しっくり来るもの
朝だ。
「どうしよう……」
鏡の前で、菜の花はため息をついた。
成人の儀から一夜明けて、まだピカピカのままだ。今夜も、夜道で役に立つことだろう。
「おはよう、ピカピカ」
ノナが、台所から顔を出した。
「おはよう……って、ピカピカって呼ばないでよ」
「ごめんごめん」
ノナはいつもと変わらない。むしろ、どこか晴れやかな顔をしている。
「朝ごはん、できてるよ」
「うん」
菜の花は、食卓についた。パンの匂い。野菜スープ。ヨーグルト。いつもの朝食。
でも、昨日までとは、何かが違う気がした。空気が軽い。
「ねえ、母さん」
「ん?」
「シオナ様が言ってたんだよね。浄化の力を形あるものに変えれば、ピカピカは止まるって」
「そうかい」
「リオンは剣に変えたんだ。それが一番しっくり来るって」
「たくさん訓練したんだろうね」
「うん。美咲さんは、どうしてたの?」
「美咲は、杖だったね。白くて長い杖だった」
ノナは、スープを一口すすった。
「浄化の力を杖に込めて、振り回してた。まあ、美咲の場合は振り回すっていうより、なんていうか……祈りを捧げる感じだったけどね」
菜の花は杖を思い浮かべた。白く、先に光が灯る杖。
……何も起きない。
高望みだったかな。せめて、普通の木の杖なら——と思ったが、ダメだった。
「杖はしっくり来ないみたい」
「ふうん。他には?」
「本とか、羽根ペンとか試したけど、全然だめだった」
「まあ、人それぞれだからねえ」
ノナは、パンをちぎりながら言った。
「菜の花にしっくり来るものって、なんだろうね」
「分かんない……」
菜の花は、自分の光る手を見つめた。
ノナは、少し考え込んだ。
「回文は?」
「ほえ?」
「ずっと夢中になってたじゃないか」
「それはそうだけど……回文は、形がないよ」
「ん? あるだろ」
ノナは、上を見た。
「終わりが始まりにつながって、ぐるぐる回るって」
「あ、確かに……」
「だったら、輪っかの形をしてるんじゃないかい」
「……それだ」
輪の形。終わりが始まりにつながる回文の形。
目を閉じる。呼吸を整える。輪を思い浮かべる。ぐるぐる回る、円の形。
その瞬間——光が動いた。
菜の花の全身を覆っていた金色の輝きが、渦を巻いて、右手に集まっていく。
ぐるぐる、ぐるぐる。まるで言葉が円を描くように。
「ふおお……」
菜の花は、目を見開いた。
光が収まった。菜の花の右手に、何かが握られていた。
金色に輝く、見たことのない形の道具だ。
「何これ?」
四つの輪が並んでいる。人差し指から小指まで、指が一本ずつ入る。
そして、手のひらに握りこむための輪が、もう一つ。
まるで最初からそこにあったかのように馴染んでいる。
「母さん、これ知ってる?」
「あー、ええと、その、なんだ」
ノナは言い淀む。
「それは、ナックルダスターというものだ」
「ふーん。どう使うの」
「拳にはめて、相手をぶん殴る」
「ん?」
ノナが、言いにくそうに「ぶん殴る」と言った。
「まあ……なんというか、上品な道具じゃないね」
「輪っかを思い浮かべたのに?」
「輪っかは輪っかだろう。しかも五つもある」
大盤振る舞いだ。
「もっと優雅な……指輪とか腕輪とか……」
「お前らしいといえば、お前らしいかもしれない」
「どういう意味⁉」
「予想を超えていくところ、かな」
ノナは、笑いをこらえている。菜の花は、むくれた。
「ま、いっか」
「いいのかい?」
「なんか、これでいい気がする」
「そうかい」
菜の花は、右手に収まった、五つの輪の武器を眺める。
心地よい重さだ。自分でも意外なほど、しっくり手におさまっている。
「でも、もっと可愛いやつがよかったなあ……」
菜の花は、ため息をついた。
まあ、仕方ない。世の中はうまくいかないものだ。
「体がピカピカじゃなければいいや。サーカス団に就職しなくても済むし」
「ん?」
ノナが、顔を上げる。
「サーカス団に就職しようとしてたのかい?」
「うん」
「なんで」
「ピカピカだから」
「ああ」
「でも、宙返りも綱渡りもできないから、やめた。象と仲良くなれる自信もなかったし」
「象」
「パオーンって鳴くやつ」
「知ってるよ」
「リーネとミラが、慎重に考えたほうがいいって」
「お前は、いい友だちをもったね」
ノナは、大きなため息をついた。
「菜の花」
「なに」
「お前は、美咲に似たのかもしれないね」
「……そう?」
「変なところで変な方向に全力疾走するところが」
「えええ」
「だって考えてごらんよ。私なんか、訳の分かんない女神にさせられたんだよ?」
「ああ」
ちょっと似てる、かな? どうだろう。
菜の花は、悪い気はしなかった。
「美咲なら……『いいと思う。やってみなよ』って言ったかもしれない」
「えへへ」
「いや、さすがに言わなかったかもしれない」
「どっち」
「さあ」
二人は、顔を見合わせて、笑った。朝の光が、窓から差し込んでいる。
菜の花の体は、もう光っていなかった。
「さて」
ノナが、立ち上がった。
「今日は、シオナ様のところに行くんだろう?」
「うん。旅の準備の話をしなきゃ。リオンも一緒だよ」
菜の花は、少し言葉を切った。
「あのさ、ノナ母さん」
「ん?」
「美咲さんのこと、シオナ様に聞いてみてもいい?」
「うん、構わないよ」
菜の花は、立ち上がった。右手のナックルダスターが、朝の光を受けて輝いている。
五つの輪っか。円の形。
「行ってきます」
「ああ」
菜の花は、家を出た。
春の風が、頬をなでる。
——美咲さん。
浄化の力に目覚めてピカピカになったとき、美咲さんはどう感じましたか。
祈りの塔が、朝日の中にそびえている。菜の花は歩き出した。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




