美咲
「美咲はさ、感覚の人なんだ」
ノナは、言った。
「感覚?」
「そう、感覚。そうだね、例えば……調合かな」
「調合?」
「美咲は、私に薬の調合を教えてくれたんだ」
「ああ、だから、今、母さんは薬師をやってるんだね」
「そう。だから、美咲との旅は、私が薬師になる旅でもあった」
「へえ」
これまで聞いたことのない話に、菜の花は身を乗り出す。
「どんなことを教わったの?」
「体に良いものを混ぜれば、いい感じの薬になる」
「ええ……」
「いやー、よく分かんなかったね。何を言ってるのか」
「私にも分からない……けど、納得した」
「ん?」
「母さんのめちゃくちゃな調合は、美咲さんが教えたものなんだね」
「それは違う」
ノナは、菜の花に向き合った。
「美咲は、本当にめちゃくちゃだ」
「ふーん」
「私のは、経験に裏付けされている」
「そうなんだ」
「だから、めちゃくちゃに見えるだけだ」
「何が違うの?」
「全然違うんだ」
菜の花は笑った。ノナも笑った。
ノナは息を整えてから、旅の頃を思い出すように語り始めた。
——旅の途中、皆で道を歩いてるだろ?
美咲は、きょろきょろ、草とか花を見ながら歩いてた。
そうして、美咲が薬草……というか、そこらへんに生えてる草を指さして、「ノナ、これ収納お願い」って言うんだ。
で、誰かの体調が悪くなると、それを使って回復薬を調合するんだよ。
私は、それを教えてもらってた。
「ええ、またアルヴィンがお腹壊したの?」
「ああ、のたうち回ってる」
「ええ……どうせ、悪いもの食べたんでしょ」
「腐った狸の肉を食べてた。スオヤラと。肉は熟成させたほうがうまいとか言ってた」
やめればいいのに。本当そう思ったね。
「スオヤラは?」
「あいつは大丈夫だ」
「なんでだろ……」
「ノナ、満月草って収納してあったっけ?」
「あるよ」
私は、収納魔法で満月草を取り出して、美咲に渡した。
「葉っぱが丸いから、入れとこ。あと、夜咲花の根っこある?」
「ある」
「沈静化には、これかな」
「そういうもの?」
「え、たぶん? 静かに、夜咲く花だから……」
「この前は、もつれな草を入れてなかったっけ? 体調のもつれを戻すとか何とか」
「あれ、そうだっけ。でも、今回は入れないほうがいいかな」
「なんで」
「狸の肉だから、かなあ」
って、美咲は言ってた。
菜の花が目を丸くする。
「狸の肉だからって、どういうことなの……?」
「さあ?」
ノナが笑う。
「実は、浄化の力で、回復薬の効き目を調整してた、とか?」
「いや、そういうのはやってなかったね。美咲は教えてくれるだけなんだ」
「そうなんだ」
「うん。どうやら、美咲が倒れたときのことを考えてたみたいだった」
「ああ、なるほど」
「そうなると、私なんだ。薬草は私が保管してるし、戦わないから生き残る可能性も高い」
「母さんに調合を教えるために、あえて自分の魔法は使わなかったってこと?」
「うん。私たちの回復薬は、運ぶしか能がない私が作った、なんちゃって回復薬だった」
「そうだったんだ」
「でも、美咲の言った組み合わせで調合すると、不思議とよく効いた」
「だから、感覚の人?」
「そう。すごいだろう?」
「うん」
「でも、旅が始まったばかりのころは、美咲も頼りなかったよ」
「え、どんな感じ?」
「春に旅が始まってから、まだ一週間だったかな」
ノナは、少しだけ間を置いた。
——私たちは、小さな村にいた。山あいの、本当に小さな村だった。
その村に、病気の子どもがいたんだ。瘴気が広まって、病気の子どもが増えていた。熱が何日も下がらなくて、村の薬師にも治せなかった。
村人たちは、藁にもすがる思いで、美咲を頼った。聖女様、助けてくださいって。
美咲は、もちろん引き受けたよ。「私にできることなら」ってね。
でもね、美咲は、まだ力の制御がうまくできなかったんだよ。
浄化の力はあるんだけど、手探り状態だった。旅に出てまだ一週間だったからね。
菜の花は、うなずいた。自分も今日、聖女の力に目覚めたばかりだ。
確かに、力の加減なんて分からない。
——子どものベッドの前に立った美咲は、すごく緊張していた。
顔が真っ青でね。手も震えていた。
病気の子どもを治せるかどうか。失敗したら、どうなるか分からない。
ああ、今夜はダメだな。私は思った。
浄化の力は、扱いが難しいらしいんだ。
……私には、どうにも分からないが、
「力を抜いて。でも全身に巡らせて。集中しすぎるな、ぼーっとするな。そうすると出る」
ってことだったよ。
菜の花は、苦い顔をした。
「ぜんぜん分かんない」
「美咲は、そういうのを感覚でやるからね。言葉で説明してもらっても分からないんだよ」
ノナは話を続けた。
——子どものベッドの前に立った美咲は、すごく緊張していた。
美咲は、その女の子に話しかけた。緊張をほぐすためだったと思う。
「おねつ、苦しいね」
「はあ、はあ、うん」
「おはな、好き?」
「うん」
「じゃあ、お花を咲かせるね。そのお花を見てるとね、元気になるからね」
美咲が最初に覚えた魔法は、花を咲かせる魔法だったんだ。
浄化の力を一度、成長の力に変換して、植物を育てるんだって。それなりに難しいらしいけど、一番リラックスして使える魔法が、この魔法だった。
美咲は、聖女の杖を女の子のベッドの上にかざした。
「それでは、お花を咲かせますね」
目を閉じて、力を抜き、集中して、それでいて、集中せず、力を入れる。
——その時、お花じゃなくて、おならが出た。しかも、結構大きめの音で。
部屋中が、シーンとしてたね。そりゃそうだ。
村人たちも、美咲も、固まってた。美咲は、耳まで真っ赤になってた。
「あ、あの、今のは、その……」
って、しどろもどろで。
でもね。
「あははははは、おならぷー」
「ええ?」
「はあ、はあ、あはははは、せーじょさまの、おならぷー。あははははは」
子どもが少し元気になったんだ。
赤い顔をして、はあはあと息をしながら、それでも楽しそうに笑ってた。
「おおお、聖女様が、子どもを笑わせなさったぞ!」
「そ、そうか、まずは、笑いで子どもを元気にするという作戦か!」
「え? え、ええと、そう、そういう作戦なのです!」
美咲は、慌てて、そういうことにしてたね。
あははは、ずるいだろう?
「さすが聖女様だ!」
「さすがだ!」
「はい、聖女です!」
なんだかよく分からない宣言をして、美咲は祈った。
「それではお花を咲かせます!」
美咲から金色の光があふれた。庭に黄色い一輪の花が咲いた。続いて、もう一輪。もう一輪。花は次々に広がって、庭を埋め尽くした。
「わあ」
女の子が微笑んだ。
「はい、それでは、病気治癒!」
美咲が聖女の杖をかざすと、金色の光が子どもに降り注いだ。
光が消えると、子どもの赤い頬が、普通の色にもどっていった。
美咲が、子どものおでこに手をあてた。
「うん、平熱」
何事もなかったように、美咲は笑顔で振り返った。
それを見て、部屋中が笑いに包まれた。
村人たちも、アルヴィンも、スオヤラも。みんな、お腹を抱えて笑った。
「え? ええ?」
そのうち、美咲も笑い出した。
その翌日、不思議なことに、大人も子どもも元気になってたんだ。
熱が下がって、顔色も良くなってた。すごいだろ?
村を出るとき、美咲は言った。
「ノナ、絶対秘密にしてね! 誰にも言わないでね!」
「分かった分かった」
隣にいたアルヴィンが、優しく微笑んで言ったんだ。
「病気が治ったことだけ、覚えてるよ、きっと」
「うーん、そうだといいけど」
「完璧な聖女じゃなくていい」
アルヴィンはそういう人だった。美咲のありのままを受け入れてた。
ノナが語り終える。菜の花は、黙って聞いていた。
「二人は惹かれ合っていたんだと思う」
菜の花は、胸が温かくなるのを感じた。
菜の花の頭に、ふとリオンが思い浮かぶ。私は……よく分からない。
暖炉で薪がはぜた。
「ところで、母さん」
「なんだい?」
「この話、私にしていいの?」
「ん?」
「秘密にしてって言われたんでしょ?」
「あ」
ノナは、少しだけ困ったような顔をした。
「……まあ、いいだろ」
「ははは」
二人は、笑った。
「美咲も、きっと『まいっか』って言うよ」
「素敵な人だね」
「うん」
ノナの目に、優しい光が宿っていた。
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本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。
3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。




