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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
15/51

菜の花

「次、菜の花」


 名前を呼ばれた。通称のノアではなく、聖堂に登録されている『菜の花』のほうだ。

 発音しにくいので、「ノァヌァノ」に聞こえる。


「ひゃいっ!」


(お、噛んだ)

(今日は飛ばしているな)

(これは期待ができる)

「ぐぬぬ」

 失礼なことを考えている人がいる気がしたが、気にしないことにした。


 深呼吸をする。香の匂いを感じる。凛とした空気だ。


 それから、祭壇に向かって歩き出した。束ねた金色の髪が、背中で揺れる。

 自分の足音が、石の床に響く。心臓の音が、耳の奥で鳴っている。


 祭壇の前に立つ。シオナは、菜の花を見る。

「あなたは……」

 シオナが、何かを言いかけて止まった。ほんの一呼吸の間があった。


「祭壇の中央に」

 菜の花は、言われた通りに祭壇の中央に立った。


 シオナが、手をかざす。小さな声で、シオナが唱える。

「この者に与えられた力をお示しください」


 ——なるほど、こう言っていたのか。ぼんやりと、菜の花は考える。


 その時、光が菜の花を包んだ。

 金色の粒が降ってくる。まぶしい。目を閉じても、まぶたの裏が金色だった。


 金色の光は、菜の花のまわりをくるくると舞い、やがて、輪の形になった。

 そして聖堂全体に広がっていく。


「なっ……!」

 会場から、驚きの声が上がった。


 若者たちはその光に包まれた。体が軽くなり、心が温かくなる。

 金色の光は、菜の花に再び集まる。見ていられないほど光がまぶしくなった、その時。


 ——すとん。菜の花の胸の奥で、何かがはまった。


「これは……」

 シオナの声が、震えている。


「浄化の力です」

 シオナが、静かに告げた。


「聖女が、再び、現れました」

 会場が、どよめいた。


 ああ、聖女か。そうか、だから。だから母さんは。

 菜の花は、自分の手を見る。金色に輝いている。


「……うえ?」


 自分の体を見まわす。腕も、足も、金色に光っている。たぶん、顔も。

 ……全身、金ぴかだ。ちょっとおめでたい感じになってしまっている。


「ふぬぬ」


「ノアが、金ぴかだな」

「ああ、なんと言うか……めでたいな」

「新年のお飾りみたいだ」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」

 奇遇だね。私もだよ。菜の花は、心の中で同意した。


「おかしいな、歴史的瞬間のはずが……」

「なぜ、面白くなったんだろう」

「ノアは、そういう星の下に生まれたのかもしれないな」

 どういう星だ。


 誰かが拍手をした。それが引き金となり、聖堂全体が拍手に包まれる。

 菜の花は、ただ呆然と立っていた。自分が、聖女。


「祝福を。あなたの人生に幸多からんことを」

 シオナが、祝福の言葉を贈った。

「成人の儀が終わったら、私のところに来なさい」

 小さい声で、一言加えた。


「あの、シオナ様」

「何ですか?」

「この金ぴか、どうすれば消えるんですか」

「うふふ」

「えええ」


 菜の花は、祭壇を降りた。頭がぼーっとする。

 リーネとミラが、神妙な顔で待っている。


「ノア、それ、どうやって止めるの?」

「分かんない……」

 光は、まったく消える気配がない。

「ずっとこのまま……ってこと?」

「うそ⁉︎」

「……まあ、ピカピカの体も、役に立つこともあるさ」

 リーネが言った。

「ほら、暗い夜道とかね」

 ミラも励ます。

「嬉しくない」


 菜の花は、自分の体を眺める。

 金色の光が、菜の花の体からあふれ出ている。


 いや。菜の花は考える。これはこれで、人を喜ばせることができるかもしれない。

 それが私の『なすべきこと』かもしれない。


「リーネ、ミラ」

「うん?」

「私、サーカス団員になるよ」

「急にどうした⁉」


「シオナ様も『できること』が役に立つなら使えばいいって言ってたし」


 ミラは、シオナをちらりと見た。

(あなたの余計な一言で、聖女の卵がサーカスに入団しようとしています)


「母さんも、『今日、何が起きても、菜の花が感じたとおりにしなさい』って……」


 ミラの頭の中に、「ノア・大サーカス団」と書かれたきらびやかな看板が浮かぶ。その下で、菜の花が綱渡りをしている。金色の髪が揺れ、光が降り注いでいる。

「パンパカパーン」

 ファンファーレが聞こえた。ミラは頭を振って打ち消す。


「……菜の花は、宙返りとか綱渡りとか、できるの?」

 ミラが尋ねる。

「たぶん、できない」

 菜の花は、運動が苦手だ。

「じゃあ、やりたい? 宙返りとか綱渡りとか」

「それが『なすべきこと』……なら?」

「高いところ、怖いよ?」

「うん」


「ノア、もう少し考えたほうがいいんじゃないか?」

 リーネが慎重に助言する。

「ね、ゆっくり考えよう?」

 静かにミラは言った。


「リーネとミラが言うなら、そうしようかな」

 菜の花は、息をついた。どうしてこうなってしまったのだろう。


 その横で、リーネとミラもまた、大きく息をついていた。

(今、私たち、世界を救った気がする)


「ノア」

 ミラが菜の花を見る。

「なに?」

「私は、ノアが金ぴかのままでも、友だちだよ」

「うん、そうだな」

 リーネも同意する。その声は、優しい。


 ミラは思う。本当は、こう言いたかった。

 ——「私は、ノアが聖女になっても友だちだよ」って。


「……ありがとう。ミラ、リーネ」


 ミラは、天井を見上げる。聖堂を舞う埃も、金色に輝いていた。

「きれい」

「ああ、きれいだな」

 リーネも見上げる。


「それ、埃だよ」

 菜の花が、ぶつくさ言う。


 菜の花が金ぴかのまま、成人の儀は進んだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。

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