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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
23/55

スオヤラ

「ねえ、母さん」

 菜の花が、ふと思いついたように尋ねる。


「なんで勇者の仲間に盾士がいたのか、ずっと不思議だったんだよね。槍士とか弓士のほうが、攻撃力が上がるんじゃない?」


 ノナは、くすりと笑った。

「それをいうなら、ポーターのほうが不思議さ」

「ポーターは必要でしょ」

「そうかね」

 ノナは苦笑した。


「スオヤラは、本当に強かったんだ。守ることにかけてはね」

「攻撃は?」

「さあ?」

「さあって」

「そういえば、見たことないね」

「それは……逆にすごい」

「そう、すごいんだ」

 ノナが誇らしげにうなずく。


「敵の攻撃をすべて自分に集めるんだ。攻撃はアルヴィンと美咲に任せてね」

 ノナは、窓の外に目をやった。春の風で木が揺れている。


「で、隙を見つけて、アルヴィンと美咲に伝えるんだ。『今だ』って。離れたところで見てただけだけど、三人の戦いの軸はスオヤラだって思ってたよ」

「かっこいい」

「うん」

 ノナは、遠い目をした。


「スオヤラは、本当に盾を大切にしてたんだ。だけどね……」

 そういって、ノナは語り始めた。



——季節は、真冬になってた。


 私たちは、大きな町に到着した。うれしかったよ。しばらく、野宿続きだったから。

 地面の上で寝るのと、ベッドで寝るのでは、体の疲れの取れ方が全然違うんだ。


 宿屋を見つけて、部屋を取って、久しぶりのベッドだ。

 めちゃくちゃ寒かったからね。屋根があることに、みんな、ほっとしていた。


「今日は休みだ! 盾も置いて、遊びに行くぞ!」

 スオヤラは、町を散策しようって言ったんだ。


 四人で町を歩いた。市場を見たり、珍しい食べ物を買ったり。

 でも、しばらくすると、スオヤラの様子がおかしくなってきた。常に、左手が何かを探してる。振り返って後ろを確認する。


「どうしたのスオヤラ?」

 美咲が尋ねた。

「いや……なんか、落ち着かなくて」

「盾がないからだろ」

 アルヴィンが言った。

「……そうかもな」


 結局、町の散策を中断して、宿に戻ったんだ。

 スオヤラは盾を背負った瞬間、ほっとした顔をした。


「やっぱり、これがないと落ち着かない」

「もう、体の一部なんだね」

 美咲は盾を見ながら笑ってた。


 え? 盾士の鏡だって? いや、ところが、そうでもないんだよ……。

 その夜、飲みに出かけたんだ。


「今日は飲むぞー! 俺の奢りだ!」

 スオヤラが大声で言った。


 スオヤラは、貯金という概念がなかった。豪快だろ?


 私たちは町の酒場に行った。大きな酒場でね、冒険者たちで賑わっていた。

 スオヤラは、よく飲んだ。ジョッキを何杯も空けて、どんどん顔が赤くなっていった。で、延々と盾の自慢話を始めたんだ。


「うちは、代々、『守護』の力が現れる家系でな……」

「へえ」

「この盾で、俺は何度も仲間を守ってきたんだぁ……」

「かっこいいじゃん」

「これは我が家に代々伝わる盾でな。よく分からんがすごい」

「分からないの?」

 美咲が笑ってた。


 でも、実際、すごかったんだ。あの盾、魔物の消化液すら弾いてたからね。

 勇者の剣も溶けなかったし、スオヤラの盾もそれに近いものがあるんだろうね。


「アルヴィンの鎧なんか全部溶けちゃったのに」

「思い出さないで……」

 アルヴィンが悲しそうに言った。


「俺の盾は、一番だぁ……」

 スオヤラは、うれしそうだった。


 ……で、さらに飲み続けてね。同じ話を、三回くらい聞いた。


 美咲が呆れた顔で「いい加減にしなさいよ」って言ってた。

 スオヤラは聞いてなかった。そのうち、机に突っ伏して寝てしまった。



 菜の花があきれる。

「ええ、寝ちゃったの……」

「私たちは、彼を宿屋まで運ぼうとした。けど無理だった」

「どうして?」

「重かった。盾士だから、筋肉の塊だったし」

「ああ」

「アルヴィンは『よし、あきらめよう。大人だから大丈夫』って」

「それは、まあ、そうだけど」

「美咲も『まいっか』って。私たちは疲れてたから、宿に帰って、すぐに寝た」

 ノナは、一呼吸置いた。



 ——翌朝、スオヤラが、大騒ぎを始めた。

「俺の盾は⁉ 俺の盾はどこだ⁉」

「盾?」私は聞き返した。


 あの自慢の盾が、どこにもないっていうんだ。

 部屋中を探した。宿屋の中も探した。でも、ない。


「どこにやったの?」

 美咲が、怒った顔で聞いた。

「覚えてない……」

「ええ⁉」

 私たちは、町中を探し回った。宿屋から酒場までの道。裏路地。

 で、酒場に戻って、主人に聞いたんだ。

「昨夜、大きな盾を見ませんでしたか?」って。


 主人が、困った顔で言った。

「ああ、あの盾なら……あんた昨晩、『ちょっと盾を泳がせてくる』って言って出てったよ」

「え?」

「『泳ぐぞ、盾! あははははは』って……私が『寒いよ、死ぬよ』って言ったら、『大丈夫だ! 俺と盾だから!』って」

「ねえ、スオヤラ」

「ん?」

「覚えてる?」

「いや、まったく、全然」

 その顔は、蒼白だった。



 菜の花は、しばらく考えていた。

「盾は泳がないよね」

「泳がないね」

「え、なんでそんなこと?」

 菜の花は、頭を抱えた。

「酔っ払いの考えることは、徹頭徹尾、分からないんだよ」

 ノナは肩をすくめた。



 ——一同、絶句した。スオヤラは、泣きそうな顔で走り出した。

 急いでみんなで川に行った。町の外れを流れる、大きな川。


「あった」

 泥の中に、半分埋まってた。


「よかった……」

 美咲がほっと息をついた。

 スオヤラは、真冬の川に飛び込んで、泥だらけになりながら盾を拾い上げた。

 そして、岸に上がると、その場で謝った。

「すまん……もう二度と飲まない……」

 って、真剣に謝ってた。……盾に。



「盾に⁉」

 菜の花は、想像して、笑いが止まらなくなった。

「美咲は、プリプリ怒ってた」

「そうだよね」

「で、アルヴィンは、大笑いしてた」

「笑いごとじゃないよ」

「ほんとだよ。『俺たち大丈夫か?』くらいは言ってほしいもんだ」

「ほんとだね」

「でも、大笑いしてたよ。『バカすぎる。バカすぎて俺たちらしい』って」

「あははは……」

「ひどい仲間たちだったよ。でもね」

 ノナの声が、少しだけ優しくなる。


「だからこそ、楽しかった」

 暖炉の火が、一つ、はじけた。


「ちなみに、スオヤラは『二度と飲まない』って言ったけど、三日後にまた飲んでた」

「えええ……」

「頑丈なのは体だけで、意志は弱かった」

 二人は、また声を上げて笑った。


 笑いが落ち着いた後、ノナが続けた。


「そうだ、その銀細工」

 ノナは、菜の花の頭の銀細工を指さした。

「これ?」

 今朝、お祝いにノナからもらったものだ。蝶の形。繊細で複雑な細工が輝いている。

「それ、スオヤラに教えてもらったんだ」

「えええ?」

「意外だろう?」

「銀細工? 盾士なのに?」

 ノナは、その時の光景を思い出すように語る。



 ——私も最初、驚いた。

 その晩、宿の娯楽室で集まっていると、スオヤラの大きな手が銀のかけらを叩いていた。

 カンカンカン、という小さな音がしていた。その手つきは、驚くほど繊細でね。

「上手だね」

 私は言った。

 スオヤラは照れくさそうに答えた。

「ああ、昔、教わってな」

「へえ、ちょっと意外だね」

「守ることは、好きだ。俺の性に合ってる。でも、いつか、必要なくなる」

「うん、そうだね」


 私は、「銀細工、教えてほしい」って頼んだ。

 スオヤラは快く教えてくれた。

「いいぞ。ノナは器用だから、すぐできるようになる」


 それから、野営の夜には、スオヤラに銀細工を教えてもらった。

 カンカンカン、カンカンカン

 私とスオヤラが銀を叩いている。

「いい音だね」

 美咲とアルヴィンは、その音を聞きながら星を見ていた。



 菜の花は、髪飾りに触れた。


「スオヤラさんと母さんが作ってくれたんだね」

「そうだよ」

 ノナの表情が柔らかい。


「さて、次は——」

 ノナが、少し恥ずかしそうに言った。

「私の話をしようか」

「母さんも何かあるの⁉」


「あるよ。次は、私の番だ」


読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。

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