答え
——美咲は、まだ、息があった。
「美咲!」
私は、美咲のそばに駆け寄った。
膝をついて、美咲の手を握った。
「ノナ……」
美咲の声は、かすれていた。
「来て、くれたんだ……」
「美咲、しゃべらないで。今、助けを」
「いいの」
美咲は、首を振った。
小さく、弱々しく。
「もう、いいの」
私は、美咲の手を握りしめた。
冷たかった。
あんなに温かかった手が、もう冷たくなっていた。
「菜の花を……お願い……」
「分かってる。約束したでしょ」
「うん……」
美咲は、微笑んだ。
「『菜の花の母の名はノナ』……届けてね……」
「分かってる。必ず届ける」
「ノナ……」
「うん」
「ありがとう……」
美咲の手から、力が抜けた。
目が、閉じた。
微笑んだまま、静かに。
それが最後だった。
私は、美咲の手を握ったまま、泣いた。
声を上げて、泣いた。
子どもみたいに、わんわん泣いた。
どのくらい泣いていたか、分からない。
気がついたら、外は暗くなっていた。
私は、立ち上がった。
村に戻って、弔ってやらなければ。
「ごめんね、暗いけど許してね」
私は、三人を、収納の魔法に納めた。
それから、洞窟を出た。
村に戻ると、小さな菜の花が震える声で泣いていた。
私がいないのが、寂しかったんだろう。
私は、菜の花を抱き上げた。
「ごめんね。一人ぼっちは、怖いよね」
とても、小さくて、温かい。
私は、この子を育てる。
美咲が歌っていた、夜唄を思い出した。
「ふんふふーん」
「ねむれ ねむれ 菜の花は」
「美しく咲く お花の子」
「菜の花の 母の名は……」
この言葉を、何度もこの子に言い聞かせよう。子守唄のように。
私は、ポーターとして美咲の想いを届ける。それが、私にできる、唯一のことだ。
「これが、空白の一年間に起きたことだ」
ノナが、静かに言った。
二人とも何も言わなかった。
「私は、お前の本当の母親じゃない。……ごめんね、ずっと嘘をついていた」
「ううん、母さん」
菜の花は、首を振った。
「母さんが、私を育ててくれた。それは、本当のことでしょ?」
「……」
「母さんは、私の母さんだよ」
菜の花は、ノナを見つめている。
ふと、菜の花の視線が、宙で止まった。
「ノ、ナ……な、の。母……は、は……」
指先が、見えない文字をなぞっている。
「あ」
——回文は、大切な想いを込めるのにぴったりなんだよ。言葉が、ぐるぐる回って、ずっと消えないから
「母さん、一緒に言ってみて『の、な、は、は、は、な、の』」
「『の、な、は、は、は、な、の』……ああ、これも回文だね」
「この回文はね、『ノナは、お母さんだよ』っていう意味だよ」
ノナの目が、見開かれる。
「美咲さんは、この回文が私に届くと信じて、母さんに託した」
美咲さんは、どこまで見えていたのだろう。
「だから私は答える。『ノナは母なの』って。ずっと消えない円の形の言葉で」
「……」
「ノナ母さんは、私の母だよ。ずっと」
ノナの目から、涙があふれた。
二人は、長い、長い時間、泣き続けた。
暖炉の火が、優しく揺れていた。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




