女の魔法ってさ」
「うん?」
「すごく、おならが出そうになるんだ……」
「ん」
「……でも、誰にも言えなくて。あと一ヶ月で何とかしなきゃって思うんだけど」
「ミラ」
「うん」
「やっぱり、ノアは、想像を超えてくるな」
「本当だね」
「え、どういうこと?」
「ノア」
リーネは、菜の花の手を握る。
ミラも、菜の花の手を握った。
「あのな、私たちが話したいのは、おならの話じゃない」
「え、あ、そうなの? ええ?」
「もっと言えば、そんな情報は知りたくなかった」
「うん、全く」
ミラが同意する。
「うえ、ごごご、ごめん」
「ノア。謝らなきゃいけないことがあるとしたら、私たちに素直に言えないことだ」
「え」
リーネとミラは、菜の花を見つめた。
「一緒に、来てほしいんだろ?」
菜の花は、目を見開いた。そして、うつむいた。
「来てほしく……ない」
「なんで」
「危ないから」
「ふっふっふ」
リーネは笑った。
「シオナ様の許可は取った」
「なえ?」
「ノナさんにも話した。反対されなかった。収納魔法を教わった」
「うそ? 全然そんな素振り……」
「秘密にしてもらってたんだ」
「えええ」
「聖堂で訓練して、火の魔法を強化した」
「ええ?」
ミラも胸をはる。
「私は、聖堂で訓練して、水の魔法で守りができるよ。回復魔法も教えてもらった」
「すごい! 回復魔法って、難しくない?」
「私は、そうでも……たぶん相性とか、得意不得意の問題だと思う」
「……そうなんだ」
「あと、回復薬の調合をノナさんに習ったよ」
リーネが畳みかける。
「そして、リオンも賛成してる。もちろん、私たちの家族にも了承をとった」
「でも、危険だよ。二人に何かあったら……」
菜の花は、まだ抵抗した。
「ノア」
リーネは菜の花の目をまっすぐに見た。ミラも菜の花を見つめている。
「……なに」
「私は火の魔法、ミラは水の魔法が使える」
「うん」
「ということは、いつでもお湯が沸かせるんだ」
「……お湯」
菜の花の目の色が、変わった。
リーネが、収納魔法を使った。
大きな風呂桶が、目の前に現れる。
「そして、私は、風呂桶を収納している」
「一緒に来てください」
「決断はやっ!」
それから、三人で旅の話をした。
食べたいもの、見たい風景。笑いながらたくさん話した。
「ありがとう」
菜の花は、リーネとミラにお礼を言った。
「私さ、どうしようと思ってさ……あと一ヶ月だし、誰にも言えないし」
涙が、勝手にこぼれていた。
「ノア」
リーネは、菜の花を抱きしめる。
ミラは、菜の花の頭をなでながら言った。
「最初から言いな。一緒に来てほしいって」
「……うん、ごめんね」
「こっちも、黙ってやってたのは、ごめんね」
リーネとミラも、泣いていた。
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