質問の時間
シオナは、菜の花を見ながら言った。
「質問をどうぞ」
「美咲さんは、どんな人でしたか」
「明るく、優しく、強く、そしてあなたによく似ていました」
「私に似てる……どんなところが?」
「好奇心が強いところ。疑問に思ったら、すぐに聞かずにはいられないところ」
「……それは、今の私のことですか」
「うふふ。そうかもしれませんね」
「美咲さんのお墓は、どこにありますか」
「封魔の森の近くの村、『ナハラの村』に埋葬されています。アルヴィン、スオヤラと共に」
「旅の途中で、行けますか」
「ええ。四つの聖域を巡った後、『封魔の森』に向かう途中にあります」
「魔王ハノは、なぜ魔王になったんですか」
シオナは、首を振った。
「……その理由は、分かっていません」
「百三十年も戦っているのに?」
「魔王は、ほとんど言葉を話しません。分かっていることのほうが少ない」
菜の花は、ノナの話を思い出した。
「来たか」——魔王は、最初にそう言ったらしい。
言葉を話さないわけではない。
「魔王は、なぜ人を憎むのですか?」
「……その質問の意図は?」
「ノナ母さんから聞いたんです。魔王と戦ったとき、『来たか』って言ったって」
「はい。その報告は聞いています」
「もちろん、魔王は戦うことが好きで、『来たか』と言った可能性はありますけど……。そんなに単純なものでもないような気がして」
シオナは、お茶を見つめたまま、答えなかった。
「魔王はなぜ人を憎むのか、という点については、伝わっていません。突然現れ、瘴気をまき散らし始めた。そう伝わっています」
「祈りの塔では、何をしているんですか」
「神官と巫女が、日々祈りを捧げています」
「何に祈っているんですか」
「封魔の森の封印の維持のために」
問いと答えが、ずれている。菜の花が聞きたいのは「何に」だ。
「では、私たちが、各地の祈りの塔で力を注ぐ対象は、何ですか」
「神官と巫女が、日々祈りを捧げているものに、です」
「それは、具体的には何ですか?」
「記録に残されていません」
言えない理由がある。
または、本当に知らない。どちらかだ。
「ノア」
リオンが、菜の花を袖を軽くひっぱる。
菜の花は、シオナを見た。シオナの表情に疲れが出ている。
「……すみません。質問しすぎですね」
「かまいません。疑問を持つことは大切です。でも、少し休憩をしましょう。お渡ししたいものがあります」
シオナは立ち上がり、重そうな扉のついた棚の前に立った。小さな言葉で何かをつぶやき、扉を開ける。中から、二つの箱を取り出した。
「どうぞ。差し上げます」
「……ありがとうございます」
菜の花が箱を開けると、ペンダントが入っていた。花の形をした、淡い金色の飾り。繊細な細工が施されている。
「これは……」
「美咲が、いつも身につけていたものです」
菜の花は、息を呑んだ。
「ノナから預かったものです」
「母さんから……」
「はい。『菜の花が聖女として旅立つことになったら渡してほしい』と」
ペンダントを首にかけた。小さな花が、胸元で揺れる。
「大切にします」
リオンも、箱を開ける。
中から、色とりどりの布で作られたパンツが出てきた。
菜の花は吹き出した。
「勝負パンツと呼ばれていたそうです」
「……」
「とても、防御力が高いのだそうです」
「ソウデスカ」
「あの、シオナ様。いいでしょうか」
「何でしょう?」
菜の花は、おずおずと右手を見せた。
金色のナックルダスターが握られている。
「シオナ様は、どう感じますか」
シオナは、ナックルダスターを見つめた。
長い沈黙があった。
「……個性的ですね」
「変ってことですね」
「いえ……歴代の聖女は、浄化の力を様々な形に変えてきましたから」
「ナックルダスターにした聖女はいますか?」
「……記録にはありません」
「殴る聖女か」
リオンがナックルダスターをのぞき込む。
「そうみたい」
「悪いことではありません」
シオナが、穏やかな声を出した。いや、出そうとしていた。
「近接戦闘ができる聖女は、珍しいですが、心強いです」
「そうですか……」
「きっと、ノアにしかできない戦い方があるはずです」
シオナは、優しく微笑んだ。
「シオナ様、目が泳いでいませんか」
「そんなことはありません」
シオナの目が泳いでいた。
「さて」
シオナは、少し咳払いをしてから、続けた。
「ここからが本題です」
「まだ本題じゃなかったんですね」
「はい。明日から何をすればいいか、という意味では、ここからが本題です」
明日からやること。菜の花は座り直した。
「旅立ちの前に、三ヶ月ほど訓練を受けていただきます」
「はい」
リオンと菜の花は、神妙にうなずいた。
「聖女の力も、勇者の力も、使いこなせなければ意味がありません」
シオナは、静かに言った。
「基礎がなければ死にます。しっかり訓練しましょう」
菜の花は、右手のナックルダスターを見た。
五つの輪が、きらきらと光っている。
「質問は、まだありますか」
「……今は、ありません」
「では、明日から訓練を始めましょう。しおりは、しっかり読んでおいてください」
「はい」
二人は、シオナの部屋を出た。
長い廊下を歩きながら、リオンが言った。
「シオナ様、最後の方、目が死んでたな」
「申し訳ない……」
「まあ、聞いておいたほうがいいことだしな。俺も聞きたかった」
菜の花は、首のペンダントに触れた。
小さな花の形。美咲さんが、いつも身につけていたもの。
「なあ、ノア」
「ん?」
「シオナ様、いくつか答えなかったな」
「……うん」
「魔王がなぜ生まれたか。祈りの塔に何があるか」
「そうだね」
「気になるか」
「うん」
「そうだよな。俺も、気になる」
菜の花は、窓の外を見た。祈りの塔が、茜色の夕日の中にそびえている。
あの塔で、神官たちは何に祈っているのだろう。
百三十年もの間、何に——
「まあ、目の前は、訓練だな」
リオンが、伸びをしながら言った。袖がずり落ちて、日焼けした腕が見えた。
「がんばろう」
「うん。基礎がなければ死ぬって」
「シオナ様、あっさり言ったよな」
「怖いね」
たぶん、事実なのだろう。命を落とした勇者と聖女もたくさんいた。
二人は、聖堂を出た。夕暮れの風が、頬をなでる。
菜の花は、しおりを抱えながら、空を見上げた。
明日から、訓練が始まる。三ヶ月後には、旅に出る。
四つの聖域を巡り、封魔の森を目指す。危険で、長い旅になる。
でも、少し——楽しみだった。
雪山チーズ、食べてみたい。キッカ貝も、潮風麺も。
海を見てみたい。砂漠も、密林も。
怖いけど、わくわくする。
遠足の前夜みたいだ。
「楽しみか?」
「……ちょっとだけ」
「そうだな、俺もだ」
リオンが、笑った。
菜の花も、つられて笑った。
夕日が、四つの聖域の方角を、それぞれ違う色に染めていた。
北は青く、西は赤く、南は橙色に。
そして東は——自分たちの背中を、温かく照らしていた。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
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