戦い
ノナは、少し息をついた。
それから、表情を引き締めて、続けた。
「さて、笑い話はここまでだ。ここからは、あまり笑えない話もあるかもしれない」
菜の花は、椅子に座り直した。背筋が伸びるのを感じた。
ノナは、語り始める。
——私たちは、旅を続けた。
村にとりついた魔物を倒したり、汚染された土を浄化したりしながらね。
最初の予定より、だいぶ時間がかかった。
旅を始めてから二年後の春。私たちは、魔王ハノの棲み処までたどり着いた。
今は『封魔の森』って呼ばれている場所だ。
棲み処といっても、たいしたもんじゃない。大きな森の中の、ただの洞窟だった。
取り巻きの魔物もいない。魔王は、ただ一人でそこにいて、瘴気を生み出し続けていた。
菜の花は、腕を組む。そして考える。
「……聖域の人には、魔王がどんな存在だったのか、あまり知らされてないよね」
「そうだね」
「それは、なんでだろう?」
「あまり心配させないように、かねえ」
「うーん」
「なんで、魔王は瘴気を出すんだろう?」
「さあ……」
「地揺れとか大波とか、そういうものだと思うしかないのかな」
「うん。私はそう思ってた。そう思わないとやってらないというのもあるけど」
「魔王って、どんな感じ?」
「真っ黒な四本足の生き物だった。狼が一番近い感じだね」
「へえ」
二本足で立つ、怪物のような生き物だと思っていた。
「大きいのに、目が追いつかないほど速い。黒い毛は剣を弾く。吐く瘴気は触れたら終わり。近づけないし、近づけば牙だ」
「強すぎる……」
「そう。強すぎる。スオヤラの盾も穴が開いてたね」
「スオヤラさんの盾が……?」
「家宝の盾がー、とか、ぎゃーぎゃー騒いでたよ」
「魔王との戦いでも、スオヤラさんはスオヤラさんだね」
「私も同じことを思ったよ」
「これが、最悪なんだけどさ」
「何?」
「空を飛ぶんだよ。魔法で」
「えええ……」
「で、空から瘴気を吐き出し続ければ、普通の討伐隊は壊滅する。そもそも、魔王と人間では、戦いにならないんだ」
そんなものと戦ったのか。美咲さんたちは。
「でも、美咲は、瘴気を浄化できた」
「ああ、だから戦いにはなるんだ」
「そう。瘴気は効かない。牙で攻撃しても盾士に防がれる。その後ろから勇者が、魔法でちょろちょろ攻撃してくる」
「ちょろちょろ……」
「そう。たいして効いてなかった。けど、うっとうしそうにはしてた。魔王は強い。でも、私たちは、戦うことはできた」
菜の花は、ふと疑問に思う。
「うっとうしいだけなら、戦いをほったらかして逃げてもいいんじゃない?」
一人なら、棲み処を捨てて逃げる選択肢もある。でも、そうしなかった。
「そういえば、そうだけど……魔王の気持ちなんか分からないよ」
「魔王とは、話したの?」
「いや、全然。魔王は最初に、『来たか』ってつぶやいてたけど、それだけだった」
菜の花は、少し気になった。
「……『来たか』ってどういう意味だろう」
「うーん、そのままの意味だと思うけど」
「それ以外は、話さなかったんだよね?」
「そうだよ」
だとしたら、何か意味があるのではないか。『来たか』……そんなこと言うだろうか。
「……だめだ、分かんない」
「まあ、簡単に分かったら、こんなに苦労してないさ」
「そうだよね」
ノナは、また語り始めた。
——魔王との戦いは、壮絶だった。
美咲が浄化の光を放ち、アルヴィンが剣を振るい、スオヤラが全員を守った。
私は、遠くで見ていることしかできなかった。ただ、祈っていた。みんなが無事でありますように、って。
私たちは、魔王を倒すことはできなかった。
倒せるなら、倒したい。でも、無理だろうなという気もしていた。だって、考えてごらんよ。瘴気で強くなった魔物に苦戦してるんだから、その瘴気の元凶に勝てるかっていったら、そりゃ無理だろ。
アルヴィンは、戦いを始めて早々に、魔王を封印する作戦に切り替えた。
封印は、大まかにいうと、アルヴィンが、結界の力で封印の基礎を組み立てる。そこに、美咲が浄化の力を注ぐ。そういう流れで発動する。
ものすごく大掛かりな魔法で、アルヴィンは、地面に勇者の剣で何かを書いたり、聞いたことのない言葉でお祈りをしていたね。
アルヴィンは、封印の魔法を組み始めると無防備だ。だから、スオヤラは、アルヴィンを中心に守ることになる。その間、美咲は魔王との戦いを一人で耐えなければならない。
封印作戦がつらいのは、ここだ。
ここをどうしようか、っていうのは、旅をしながらずいぶん話したんだよ。
私たちがとったのは、「攻撃は最大の防御」っていう作戦だった。より正確にいえば、「攻撃をし続ける以上の防御方法がない」っていう。
それは作戦じゃないって?
そうだね。賭けだったよ。
実際にやったのは、美咲が浄化しまくる。それだけだ。
とにかく、浄化の祈りをまき散らす。変な言い方かもしれないけどね。
美咲の祈りは、本当にきれいだった。
金色の細かい光が、目の前いっぱいに広がるんだ。
魔王は、その光は嫌みたいだった。真っ黒な瘴気をまき散らして、美咲の浄化に対抗してた。で、美咲は、その瘴気を片っ端から浄化しまくった。
ふと、思った。
魔王の瘴気も、美咲の浄化の祈りも、似たようなもんかもしれないって。
変な言い方だけどさ。お互いに嫌なもんをまき散らしてるって点では、同じだ。
でも、美咲は、つらそうだった。
思いっきり歯を食いしばって、真っ青な顔をして祈ってた。
浄化の祈りをまき散らしながら、「痛い、痛い」って泣いてた。
私は、涙が止まらなかった。
何もできなかった。
がんばれ美咲、がんばれアルヴィン、がんばれスオヤラって、ずっとお祈りしてた。
実際の時間は分からない。
ただ、長い、とても長い時間のように感じた。
「ありがとう美咲。よくがんばったね」
美咲の力が尽きかけた時、アルヴィンの声が聞こえた。
アルヴィンの封印の魔法が発動した。目の前が真っ白に光った。
「うん、がんばりました」
今度は美咲が何かを唱え始めた。真っ白い光の中に、金色の光が混ざった。
白と金色は、うずを作るようにぐるぐる回ってた。それから、どんどん光が集まって、魔王を包んだ。
私はまぶしくて目を閉じた。
光が収まって目を開けたとき、魔王はいなくなっていた。
魔王がいた場所には、石が転がっていた。
魔王と同じ、真っ黒だった。
抱きかかえられるくらいの大きさの石だ。
ずいぶん小さくなった。バカっぽい感想だけど、私は、そう思った。
そして、封印は成功した。
菜の花は、長いこと黙っていた。
「大変な……戦いだったんだね」
それしか言えなかった。
「ギリギリだった。でも、美咲たちはやりきった」
「うん」
暖炉の火が、静かに揺れている。ノナは、じっとそれを見つめている。
長い、長い沈黙だった。
「これから話すことは」
ノナが、言葉を区切った。
「私しか知らないことだ」
「菜の花は、今日シオナ様にいろいろ話を聞いただろう」
「うん、聞いたよ」
「シオナ様は、勇者たちの旅は何年かかったと言ってた?」
「え?」
予想外の質問だった。
「ええと、寄り道が好きで……行きに三年、帰りに一年かかったって」
「そう。それが公式記録」
「え?」
「さっき、私は、旅立ちから魔王の棲み処まで何年かかったって言った?」
「……あ」
二年、だった。
「そう。魔王との戦いの後、空白の一年間があるんだよ」
ノナは、菜の花を見つめた。
「そこで起きたことが、菜の花が知りたかったことだ」
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




