旅のしおり②
シオナは、地図の西側に指を移した。
「ルディアから西に向かうと、『灰色峠』を越えます。難所です」
「難所?」
「爬虫類の魔物が出ます」
「しおりの五十一ページに、魔物に遭遇した場合の対処法があります」
菜の花がページを開くと、やはり大きく「逃げる」と書いてあった。
「またですか」
「命あっての旅です」
「峠を越えると、大陸の西、聖域ストリネです。海に面した聖域で漁業と交易が盛んです」
「海!」
菜の花が、身を乗り出した。
「私、海見たことない!」
「俺もだ」
「それは楽しみですね」
シオナは微笑んだ。
「ストリネでは、新鮮な魚介類が食べられます。特に『キッカ貝』という貝は絶品です」
「どんな貝なんですか?」
「手のひらくらいの大きさで、殻を開けると、つやつやした身が詰まっています。炭火焼きにすると。ぷくぷくと汁が湧いて、潮の香りが立ち上ります。屋台で売っています」
「絶対食べます」
「『潮風麺』も名物です」
「へえ」
「ゆでたての麺に香油と採れたての海藻を和えた麺料理です。緑と白のコントラストが美しく、香油と海藻の香りが、同時に鼻に抜けます」
「それ絶対おいしい」
「はい」
母さんが「もう一度食べたい」と言っていた麺は、これかもしれない。
「シオナ様、食べ物の話が多くないですか」
リオンがじとりとした目でシオナを見る。
「食事は重要です。士気に関わります」
「まあ、それは確かに……」
「そして、なんとですよ」
「なんですか、急に」
リオンは、ややひるむ。
「なんと『潮風麺』で使う海藻は、乾燥させたものが売られているのです」
「……はあ」
「軽くて保存もききます」
「はい、お土産に買ってきますね」
リオンも、流れが読めてきたらしい。
「西の祈りの塔は、海に突き出した岬の先端にあります。満潮の時は、海に浮いているように見えます。絶景です」
やはり、祈りの塔の説明は短かった。しかも、注意点ではなく見どころを教えられた。
シオナは、地図の南側を指した。
「ストリネから南に向かうと、『乾きの砂漠』を通ります」
「暑いのは苦手なんだ……」
リオンは不安そうな顔をする。
「オアシスの場所が書いてある」
菜の花が、地図を指さした。
「はい。オアシスをつなぐルートを通ります。水の確保が最優先です」
「この旅で最も過酷な場所です」
シオナの声に重みが増した。
「昼は、靴の底を通して足が焼けるほど砂が熱くなります」
「どうするんですか」
リオンは尋ねる。
「結界術を使って防護してもらいます。訓練で教えます」
「分かりました」
「そして、夜は息が白くなるほど冷えます」
「過酷ですね……」
「しおりの六十七ページに、砂漠で生き延びる術が書いてあります」
六十七ページには「無理するな」と書いてある。それは術なのだろうか。
「しかも、砂漠には『砂ミミズ』という魔物がいます」
「ミミズは、いやだな……」
「大人三人分くらいの長さのミミズです」
「それ、ミミズなんですか」
「ミミズです。砂の中から出て噛みます」
「ミミズなんだ……」
「足元に注意してください」
「砂漠を越えると、大陸の南、聖域サニアに入ります」
シオナは、地図の南を指さす。
「一年中暑いところです。色とりどりの果物は、爽やかで元気がでます」
「わあ」
「ちなみに、乾燥させた果物も売られています」
「……私、乾燥させた果物は、ちょっと苦手なんです」
菜の花は、正直に言った。
「俺も。甘すぎるし、ぼそぼそしてる」
「ところがですよ」
シオナが遮る。言いたいことがあるらしい。
「乾燥させた果物は、ヨーグルトに入れて、一晩戻してから食べるのです」
「え、おいしそう」
「噛むと、じゅわっと果汁が溢れます」
シオナは上を向く。味を思い出しているのだろう。
「ヨーグルトに、果物の香りが移って一段階上のおいしさに変わります」
「買ってきます!」
「お土産の話ばかりですね」
リオンが苦笑する。
「もちろん、お土産が目的の旅ではありません。無理して買う必要はありません」
シオナが二人を見る。
「しかし、収納魔法に若干の余裕があるのなら、たくさん買うことをおすすめします」
「若干の余裕……」
「旅の途中、お土産がどんどん増えていくのは、とても楽しいものですよ」
シオナは、菜の花とリオンを見つめた。
「そして、絶対に帰ってきなさい。お土産をたくさん、たくさんもって」
菜の花とリオンはうなずく。
「ちなみに、巻末に、各地のおすすめお土産リストを掲載しました」
「ぎっしり書いてある……」
「私のおすすめに、色を塗ってあります」
「ほとんど塗ってある……」
全部買ってこいということなのだろう。
「ねえ、リオン」
「ん?」
「収納魔法、使える?」
「いや、使えない」
「私も」
「旅の仲間を集めてください」
シオナは、助言する。
「聖堂から紹介もできますが、自分で探すほうが、良い旅になるでしょう。互いの癖が分かる。それは、あなたたちの生存率を上げることにもつながります」
「仲間、か……」
「リオンは、思いつく人はいる?」
「いや……いない。騎士の仲間には、聖域を守ってほしい」
「じゃあ、ゆっくり探そう」
菜の花は、リーネとミラを、思い浮かべた。
でも、危険な旅だ。そんな旅に巻き込むことはできない。
シオナは、地図の中心を指した。
「これで、四つの聖域の説明は終わりです。続いて、封魔の森に向かいます」
「あの、シオナ様」
リオンが言いにくそうに声を出した。
「南の祈りの塔の説明を、忘れてませんか」
「ん?」
「南の聖域の食べ物とお土産の話は伺ったのですが……」
「南の祈りの塔は、砂漠の真ん中にドーンと立っています」
「ドーン……」
「水を切らさないように気を付けてください」
雑な説明だった。
「封魔の森は、四つの聖域の中心にあります」
シオナが地図の真ん中、大陸の中央を指さす。
「ここに、魔王が封印されているんですね」
菜の花は、地図の中心を見つめた。
封魔の森。美咲さんが命を落とした場所。
そこに行く。
「はい。瘴気が濃くなってきています。浄化の力を使いながら進む必要があります」
シオナは、言葉を選ぶように、続けた。
「何代もの聖女と勇者たちが、封魔の森を目指しました」
「はい」
「十五年前、美咲とアルヴィンたちが、やっと封印しました。それから人々は穏やかに暮らすことができました。でも、もう揺らぎ始めている」
菜の花は、黙った。
百三十年。何世代もの聖女と勇者が挑んで、誰も解決できなかった。
その続きを、自分たちが歩く。
「大変な旅です。深く、感謝します」
シオナが頭を下げる。
「でも、どうか、無理をしないでください。失敗した者のほうが多いのです。死ぬくらいなら逃げて帰ってきてください」
シオナは、お茶を飲み、しばらく黙っていた。
「それでは、質問があれば、何でもどうぞ」
シオナが、二人を見て言った。
菜の花は、シオナを見つめる。
「山ほどあります」
シオナの顔が、少しだけひきつった気がした。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。




