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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
26/57

戦いの後

 ——封印は成功したけど、三人とも満身創痍だった。

 アルヴィンとスオヤラは、全身に深い傷を負っていた。

 美咲は、力を使い果たして歩けなかった。私が背負って歩いた。


 でも、生きてた。

 それだけで、十分だった。


 夜、私たちは、魔王の棲み処の洞窟の近くで焚き火を囲んでいた。

 魔王ハノは封じられた。瘴気は、少しずつ薄れていくだろう。

 私たちは、やり遂げた。


「帰ろう」

 アルヴィンが言った。

「帰って、報告しよう。それから、ゆっくり休もう」

 スオヤラがうなずいた。

「ああ、そうだな。俺も、もう疲れた。酒が飲みたい」

「ほどほどにね」

 私は呆れた。

「いいだろ、今回はさ」

「盾をなくしたら困るだろ?」

 スオヤラは、穴の開いた盾を見た。

「ああ、まあ、盾は……どうだろうな、これから使うことがあるのかな」


 その時、美咲が言ったんだ。

「ねえ、みんな」


 三人とも、美咲を見た。

 美咲は、少し緊張しているように見えた。


「ん? どうした?」

 アルヴィンが聞いた。

「うん」

 美咲は、焚き火の炎を見つめていた。

「……封印がちゃんと安定するか、不安なんだ。だから、私は、しばらく残りたい」


 美咲は、少し間をおいた。

「でも、万が一があったら、私だけじゃ対処しきれないから……だから」

「うん、残るよ」

 アルヴィンが言った。


 スオヤラがうなずいた。

「まあ、体も休めたいしな。どうせ、この怪我じゃすぐには動けないだろう」


「ノナは?」

 美咲は、私の意思を尊重するつもりみたいだった。

 私はポーターなんだから、「残って」って言えば済むのにね。

「もちろん残るよ。荷物がなかったら困るだろ?」


「みんな、ありがとう」

 美咲がほっとしたように笑った。


 私は、美咲の顔を見ていた。

 美咲は、いつも明るくて、よく笑う人だった。

 でも、あの時の顔は、どこか……いつもと違う気がした。

 聞けなかった。

 美咲が言わないなら、言えない理由があるのだろうと、その時はそう思った。



 菜の花は、その場面を想像する。自分だったら「残って」と言えるだろうか。

「それで、どうしたの?」

「私たちは、森の近くの村に滞在することにした」

 ノナは、火を見つめながら続けた。


「小さな村だった。封印の結果、あたりの瘴気はほとんど消えていてね。静かで、穏やかなところだった」

「そこに一年も滞在したの?」

「長いでしょ。いろいろあったんだ」

 ノナは、しばらく黙った。やがてまた、話し出した。



 ——村の人たちは、私たちを温かく迎えてくれた。

 宿を用意して、食事を運んでくれた。

 三人とも、傷つき、疲れ果てていた。村に着いて、最初の数日は、ただ眠っていた。

 私は、みんなのそばで回復薬を作った。それしかできなかったから。


 一ヶ月ほど経って、ようやく、みんなで外に出られるようになった。

 その日、私たちは村の外れを調査したんだ。瘴気はどうなっているか、魔物は増えていないか、森の草木はどうか。川の水はどうか。

 すべて、良い方向に向かっていた。

 魔王を封印したんだ。そんな実感がわいてきた。


 封魔の森の近くで、一泊することにした。

 みんなで、焚き火を囲んでいた。


 星が、本当にきれいだった。

 瘴気が薄れたせいか、空が澄んでいて、星がはっきり見えた。


 アルヴィンは、まだ腕に包帯を巻いていた。でも、表情は和らいでいた。

「終わったんだな」

「うん、終わったね」

 美咲が答えた。

 スオヤラは、盾を磨いていた。穴は自分でふさいだようだった。

「俺たちは、よくやった」

「うん。三人とも、がんばった」

 私も、うなずいた。


 焚き火が、パチパチと音を立てる。

 誰も、何も言わなかった。でも、それが心地よかった。


 その時、美咲がふと言ったんだ。

「……私たち、全然、ダメだったよね」

「そうか?」

 スオヤラは、笑いながらとぼけた。


「少なくとも、完ぺきではなかったでしょ」

 美咲は、笑った。

「アルヴィンはパンツ一丁だし、スオヤラは盾を川で泳がせるし、ノナは迷子で泣くし」

「ねえ、なんで自分を棚にあげたの」

 アルヴィンが苦笑する。

「うふふ」

 美咲は笑った。力が抜けた、いい笑顔だった。

「でも、楽しかった」

 美咲の声が、穏やかに響いた。

「みんなとだから、私は、旅ができたんだと思う」

「うん」

 アルヴィンはうなずいた。

「残ってくれて、ありがとう」

「礼はいらんぞ。望んで残ってるからな」

 スオヤラは笑ってた。



「いい夜だったんだね」

 菜の花が、静かに言った。

「うん。本当に」

 ノナは、ふっと息をついた。そして、続きを語る。



 ——美咲は、星を見上げた。

「封印は……もつよね」

「封印は成功したよ」

 アルヴィンは、まっすぐみんなを見ながら言った。


「この封印は、太陽と、この星の力を使う」

「うん」

 それは、皆、知っていた。


「一方で、月と星の『巡り』によっては、封印が弱まることがある。これは仕方ない」

 それも知ってた。

 だから、本当は魔王を倒したかった。封印は、あくまで次の策だったんだ。


「でも、月と星に、数百年に一度の巡りが来ても、耐えられる設計になってる。ついでに言えば、旅の期間を調整して、太陽とこの星の巡りがいい時を狙った」

「へえ」

 初耳だった。

「寄り道したかっただけじゃないの?」

「それは否定しない」

 アルヴィンはいたずらっぽく笑った。


「あのさ、アルヴィン」

 私は尋ねる。

「封印が弱まる月と星の『巡り』って、実際にはどういうものなの?」

 封印が成功したからには、知っておきたかった。


 アルヴィンの目が光った。あ、これは失敗したかも。

 そう思ったときには遅かった。


「ものすごく簡単に言うと、素数の掛け算なんだ」

 いきなり難しかった。

「そもそも天体の運動は周期的なもので……」


 長かった。


「……ということなんだよね」

 アルヴィンは満足そうな顔をしていた。


 私には、全く分からなかった。

 美咲も首を傾げている。

 スオヤラは、寝てた。

「……ごめん、アルヴィン、ちょっと難しかった。もっと、ものすごく簡単に教えて」

 私は素直にお願いした。


「じゃあ、セミの話をしよう」

「セミって、夏に鳴いてるあれか?」

 スオヤラが起きた。興味が湧いたらしい。

「うん。そのセミ」

 アルヴィンはうなずく。


「セミの幼虫は、何年も土の中にいる。そうして力をためて、外に出て大声で鳴く」

「そうだな」

「セミが土の中にいる年数は、種類によって違う」

「へえ」

「中には、十三年に一度、十七年に一度しか地上に出てこないセミもいるらしい」

 私は感心して聞いていた。アルヴィンは、いろんなことを知っている。


「ここに、仮に、『魔セミ』がいたとしよう」

「魔セミ」

「その鳴き声を聞くと、お腹が痛くなる」

「嫌だな……」

「うん。嫌だろ? さらに嫌なところがある」

「何?」


「長い間、出会ってない種類同士が出会うと、お互いにハッスルしちゃうんだ」

「ええ……」

「そうすると、掛け算みたいに悪影響がでる」

「掛け算?」

「そう。お腹が痛いどころじゃすまない。もう、ぴーぴーだ」

「ぴーぴー……」


「ああ、そういうこと」

 美咲は何かピンと来たようだった。

「だから、『素数の掛け算』なんだ」

「そうそう」

 アルヴィンは微笑んだ。


「え、なに、どういうこと?」

 私は、ついていけなかった。

 スオヤラは、目を閉じて考えているようだった。


 美咲は説明する。

「例えば、四年セミと六年セミは、十二年周期で出会う。これが素数になると、単純な掛け算になる。十三年と十七年だと……」


 美咲は、地面に不思議な形の字を書きはじめた。異世界の算術だ。

「二二一年に一度」

「さすが。正解」

 アルヴィンが微笑んだ。美咲はうなずいている。


「うん、要するに」

 スオヤラは真剣な顔でつぶやいた。


「魔王のお腹が痛くなると、封印は弱まるということだな」

「ああ、そういうこと」

 私も、ピンときた。


 アルヴィンは、少し残念そうな顔をしてた。


「ま、まあ、封印は、数百年に一度の事件にも耐えられる設計ってことね」

 美咲が、結論を言う。

「うん。結論はそれだよ」


「魔王と戦うみんなを見るのは、もういやだよ……寿命が縮む」

 私は、ぼやいた。あれは、もう二度と見たくなかった。


 美咲は、星を見ていた。藍色の空に星が輝いていた。

 あの夜の星空は、本当にきれいだった。


 焚き火の光に照らされて、美咲の顔は、とても穏やかだった。

 ——穏やかに見えただけかもしれないけどね。



 そこまで話して、ノナは黙った。

「その夜——」

 ノナの声が、少し変わった。

「美咲が、私に話してくれたことがあるんだ」

「何を?」


 ノナは、暖炉の火をじっと見つめていた。

 長いこと、黙っていた。


「回文のことだ」

 菜の花の目が、大きく見開かれた。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。

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