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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
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美しく咲く花

「シオナ様、少しノアさんと話してよいでしょうか」

 リオンは、金ぴかの菜の花を見ながら、シオナに許可を求める。

「ええ、どうぞ」


「あの、ノア、さん」

「ノアでいいよ」

「じゃあ、俺のこともリオンで」

「うん」

「結界の力を受けたとき、俺にも光が降ってきた」

「うん、見てたよ」


「壁が四枚、均等に並んで、箱みたいに。あの構造がすごくきれいだった」

 リオンの口調が、少し変わった。さっきまでの短い受け答えとは違う。


「それで、思ったんだ。『ああ、これは剣になる』って」

 リオンは、少し言葉を探すように間を置いた。こういう話に慣れていないのだろう。


「そう思ったら、光が剣に変わって、手の中に収まった」

「ほへえ」

 菜の花は、自分の金色に光る手を見た。


「俺は、騎士見習いとしてずっと修練してきたんだ」

「うん、知ってる」

「そうか」

「訓練場で見てた」

「見習いは、弓や槍、斧や鈍器も一通り習う。でも、やっぱり剣が一番しっくり来る」

「ふむ」

「そういうものがノアにあるのなら、ノアの光はそれに変わるんじゃないか?」


 リオンが、まっすぐ菜の花を見た。

 真剣に考えてくれている。菜の花はそう感じた。


「それなら……」

 菜の花は、本を思い浮かべた——私の光よ、本に変われ。

 何も起きなかった。


「……あれえ? じゃあ」

 ノアは、羽根ペンを思い浮かべる。

「……だめっぽい」


「何を思い浮かべたの?」

 シオナが尋ねる。

「本と羽根ペンです。私、日本語が好きだから」

「方向性は間違っていないと思います」

「そうですか……」

「ノアにとって、もっと大切なものがあるのでしょうね」

「うーん、何だろう」


 菜の花は、ふと気づく。

「あの、シオナ様」

「なあに?」

「光の消し方、知ってましたね?」

「うふふ」

 絶対知ってた。菜の花は思った。

「今は、浄化の力があふれている状態です。それを、形あるものに変えることで、菜の花のピカピカは止まりますよ」


「シオナ様、それはともかく」

「それはともかく⁉」

「俺たちは、これから何をすべきなのでしょうか」


「『封魔の森』に行って、封印を強化してほしいと考えています」

 シオナは、菜の花とリオンの目を、交互に見つめる。


「分かりました」

 リオンはうなずいた。すごいな。菜の花は、そう感じた。


「いつ、行くことになりますか」

 リオンが尋ねた。

「すぐにではありません」

 シオナは、首を振った。


「まず、力の制御を学ばなければなりません。戦い方も」

「どのくらいかかりますか」

「本当は一年。でも、瘴気の状況を考えると、あまり時間がありません」

 リオンはうなずいた。

 瘴気によって強く凶悪になった魔物と、守護騎士団は戦っている。

 リオンは、それを間近で見ている。


「準備ができ次第、出発してほしいと考えています。早ければ夏には」


「旅は、どれくらいかかりますか?」

 菜の花は尋ねた。

「旅は往復で二年」

「もっと長いものだと思っていました」

 小さいころ、ノナが話してくれた勇者と聖女の話では、何年もかけて旅をしていた。


「彼らは、寄り道が好きだったのよねえ」

「寄り道?」


「人助けだから、寄り道というわけでもないのだけれど……。魔物に困っている町があれば倒し、土が汚染されていれば浄化する。結局、行きだけで三年かかった」

「なるほど」

「効率的に移動すれば、一年程度で『封魔の森』までたどり着けるでしょう」


 シオナは、お茶を見つめた。それから菜の花とリオンを見る。


「俺は、行きます」

 迷うことなく、リオンは答えた。


「俺の家族は、魔物に殺されました。俺の力で、俺と同じような人を減らすことができるなら、一刻も早く、『封魔の森』に向かいます」

「そう。ありがとう」

 シオナは、静かにうなずいた。


「あの、私は、ええと、あの」

 菜の花は、言葉が出てこなかった。


「ノア」

「はい」

「あなたは、ノナとしっかり話をなさい」

「……分かりました」


 シオナは、しばらく黙っていた。何かを考えているような、何かを思い出しているような。やがて、菜の花を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「これは、聖域の住民には知らせていないのだけれど。先代の聖女は、異世界の日本からこちらの世界にやってきた者でした」

 初めて聞いた。


「名は、ミサキといいます」

 ——ミサキ。その名に、胸の奥がざわついた。


「知りませんでした」

「公開していませんから。静かに、安らかに眠れるようにね」

 シオナが目を伏せる。


「ミサキは、最初は、何も知らなかった。この世界の言葉も文化も何も」

「そう……ですよね」

「けれど、強い浄化の力に目覚めた」


 シオナは、遠い目をした。まるで、十五年前を見ているような。


「つらいこともあったと思います。でも、いつも笑顔でした」

「素敵な方だったんですね」

「ええ。見ているこっちが、幸せな気持ちになるような、そんな笑顔でした」


 菜の花は、お茶を見つめる。

 ここに、何かある。そんな気がする。


「あの、『ミサキ』という名は……どういう意味か分かりますか」

 シオナは、しばらく黙った。天井を見て思い出している。


「ええと、確か……『美しく咲く』という意味だと、そう言っていましたね」

「美しく咲く」


 弾かれたように、菜の花は顔を上げた。

 自分の鼓動の音が聞こえる。のどが、渇く。手が震える。


 ——菜の花は、美しく咲く花の子


 ノナが、菜の花の小さい頃から、言い聞かせてきた言葉。

 それが、聖女の名前とつながった。


 何がつながっていて、何がつながっていないのだろう。分からない。

 何か聞かなきゃ。何を聞けばいいんだろう。


「シオナ様。えっと、シオナ様は……その……ええと、あの」

 何を聞きたいのか、自分でも分からなかった。ただ、焦りがつのる。

 シオナは、菜の花をじっと見つめた。


「今日はここまでにしましょう。続きは、また明日」

「……はい」

「ノナと、よく話してきなさい。それから、また私のところに来なさい」

「分かりました」

 リオンと菜の花は、シオナの部屋を出た。


 部屋を出ると、日はすでに傾いていた。西の空が、橙色に染まり始めている。

 ステンドグラスを通した光が、石の廊下に長い影を作っていた。


「ノア」

 リオンが、声をかけてきた。

「俺は、行くって言ったけど、ノアにはノアの考え方があると思う」

「……うん。ありがとう」

 菜の花は力なく微笑んだ。


 二人は、聖堂を出た。外の空気は、少し冷たかった。


「じゃあ、また明日」

 リオンが言った。

「うん。また明日」


 リオンは、騎士団の宿舎へと向かっていった。足音が、石畳に響いて、やがて消えた。

 背が高い。夕日を背にしたその姿は、もう見習いには見えなかった。


 一人になると、さっきの話が頭の中でぐるぐると回り始めた。

 聖女。浄化の力。金ぴか。封魔の森。美しく咲く。

 ぐるぐる、ぐるぐる。


「ノア」

 リーネとミラが、迎えに来てくれた。


「あ……」

 菜の花の視界がぼやける。


 気づいたら、泣いていた。

 リーネが何も言わずに肩を抱いた。ミラが、小さな手で菜の花の手を握った。


 帰り道は、三人で帰った。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。

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