訓練
訓練が始まった。
初日、菜の花は訓練場に立っていた。
聖堂の庭。周囲には的や練習用の人形が並んでいる。
指導役の巫女が、菜の花の前に立った。
「では、まず浄化の力の使い方から練習していきましょう」
「はい」
巫女は、ガラス瓶を取り出した。中に、真っ黒な空気が入っている。
「うわ」
「このガラス瓶に、瘴気に似せた気体を入れてあります。浄化してみてください」
菜の花は、瓶に手をかざした。
心を澄ませる。清めたいものに、意識を向ける。
「うーん……」
黒い気体には、何も起きない。
「最初は、うまくいかないものです。美咲様もそうでした」
「そうですか」
「独特の感覚というか、勘所があるようです」
「美咲さんは、何て言ってましたか」
「いや、それが……要領を得ないのです。力を入れるけど抜くとか……」
「なるほど、ありがとうございます」
初日の訓練は終わった。
自宅に戻り、菜の花は、自分の部屋でノナの話を思い出した。
ノナは言っていた。
「力を抜いて。でも全身に巡らせて。集中しすぎるな、ぼーっとするな。そうすると出る」
菜の花は目を閉じて、やってみる。
力を抜き、集中して、それでいて、集中せず、力を入れる。
ああ、こういうことか。
体の中心は、おへその下あたりにあるんだな。
そこを中心にして、浄化の力がぐるぐる回ってるんだ……。
菜の花の体から、金色の光が漏れ出す。
すぐ逃げる。
さっきはあった。そう考えると、なくなる。
これからもある。そう考えると、それもまた、なくなる。
今ここに、あるだけだ。
気づいたら、部屋中に金色の光があふれだしていた。
菜の花の体がまた金ぴかになっている。
「ん、できた?」
できたっぽい。でも、気づいてしまった。
これ……確かにおならが出そう……。
翌日。
どうやら、浄化の力を使うとき、菜の花の体は金色になるようだった。
菜の花は、金ぴかになって、浄化の力を使った。
瓶の中に入った黒い気体は、透明に変化した。
「おめでとうございます。早いですね」
「あ、ありがとうございます……」
素直に喜べない菜の花がいた。
「あの……私、なんか変なこと、しませんでした?」
「変なこととは?」
「……何でもないです」
——せーじょたまが、おならぷーちたおはなち。あはははは。
幼き菜の花よ、これは、全く笑い話ではないぞ。
菜の花の眉は、八の字の形になった。
「では、次は回復魔法です」
「はい」
「回復魔法は、浄化の力を回復の力に変換して、患部に注ぐことで発動します」
浄化の力とは別のものなんだな、と菜の花は思った。
「普通は、魔力を回復の力に変換しています」
「なるほど」
「聖女は浄化の力を変換します。回復力は高いのですが、制御が難しいです」
巫女は、一本の枝を取り出した。
途中で折れかけている。
「これは?」
「骨折した腕だと思ってください」
「ああ、なるほど」
「いきなり人で試すと、腕がちぎれる可能性があります」
「えええ?」
「聖女の回復は、それくらい、強い力だと思ってください」
そういえば、美咲さんも、はじめて村人にかけるときには、緊張していたらしい。
「目を閉じて。イメージしてください」
言われたとおり目を閉じると、巫女の声が続く。
「骨折した腕、痛そうだな。回復させてあげたいな。……浄化の力が回復の力となり、腕を包み込みます。そして、ゆっくり、ゆっくり修復されていきます……」
ばきっ。不吉な音がした。
菜の花は、目を開いた。木が、ぼっきり折れていた。
「……すみません」
「加減が難しいですよね。もう一度やってみましょう」
二本目の枝。
菜の花は、今度はもっと優しく、力を込めた。
ぼきっ。また木が折れた。
「力の加減が……少し強いようですね」
三本目の枝。
菜の花は、できるだけそっと、力を注いだ。
今度は、折れなかった。代わりに、粉々になった。
「……」
「……あれえ?」
力の加減が分からない。
その後、菜の花は七本の枝を粉砕し、巫女が用意した練習用の木は尽きた。
回復魔法は、壊滅的に下手だった。
三日目。
巫女が、申し訳なさそうに口を開いた。
「ノア様」
「はい」
「回復魔法は……後にしましょう」
「すみません……」
「いえ、個人差がありますから」
誰との差なのかは、言われなかった。優しい巫女だ。
「それでは探知の訓練に移りましょう」
「探知?」
「魔物が近くにいないか、確認するために使います。旅には、必須の力です」
巫女と菜の花は、訓練場に向かった。
「魔石はご存知ですか?」
「はい。魔物を討伐したあとに採取することができるもの、です」
見たことも触ったこともないが、知識はある。
「そうですね、魔力をためることができます。私たちはあまり使いませんが、別の大陸では盛んに使われるそうです」
巫女は、橙色に光る魔石を、菜の花に見せた。
「これが魔石です」
「おお、きれい」
「炎の魔力をもつ魔物から採取したものです」
「魔力を感じますか?」
「はい」
菜の花はすぐに答えた。
「素晴らしいです。感じられない方もいます」
巫女は、続けた。
「この訓練場に、これと同じサイズの魔石を隠しました。探知してください」
「はい」
菜の花は、目を閉じた。
意識を広げる。感覚を研ぎ澄ませる。
すると——見える。
小さな光が、ちらちらと瞬いているように感じた。
「あそこです」
石畳の三番目の下。菜の花が指さした場所を、巫女が確認する。
「……正解です。では、次はもう少し難しくしましょう」
巫女は十個の魔石を、訓練場全体に隠してきた。
「それでは、お願いします」
菜の花は、すべて見つけた。一分もかからなかった。
「素晴らしい。歴代の聖女の中でも、これほど探知に長けた方は珍しい」
「そうなんですか?」
隠されたものが、「ここにいるよ」と教えてくれるような、そんな感覚があった。
「回復魔法の才能を、全部こっちに注ぎ込んだ感じだな」
リオンがやって来て、ぼそっと言った。休憩中のようだ。
「うるさいな」
リオンとは、軽口をたたくようになった。
ちょっと嬉しかった。
四日目。
「身体強化です。浄化の力を自分自身に向け、体の機能を高めることができます」
「へえ……私、運動苦手だから役に立つかも」
「戦いに優れた方は、体得していることが多いです。勇者様も同じことができます」
だから魔王と戦える。それでも魔王には勝てない。
「美咲様も使っていましたよ。とても重要です」
「やってみます!」
菜の花は、教えられた通りに、浄化の力を体に巡らせた。
すると——不思議な感覚があった。体の中が、地図のように見える。どの筋肉をどのタイミングで強化すればいいかが分かる。
「ちょっとジャンプしてみましょう」
「はい」
足にぐっと力を込めてジャンプすると、訓練場の木より高く飛んでいた。
「ぎゃーーーー!」
高い。怖い。菜の花は、高いところは苦手だった。
このまま落ちたら危ない。着地の瞬間、足を中心に全身を強化する。
すっ。
ほとんど、着地の音がしなかった。
「……できた」
「素晴らしいです」
「怖かった……」
「身体強化は、とても上手です。では、その力を攻撃に使ってみましょう」
巫女が、木製の的を指さした。
「では、この的を殴ってみてください」
菜の花は、ナックルダスターをはめた右手で的を殴った。
ドガーーーーン
的が訓練場の端まで飛び、壁にぶつかって粉々に砕けた。
「……壊しちゃいました」
「今度は、力を制御して、軽く殴ってみてください」
また、的が運ばれてきた。
今度は軽く。そっと触れるくらいに。
パカっ。
的が真っ二つに割れた。
「……すみません」
「いえ……制御はできましたね。よかったです」
二人で、壊れた的を片付けた。
その日の夕方。
訓練場の隅で、リオンが菜の花に話しかけてきた。
「なあ、ノア」
「なに?」
「俺より強くないか?」
「そそそ、そんなことないよ」
「いや、ある」
リオンは、複雑な顔をしていた。
「俺、今日は、模擬戦やったんだ」
「うん」
「一回も勝てなかった」
「……」
「五回やって、五回負けた」
「……そうなんだ」
「騎士見習いの訓練でも、弱かったんだ。毎日吹き飛ばされてた」
「ああ、そういえば」
「勇者になっても、たいして強くはならなかった」
「そう」
「なんかさ、想像してたのと違うよな」
「……うん」
「勇者は剣。戦いが強い。聖女は杖。祈りと回復」
「私もそう思ってた」
「現実は、勇者は弱いし、聖女はナックルダスターで敵を粉砕する」
「うう……粉砕って言わないで」
二人は、並んで座った。少し、距離が近くなったように感じる。
夕日が、訓練場を山吹色に染めている。
「きれいだな」
「うん」
「俺さ、これまで、必死に騎士になろうとしてたんだ」
「うん」
「でも、戦いの才能はあまりないらしい」
ちょっと寂しそうに、リオンは笑った。
「その代わり、俺は、結界の力が強いらしい」
リオンは、自分の手を見つめた。剣だこはあるが、繊細な手だった。
「結界術は、本当に面白いんだ」
「へえ、どんなところが?」
「結界は、その中をどうしたいか、外側はどうなっているべきか、ということを考えるところから始まるんだ」
リオンが、急に饒舌になった。
「結界は、魔物を閉じ込めるだけじゃない。自分たちの身を守るためにも使う」
「うん」
「意外に、身を守る使い方のほうが複雑なんだ。中に人が入るから、結界の中の居心地も重要で、温度や湿度の制御も必要になる」
「へえ。そう言われれば、そうかも」
「結界の中と外を考えながら、結界の形を変えて、中に空間を作って、二重にしたり穴を開けたりする。考えるほど奥が深い」
「がんばってるね」
「うん、弱い代わりに」
リオンが、笑う。急に少年のようになる。
「ちょっと、納得している自分もいるんだ」
リオンが、空を見た。
「俺、家族を魔物に殺されただろ」
「うん」
「魔物を倒したいというより、魔物で不幸になる人をなくしたいという気持ちのほうが強いのかもしれない。そう気づいた」
「そう」
「結界術は、俺にしかできない。菜の花にはできない」
「うん」
「俺たちの場合、聖女が前で殴って、勇者が後ろで結界を組む」
「……変な組み合わせだね」
「変だよな」
リオンは笑う。
菜の花も、つられて笑った。
「まあ、ノアが強いなら、俺は安心して結界術に集中できるってこと……か?」
「それでいい、のかな?」
「でも、回復できる仲間は、探さないとな」
「ぐぬぬ……」
「回復魔法の練習用の枝を、百本粉砕したらしいじゃないか」
「待って待って。それ、誰に聞いた?」
「いや、指導教官の騎士に……」
「いや、十本だよ。砕けたのと折れただけのと、両方合わせて」
「そうなのか。でも粉砕はしたんだな」
「ええと、まあ、中には」
「騎士の間では、粉砕聖女と呼ばれてたぞ」
「うわーん」
翌日からも、訓練は、続いた。
菜の花は、浄化と探知と身体強化を重点的に学んだ。
回復魔法は——諦めた。
巫女が「仲間に頼りましょう」と言ってくれた。
目線が合わなかったが、気にしないことにした。
リオンは、基礎的な戦闘術をそこそこに、結界術を中心に学んだ。
こちらは、驚くほど上達が早かった。複雑な魔法陣を描き、強固な結界を張る。
指導役の先生が、「これほどの才能は見たことがない」と感嘆した。
夜になると、宿舎で結界の構造をノートに描いているらしい。
私と似ているのかも。菜の花はそう感じた。菜の花の日本語ノートと同じだ。
意外にいい組み合わせなのかもしれない。
身体強化の訓練用の人形を殴りながら、菜の花は、そう思った。
訓練用の人形が、粉になった。
「この前、爆散聖女って呼ばれてたぞ」
「うわーん」
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。




