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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
31/53

決意

 夜が更けていく。

 二人は、静かにお茶を飲んでいた。

 菜の花は、考える。

 今夜、たくさんのことが分かった。でも、まだ分からないことがある。


「ねえ、女神様のノナ母さん」

「やめとくれ」

「ノナって、美咲さんの世界では、九っていう意味もあるんだったよね」

「そうらしいね」


 菜の花は、「菜の花の母の名はノナ」の回文を思い出す。

 この回文に、鍵がある。そう感じる。


 ノナは九。この回文の九文字目は、『名』だ。

 名前について、まだ分からないことと言えば……。


「あのさ、美咲さんは、魔王の名前について何か言ってなかった?」


 思いついたことを口に出してみる。

「うーん、そういえば」

 ノナは、宙を見ながら思い出す。

「美咲が言ってたね。異世界の言葉で『ハノ』って『輝かしい』っていう意味なんだって。二回繰り返して『ハノハノ』という風に使うんだとか」

「ふふ、なんか、かわいいね」

「実物は、全くそんなことはなかったよ」

 ノナは続けた。


「だから、『魔王ハノ』っていう名前は、ちぐはぐな感じがあるって。『聖女・暗黒』って言ってるみたいなもんだって」


 暖炉の火が、静かに揺れる。

「……だめだ、分かんないや」

「そんなにうまくいくもんでもないさ」


「ねえ、母さん」

「ん?」

「私、封魔の森に行くよ」

 菜の花は、ノナを見つめた。


「美咲さんが歩いた道を、私も歩きたい。怖いけど、でも、行きたい。知りたいことがいっぱいある」

「……うん」

「それに、私の力が人の役に立つなら——それで、病気の人が減ったり、魔物で亡くなる人が減るなら、役立てたい。それが、私の『なすべきこと』なら」


 ノナは、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりとうなずいた。

「……分かった、行っておいで」

「母さん……」

「なんとなく、そうなると思ってた。そうなってほしくはないと願いながらね」

 ノナは、静かに言った。


「ちょっと待ってなさい」

 ノナは、調合室に入っていった。

 許可なく入ってはいけない、ノナの仕事場だ。


 しばらくすると、ノナは片手で握れるほどの大きさの瓶を五本もってきた。

 中には、紫色をしたドロドロの液体が入っている。


「菜の花、これを持っていきなさい」

「ナニコレ」

 ノナは、にやりと笑った。


「材料は、満月草。もつれな草。朝露草の種。夜眠り草」

 菜の花が、市場で買ってきた薬草だ。


「そして、『木になったまま忘れ去られてカビが生えたぶどう』も」

「ナニソレ」

「秋にしかとれない、貴重な素材なんだ。かなり苦労した」


 あの時、一週間ほど家を空けていたのは、これか。


「これには、『忘却』の力がある」

「へー」

 何を忘れさせたいのだろう。

「他にも、てきと……薬草を選りすぐって、合計十七種類の薬草から作った回復薬だ。

 たっぷり熟成させた特級品だよ」

「へー」

 適当と聞こえたのは気のせいだろうか。


「ちなみに、十七種類というところが重要なんだ」

 ノナは、さらに得意げな顔をする。

「どういうこと?」


「十七は、素数だろう? 一と自分自身でしか割り切れない」

 素数。セミの話で出てきたやつだ。

「そうだね」

「逆にすると、七十一。これも素数なんだ」

「そうだね」

「すごいだろう?」

「……すごい、のかな?」


「まだあるよ。三の二乗は?」

「何、突然」

「まあ、やってみな」

 菜の花は、言われたとおりに計算する。

「三×三でしょ。九」

「そうそう。じゃあ、それをひっくり返して、二の三乗は?」

「二×二×二だから、八」

「九と八を足すと、十七になる」

「おお、ほんとだ」

「三の二乗と、それをひっくり返した二の三乗の合計は、十七なんだよ」

「おおお」

「十七っていう数字は、回文に似てると思わないかい?」

「なんか、そんな気がしてきた!」


「だろう? だから十七種類をてきと……特別に調合したんだ」

「適当って言った?」

「いや、言ってない。特別調合だ」

 適当に十七種類を混ぜるくらいなら、必要な素材を厳選してほしかった。

 あと、できれば、カビが生えたぶどうはやめてほしかった。


「ウレシイナー」

「これを飲めば、たちどころに回復するだろう。いろいろなところが」

「……スゴーイ」

「旅に持っていきなさい」

 ノナは、紫色のドロドロの液体が入った薬瓶を、菜の花に渡す。

「……アリガトウ」

 菜の花は、複雑な気持ちでそれを受け取った。

 ノナは、得意げな顔をして笑っている。


「ええと……、使うことのないように気を付けるね」

「ああ、それが一番いい」

「ウン」

「この回復薬は、長く熟成させればさせるほど、効能が高まるんだ。

 使わずに持って帰ってきてもいい。高く売れる」


「だから、必ず、帰ってきなさい」

 ノナは、笑顔から突然、泣きそうな顔になる。

「母さん……」

 菜の花が、母を見つめる。


「それを言うために、この毒水を作ったの?」

「毒水じゃない。回復薬だ」

「ああ、ごめん、つい」

「あと、なぜ作ったかといわれれば、作りたいから作った。それだけだ」


 作りたいから作った。案外、そういうものなのかもしれない。


「美咲もアルヴィンもスオヤラも、みんな、怖くても前に進んだ」

 ノナは、笑った。

「でも、それは、今考えると『進みたいから進んだ』ってことだったんだ」

「うん」

「仲間を大切にするんだよ。失敗しても、助け合うんだよ」

「うん」

「そして——」

 ノナの声がつまった。

「必ず、帰ってきなさい」

 菜の花は、うなずいた。

「うん、約束する」


 窓の外では、春の風が吹いていた。若草色の新芽が光っている。


 遠くに、祈りの塔が見える。

 封魔の森とは、どんなところなんだろう。

 美咲さんが戦った場所。母さんが、仲間を失った場所。


 怖くないと言ったら、嘘になる。


 菜の花の母の名はノナ——なのはなのははのなはのな

 ノナは母なの——のなはははなの


 二つの回文が、ぐるぐる回って、心の中で響いている。

 菜の花は、窓の外を見つめた。金色の髪が、朝日を受けて輝いた。


「母さん」

「ん?」

「でも、訓練してから出発するから、旅に出るのは三ヶ月後なんだ」

「ん」


 長い夜が終わり、新しい朝が始まった。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。

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