スオヤラ
「ねえ、母さん」
菜の花が、ふと思いついたように尋ねる。
「なんで勇者の仲間に盾士がいたのか、ずっと不思議だったんだよね。槍士とか弓士のほうが、攻撃力が上がるんじゃない?」
ノナは、くすりと笑った。
「それをいうなら、ポーターのほうが不思議さ」
「ポーターは必要でしょ」
「そうかね」
ノナは苦笑した。
「スオヤラは、本当に強かったんだ。守ることにかけてはね」
「攻撃は?」
「さあ?」
「さあって」
「そういえば、見たことないね」
「それは……逆にすごい」
「そう、すごいんだ」
ノナが誇らしげにうなずく。
「敵の攻撃をすべて自分に集めるんだ。攻撃はアルヴィンと美咲に任せてね」
ノナは、窓の外に目をやった。春の風で木が揺れている。
「で、隙を見つけて、アルヴィンと美咲に伝えるんだ。『今だ』って。離れたところで見てただけだけど、三人の戦いの軸はスオヤラだって思ってたよ」
「かっこいい」
「うん」
ノナは、遠い目をした。
「スオヤラは、本当に盾を大切にしてたんだ。だけどね……」
そういって、ノナは語り始めた。
——季節は、真冬になってた。
私たちは、大きな町に到着した。うれしかったよ。しばらく、野宿続きだったから。
地面の上で寝るのと、ベッドで寝るのでは、体の疲れの取れ方が全然違うんだ。
宿屋を見つけて、部屋を取って、久しぶりのベッドだ。
めちゃくちゃ寒かったからね。屋根があることに、みんな、ほっとしていた。
「今日は休みだ! 盾も置いて、遊びに行くぞ!」
スオヤラは、町を散策しようって言ったんだ。
四人で町を歩いた。市場を見たり、珍しい食べ物を買ったり。
でも、しばらくすると、スオヤラの様子がおかしくなってきた。常に、左手が何かを探してる。振り返って後ろを確認する。
「どうしたのスオヤラ?」
美咲が尋ねた。
「いや……なんか、落ち着かなくて」
「盾がないからだろ」
アルヴィンが言った。
「……そうかもな」
結局、町の散策を中断して、宿に戻ったんだ。
スオヤラは盾を背負った瞬間、ほっとした顔をした。
「やっぱり、これがないと落ち着かない」
「もう、体の一部なんだね」
美咲は盾を見ながら笑ってた。
え? 盾士の鏡だって? いや、ところが、そうでもないんだよ……。
その夜、飲みに出かけたんだ。
「今日は飲むぞー! 俺の奢りだ!」
スオヤラが大声で言った。
スオヤラは、貯金という概念がなかった。豪快だろ?
私たちは町の酒場に行った。大きな酒場でね、冒険者たちで賑わっていた。
スオヤラは、よく飲んだ。ジョッキを何杯も空けて、どんどん顔が赤くなっていった。で、延々と盾の自慢話を始めたんだ。
「うちは、代々、『守護』の力が現れる家系でな……」
「へえ」
「この盾で、俺は何度も仲間を守ってきたんだぁ……」
「かっこいいじゃん」
「これは我が家に代々伝わる盾でな。よく分からんがすごい」
「分からないの?」
美咲が笑ってた。
でも、実際、すごかったんだ。あの盾、魔物の消化液すら弾いてたからね。
勇者の剣も溶けなかったし、スオヤラの盾もそれに近いものがあるんだろうね。
「アルヴィンの鎧なんか全部溶けちゃったのに」
「思い出さないで……」
アルヴィンが悲しそうに言った。
「俺の盾は、一番だぁ……」
スオヤラは、うれしそうだった。
……で、さらに飲み続けてね。同じ話を、三回くらい聞いた。
美咲が呆れた顔で「いい加減にしなさいよ」って言ってた。
スオヤラは聞いてなかった。そのうち、机に突っ伏して寝てしまった。
菜の花があきれる。
「ええ、寝ちゃったの……」
「私たちは、彼を宿屋まで運ぼうとした。けど無理だった」
「どうして?」
「重かった。盾士だから、筋肉の塊だったし」
「ああ」
「アルヴィンは『よし、あきらめよう。大人だから大丈夫』って」
「それは、まあ、そうだけど」
「美咲も『まいっか』って。私たちは疲れてたから、宿に帰って、すぐに寝た」
ノナは、一呼吸置いた。
——翌朝、スオヤラが、大騒ぎを始めた。
「俺の盾は⁉ 俺の盾はどこだ⁉」
「盾?」私は聞き返した。
あの自慢の盾が、どこにもないっていうんだ。
部屋中を探した。宿屋の中も探した。でも、ない。
「どこにやったの?」
美咲が、怒った顔で聞いた。
「覚えてない……」
「ええ⁉」
私たちは、町中を探し回った。宿屋から酒場までの道。裏路地。
で、酒場に戻って、主人に聞いたんだ。
「昨夜、大きな盾を見ませんでしたか?」って。
主人が、困った顔で言った。
「ああ、あの盾なら……あんた昨晩、『ちょっと盾を泳がせてくる』って言って出てったよ」
「え?」
「『泳ぐぞ、盾! あははははは』って……私が『寒いよ、死ぬよ』って言ったら、『大丈夫だ! 俺と盾だから!』って」
「ねえ、スオヤラ」
「ん?」
「覚えてる?」
「いや、まったく、全然」
その顔は、蒼白だった。
菜の花は、しばらく考えていた。
「盾は泳がないよね」
「泳がないね」
「え、なんでそんなこと?」
菜の花は、頭を抱えた。
「酔っ払いの考えることは、徹頭徹尾、分からないんだよ」
ノナは肩をすくめた。
——一同、絶句した。スオヤラは、泣きそうな顔で走り出した。
急いでみんなで川に行った。町の外れを流れる、大きな川。
「あった」
泥の中に、半分埋まってた。
「よかった……」
美咲がほっと息をついた。
スオヤラは、真冬の川に飛び込んで、泥だらけになりながら盾を拾い上げた。
そして、岸に上がると、その場で謝った。
「すまん……もう二度と飲まない……」
って、真剣に謝ってた。……盾に。
「盾に⁉」
菜の花は、想像して、笑いが止まらなくなった。
「美咲は、プリプリ怒ってた」
「そうだよね」
「で、アルヴィンは、大笑いしてた」
「笑いごとじゃないよ」
「ほんとだよ。『俺たち大丈夫か?』くらいは言ってほしいもんだ」
「ほんとだね」
「でも、大笑いしてたよ。『バカすぎる。バカすぎて俺たちらしい』って」
「あははは……」
「ひどい仲間たちだったよ。でもね」
ノナの声が、少しだけ優しくなる。
「だからこそ、楽しかった」
暖炉の火が、一つ、はじけた。
「ちなみに、スオヤラは『二度と飲まない』って言ったけど、三日後にまた飲んでた」
「えええ……」
「頑丈なのは体だけで、意志は弱かった」
二人は、また声を上げて笑った。
笑いが落ち着いた後、ノナが続けた。
「そうだ、その銀細工」
ノナは、菜の花の頭の銀細工を指さした。
「これ?」
今朝、お祝いにノナからもらったものだ。蝶の形。繊細で複雑な細工が輝いている。
「それ、スオヤラに教えてもらったんだ」
「えええ?」
「意外だろう?」
「銀細工? 盾士なのに?」
ノナは、その時の光景を思い出すように語る。
——私も最初、驚いた。
その晩、宿の娯楽室で集まっていると、スオヤラの大きな手が銀のかけらを叩いていた。
カンカンカン、という小さな音がしていた。その手つきは、驚くほど繊細でね。
「上手だね」
私は言った。
スオヤラは照れくさそうに答えた。
「ああ、昔、教わってな」
「へえ、ちょっと意外だね」
「守ることは、好きだ。俺の性に合ってる。でも、いつか、必要なくなる」
「うん、そうだね」
私は、「銀細工、教えてほしい」って頼んだ。
スオヤラは快く教えてくれた。
「いいぞ。ノナは器用だから、すぐできるようになる」
それから、野営の夜には、スオヤラに銀細工を教えてもらった。
カンカンカン、カンカンカン
私とスオヤラが銀を叩いている。
「いい音だね」
美咲とアルヴィンは、その音を聞きながら星を見ていた。
菜の花は、髪飾りに触れた。
「スオヤラさんと母さんが作ってくれたんだね」
「そうだよ」
ノナの表情が柔らかい。
「さて、次は——」
ノナが、少し恥ずかしそうに言った。
「私の話をしようか」
「母さんも何かあるの⁉」
「あるよ。次は、私の番だ」
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




