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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
21/57

美咲

「美咲はさ、感覚の人なんだ」

 ノナは、言った。


「感覚?」

「そう、感覚。そうだね、例えば……調合かな」

「調合?」

「美咲は、私に薬の調合を教えてくれたんだ」

「ああ、だから、今、母さんは薬師をやってるんだね」

「そう。だから、美咲との旅は、私が薬師になる旅でもあった」

「へえ」

 これまで聞いたことのない話に、菜の花は身を乗り出す。


「どんなことを教わったの?」

「体に良いものを混ぜれば、いい感じの薬になる」

「ええ……」

「いやー、よく分かんなかったね。何を言ってるのか」

「私にも分からない……けど、納得した」

「ん?」

「母さんのめちゃくちゃな調合は、美咲さんが教えたものなんだね」

「それは違う」

 ノナは、菜の花に向き合った。


「美咲は、本当にめちゃくちゃだ」

「ふーん」

「私のは、経験に裏付けされている」

「そうなんだ」

「だから、めちゃくちゃに見えるだけだ」

「何が違うの?」

「全然違うんだ」

 菜の花は笑った。ノナも笑った。

 ノナは息を整えてから、旅の頃を思い出すように語り始めた。



 ——旅の途中、皆で道を歩いてるだろ?

 美咲は、きょろきょろ、草とか花を見ながら歩いてた。

 そうして、美咲が薬草……というか、そこらへんに生えてる草を指さして、「ノナ、これ収納お願い」って言うんだ。


 で、誰かの体調が悪くなると、それを使って回復薬を調合するんだよ。

 私は、それを教えてもらってた。


「ええ、またアルヴィンがお腹壊したの?」

「ああ、のたうち回ってる」

「ええ……どうせ、悪いもの食べたんでしょ」

「腐った狸の肉を食べてた。スオヤラと。肉は熟成させたほうがうまいとか言ってた」

 やめればいいのに。本当そう思ったね。

「スオヤラは?」

「あいつは大丈夫だ」

「なんでだろ……」


「ノナ、満月草って収納してあったっけ?」

「あるよ」

 私は、収納魔法で満月草を取り出して、美咲に渡した。

「葉っぱが丸いから、入れとこ。あと、夜咲花の根っこある?」

「ある」

「沈静化には、これかな」

「そういうもの?」

「え、たぶん? 静かに、夜咲く花だから……」

「この前は、もつれな草を入れてなかったっけ? 体調のもつれを戻すとか何とか」

「あれ、そうだっけ。でも、今回は入れないほうがいいかな」

「なんで」

「狸の肉だから、かなあ」

 って、美咲は言ってた。



 菜の花が目を丸くする。

「狸の肉だからって、どういうことなの……?」

「さあ?」

 ノナが笑う。


「実は、浄化の力で、回復薬の効き目を調整してた、とか?」

「いや、そういうのはやってなかったね。美咲は教えてくれるだけなんだ」

「そうなんだ」

「うん。どうやら、美咲が倒れたときのことを考えてたみたいだった」

「ああ、なるほど」

「そうなると、私なんだ。薬草は私が保管してるし、戦わないから生き残る可能性も高い」


「母さんに調合を教えるために、あえて自分の魔法は使わなかったってこと?」

「うん。私たちの回復薬は、運ぶしか能がない私が作った、なんちゃって回復薬だった」

「そうだったんだ」

「でも、美咲の言った組み合わせで調合すると、不思議とよく効いた」

「だから、感覚の人?」

「そう。すごいだろう?」

「うん」


「でも、旅が始まったばかりのころは、美咲も頼りなかったよ」

「え、どんな感じ?」

「春に旅が始まってから、まだ一週間だったかな」

 ノナは、少しだけ間を置いた。



 ——私たちは、小さな村にいた。山あいの、本当に小さな村だった。

 その村に、病気の子どもがいたんだ。瘴気が広まって、病気の子どもが増えていた。熱が何日も下がらなくて、村の薬師にも治せなかった。


 村人たちは、藁にもすがる思いで、美咲を頼った。聖女様、助けてくださいって。

 美咲は、もちろん引き受けたよ。「私にできることなら」ってね。


 でもね、美咲は、まだ力の制御がうまくできなかったんだよ。

 浄化の力はあるんだけど、手探り状態だった。旅に出てまだ一週間だったからね。



 菜の花は、うなずいた。自分も今日、聖女の力に目覚めたばかりだ。

 確かに、力の加減なんて分からない。


 ——子どものベッドの前に立った美咲は、すごく緊張していた。

 顔が真っ青でね。手も震えていた。

 病気の子どもを治せるかどうか。失敗したら、どうなるか分からない。

 ああ、今夜はダメだな。私は思った。


 浄化の力は、扱いが難しいらしいんだ。


 ……私には、どうにも分からないが、

「力を抜いて。でも全身に巡らせて。集中しすぎるな、ぼーっとするな。そうすると出る」

 ってことだったよ。



 菜の花は、苦い顔をした。

「ぜんぜん分かんない」

「美咲は、そういうのを感覚でやるからね。言葉で説明してもらっても分からないんだよ」


 ノナは話を続けた。



 ——子どものベッドの前に立った美咲は、すごく緊張していた。

 美咲は、その女の子に話しかけた。緊張をほぐすためだったと思う。

「おねつ、苦しいね」

「はあ、はあ、うん」

「おはな、好き?」

「うん」

「じゃあ、お花を咲かせるね。そのお花を見てるとね、元気になるからね」


 美咲が最初に覚えた魔法は、花を咲かせる魔法だったんだ。

 浄化の力を一度、成長の力に変換して、植物を育てるんだって。それなりに難しいらしいけど、一番リラックスして使える魔法が、この魔法だった。


 美咲は、聖女の杖を女の子のベッドの上にかざした。

「それでは、お花を咲かせますね」

 目を閉じて、力を抜き、集中して、それでいて、集中せず、力を入れる。


 ——その時、お花じゃなくて、おならが出た。しかも、結構大きめの音で。


 部屋中が、シーンとしてたね。そりゃそうだ。

 村人たちも、美咲も、固まってた。美咲は、耳まで真っ赤になってた。

「あ、あの、今のは、その……」

 って、しどろもどろで。

 でもね。


「あははははは、おならぷー」

「ええ?」

「はあ、はあ、あはははは、せーじょさまの、おならぷー。あははははは」


 子どもが少し元気になったんだ。

 赤い顔をして、はあはあと息をしながら、それでも楽しそうに笑ってた。


「おおお、聖女様が、子どもを笑わせなさったぞ!」

「そ、そうか、まずは、笑いで子どもを元気にするという作戦か!」

「え? え、ええと、そう、そういう作戦なのです!」


 美咲は、慌てて、そういうことにしてたね。

 あははは、ずるいだろう?


「さすが聖女様だ!」

「さすがだ!」

「はい、聖女です!」


 なんだかよく分からない宣言をして、美咲は祈った。


「それではお花を咲かせます!」


 美咲から金色の光があふれた。庭に黄色い一輪の花が咲いた。続いて、もう一輪。もう一輪。花は次々に広がって、庭を埋め尽くした。


「わあ」

 女の子が微笑んだ。


「はい、それでは、病気治癒!」


 美咲が聖女の杖をかざすと、金色の光が子どもに降り注いだ。

 光が消えると、子どもの赤い頬が、普通の色にもどっていった。


 美咲が、子どものおでこに手をあてた。

「うん、平熱」

 何事もなかったように、美咲は笑顔で振り返った。


 それを見て、部屋中が笑いに包まれた。

 村人たちも、アルヴィンも、スオヤラも。みんな、お腹を抱えて笑った。

「え? ええ?」

 そのうち、美咲も笑い出した。


 その翌日、不思議なことに、大人も子どもも元気になってたんだ。

 熱が下がって、顔色も良くなってた。すごいだろ?


 村を出るとき、美咲は言った。

「ノナ、絶対秘密にしてね! 誰にも言わないでね!」

「分かった分かった」


 隣にいたアルヴィンが、優しく微笑んで言ったんだ。

「病気が治ったことだけ、覚えてるよ、きっと」

「うーん、そうだといいけど」

「完璧な聖女じゃなくていい」

 アルヴィンはそういう人だった。美咲のありのままを受け入れてた。



 ノナが語り終える。菜の花は、黙って聞いていた。

「二人は惹かれ合っていたんだと思う」

 菜の花は、胸が温かくなるのを感じた。

 菜の花の頭に、ふとリオンが思い浮かぶ。私は……よく分からない。


 暖炉で薪がはぜた。


「ところで、母さん」

「なんだい?」

「この話、私にしていいの?」

「ん?」

「秘密にしてって言われたんでしょ?」

「あ」


 ノナは、少しだけ困ったような顔をした。


「……まあ、いいだろ」

「ははは」

 二人は、笑った。


「美咲も、きっと『まいっか』って言うよ」

「素敵な人だね」

「うん」


 ノナの目に、優しい光が宿っていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/27(金)まで随時に更新予定です。※更新スケジュールを変更しました。

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