アルヴィン
「アルヴィンは、かっこよかったよ。かっこ悪くて、かっこよかった」
「なにそれ」
ノナは暖炉の火を見つめながら、続きを語り始めた。
——旅の一年目の、夏だったかな。
私たちは、小さな村に立ち寄ったんだ。
すると、村の人たちは、困った顔で出迎えてくれた。なんだか、元気がなかった。
「どうしたんですか?」って美咲が聞くと、村長さんが言った。
「近くの森に、恐ろしい魔物が住み着いてしまって……」
話を聞くと、巨大な花の魔物だった。高さは大人三人分くらい。
普通はそんなに大きくならないけど、魔王の瘴気は、魔物をよく育てるんだ。
やっかいなことに、口から何でも溶かす液を吐き出すんだ。それで、動物を溶かして栄養にするんだよ。人間の体も溶けてしまう。鎧も、剣も、服も。
でも、美咲が言った。
「防護の魔法で、みんなの体を守る。消化液で溶かされないように」
美咲の魔法で身を守ることができるなら、何とかなるかもしれない。植物は、動けないからね。少なくとも、その時は、そう思った。
菜の花は巨大な花が消化液をまき散らしているのを想像した。
「……嫌だな」
「嫌だろ?」
「うん。美咲さんの魔法はすごい」
「ただ、一つ問題があった」
ノナは、深刻そうな顔をした。
「美咲の魔法は、生き物を守る。服や鎧には、効果がない」
「なんで? 浄化の力なら、魔物の消化液も浄化できそうだけど」
「うーん、詳しくは分からないけど……」
ノナは、考え込むように上を見る。
「命のあるもの、守らなければならないものに作用する。そんな感じだと思う」
「え……じゃあ……」
「そう。体は守れる。けれど、服は溶ける。鎧もね」
菜の花は、嫌な予感がした。
——それでも、アルヴィンは魔物を倒しに行くと言った。
「行こう。村の人が困ってるなら」
かっこいいだろ? うん。その時は、かっこよかった。
私たちは、森に向かった。
魔物がいるところに近づくと、美咲が全員に防護の魔法をかけてくれた。
「ノナは、ここに隠れてて」
「分かった」
美咲は、魔物から遠く離れた大きな岩陰を指さした。
私にも防護の魔法をかけてくれたよ。
魔物は、強かった。巨大な花が、次々と消化液を吐いてくる。
アルヴィンが前に出て、剣で斬りかかる。
スオヤラが盾で攻撃を防ぐ。
美咲が後ろから浄化の光を放つ。
やがて、アルヴィンの剣が、魔物の核を貫いた。
やった。そう思った。
でもね。植物の魔物は、最期とばかり、溜めてたすべての消化液をまき散らしたんだ。
爆発するみたいに。
そりゃ、ひどい有様さ。
周りの木も地面も、全部真っ黒になってどろどろに溶けた。
よく見たら、私が隠れてた岩も真っ黒になって、半分くらい溶けていた。怖かったよ。
でも、全員無事だった。美咲の魔法はすごいね。
戦いが終わって、私たちは顔を見合わせた。
スオヤラはほとんど無傷だった。
盾も溶けなかった。家宝の盾なんだって。スオヤラが自慢してたよ。
スオヤラは、守りに特化したものすごい戦士だ。
この時以外にも、スオヤラがいなかったら、死んでた場面がいっぱいあるね。
美咲も、服の裾が少し溶けたくらいだった。
後ろからアルヴィンの戦いを助けていたから、あまり消化液を浴びなかった。
私は、岩の後ろに隠れていたから無事。
でも、アルヴィンは——裸だった。
「ハダカ⁉」
菜の花は目を丸くする。
「そう」
ノナは、笑い出した。
「前衛で、一番消化液を浴びたからね。鎧も、服も、全部溶けてしまっていた」
「えええ」
ノナは続きを話し始める。
——アルヴィンは、生まれたままの姿で、剣だけ握って立っていた。
勇者の剣は溶けなかったんだ。さすがだね。
私はそのとき、「この人は、生まれながらに勇者だったんだな」って感じたよ。
あははは、どうでもいいね。
「アルヴィン⁉」
美咲が、真っ赤になって、両手で顔を覆った。
でも、あれは絶対、指の間から見てたね。
スオヤラは、大笑いしてた。
「笑うなよ……」
アルヴィンは、手で隠そうとするんだけど、剣を持ってるから、剣で隠すはめになった。
かっこ悪かったよ。どうしようもなく、かっこ悪かった。
「ねえ、ノナ……替えの服、もってる……?」
「ごめん、ない」
私は、申し訳ない気持ちで言った。それ以来、替えの服一式を、必ず私が預かるようにしたんだけどね。アルヴィンは、絶望的な顔をしてた。
菜の花は、想像して顔を赤くしながらも、笑いが止まらない。
「あははは。それで、どうしたの?」
「みんなで協力して、即席のパンツを作ったんだ」
「パンツ……」
「そう、美咲が言い出したんだ」
ノナは思い出すように目を細めた。
——「パンツがあれば、何でもできる」
美咲は、そう言い切った。凛とした横顔だった。かっこよかったよ。
この言葉は不思議でさ、なんか、何度も言いたくなるんだ。
「パンツがあれば、何でもできる」
ほら、そう言われれば、なんか、そんな気がしてくるだろ?
ああ、全然しないかい。
でも、その時は、みんな「それだ!」って思ったんだよ。
魔物に勝って、気持ちが昂ってたのかもしれないね。
私たちは、ちょっとずつ、自分の服を切った。
美咲の藍色マント、スオヤラの松葉色の腰布、私のえんじ色の上着。
そして、美咲と私で、その布を縫い合わせた。前半分は美咲、後ろ半分は私。
不器用な手つきでね。ガタガタだったよ。
その間に、スオヤラが、強いツタをとってきて紐を作った。
「このツタは強い。しかし臭い」
「臭くなくて強いのはないの?」
「ない」
「ええ……」
「文句を言わない。ほら、できたよ?」
美咲が誇らしげにパンツを掲げた。
それは、なんとも言えない……つぎはぎだらけのカラフルなパンツだった。
菜の花は想像する。みんなでパンツ作り。
「楽しそう」
「うん。アルヴィンは、あまり楽しそうではなかったけどね」
「あははは」
——アルヴィンは、出来上がったパンツを履いた。
「……ありがとう、みんな」
「いいよ! すごくいい!」
美咲はものすごくほめた。
「いいよね、ノナ?」
「え、あ、うん……いいね」
「だよね? スオヤラはどう思う?」
「ああ、そう、かもな。いいな」
「いいよ! うん。いい!」
美咲は、何度もうなずいていた。心底、そう思っている感じだった。
美咲は……服の好みがちょっと変わってたんだ。なんというか……服のセンスが、その、ダサかった。
菜の花は、想像する。ダサい服の聖女。
「旅のときは、聖女の旅装だからね。凛としてかっこよかった」
「そうなんだ」
「けど、私服姿になると『あれ?』ってなるんだ。宿屋の夜とか」
「……そうだったんだ」
「うん。旅の途中、さりげなく服を買ってあげようとしたんだ。でも『こっちがいい』って言って、わざわざダサい服を選ぶんだ」
「異世界の服の好みってこと?」
「それは、分からない……」
ノナは続きを語り始める。
——そのパンツをはいて、村に帰った。出迎えてくれた村の人たちは、絶句してた。
だって、勇者様が、つぎはぎだらけのカラフルなパンツ一枚で立っているんだもの。
『どうしよう……』って、出迎えた村人たちの心の声が聞こえるようだった。
その時、子どもが叫んだんだ。
「かっこいい おぱんちゅの、ゆーしゃさま!」
村中が、静まり返った。
それから、笑いが起きた。村人たちも、私たちも、みんな笑った。
アルヴィンも、一緒に笑っていた。
「はっはっは、おぱんちゅの勇者様だ!」
「おぱんちゅの勇者様が、お帰りになったぞ!」
「おぱんちゅ様!」
「ありがとうございます! ささ、こちらへ!」
「おーい、食べ物を持ってきてくれ!」
「先に飲み物だ! 急ぎで持ってきてくれ!」
「ちょっと待って、誰か、おぱんちゅ様って言わなかった?」
村人たちが、すぐに新しい服をアルヴィンに持ってきてくれた。
「これを着てください、おぱんちゅの勇者様!」
「おぱんちゅって言うのはやめて……」
「ふふふ、アルヴィンは、村の人に愛されてるね」
美咲が、アルヴィンに言った。
「……代わる?」
「それはどうかな」
「ええ……」
でも、アルヴィンは、どこか嬉しそうだった。
菜の花は想像する。つぎはぎだらけでカラフルなパンツ一丁の勇者を。
それは、想像以上にかっこ悪くて……かっこいいかもしれない。
「あのつぎはぎのパンツ、アルヴィンは、なんだかんだずっと持ってたんだよ」
「え、本当?」
「うん。『みんなが作ってくれたから』って」
「しかも、めちゃくちゃ防御力が高いらしいんだ」
「えええ?」
「そりゃそうだよ、美咲が心を込めて作ったものだからね」
「ああ」
「アルヴィンは、強い魔物と戦うときに履いてたよ。『勝負パンツ』って言ってた」
「勝負パンツ……」
「いい旅だったんだね」
「ああ。大変だったけど、楽しかった」
ノナは、笑った。
「おぱんちゅって叫んだ子、元気にしてるかな」
「村の子ども?」
「そう。もう私たちのことなんて、覚えてないだろうね」
「覚えてるよ、きっと」
菜の花は、笑う。
「だって、『おぱんちゅの勇者様』だもん。忘れられないよ」
「……それもそうだね」
二人は、笑い合った。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




