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母の名、子の名、そして菜の花  作者: 劇団だるい
第二章 成人の儀
14/57

聖堂

 フィルネの聖堂は、厳かな空気に包まれていた。


 聖堂の扉の前には、成人の儀を受ける若者たちが集まっていた。若者たちは硬い顔で立っている。見届けに来た家族も、心なしか緊張しているようだ。


 ノナは来ていない。「家で待ってる」と言った。


「菜の花!」

 リーネとミラが手を振っていた。駆け寄ると、ミラが菜の花の顔をのぞき込む。

「緊張してる?」

 ミラが、にこにこしながら聞いてくる。

「うん」

 菜の花は、正直に答えた。

「私も」

 リーネが、胸に手を当てる。

「心臓がバクバクする」

「リーネでも緊張するんだ」

「当たり前だよ。一生に一度の儀式だよ?」

 リーネの手が、スカートの裾をぎゅっと握っていた。


 三人は、聖堂の入口で、列に並んで立った。

 周りには、同い年の参加者がたくさんいる。知っている顔もあれば、知らない顔もある。みんな、同じように落ち着かない様子だった。


「どんな力に目覚めるのかな?」

 ミラが、小声で聞いてくる。

「私はやっぱり、巫女様になりたいなあ」

「狭き門だよ?」

「分かってるけど、夢は大きく」

 ミラは、聖堂を見上げる。


「リーネは?」

「私も変わらない。火の魔法がいい」

 リーネは、きっぱりと言った。

「山賊をドカーンってやっつけたい。商人の娘だから」


「菜の花は?」

 二人の視線が、菜の花に集まる。

「私は……うーん」

 菜の花は、少し考えた。

 よく分からない。本当のことを言えば、日本語を研究したい。それだけだ。


 ただ、今朝ノナが言った言葉が、ずっと頭に残っている。

「何が起きても、菜の花が感じたとおりにしなさい」


 それが、何を意味するのか。

 今夜、分かるはずだ。


「まあ、すごい力に目覚めなくても、普通に暮らせるしね」

 菜の花は、曖昧に答えた。

「パン屋さんでも、薬師でも」

「菜の花らしいね」

 リーネが、笑った。


 やがて、聖堂の扉がゆっくりと開いた。中から、凛とした空気が流れ出してくる。


「入りなさい」

 扉の向こうに立つ神官が、若者たちを手招きした。

 若者たちは、一列になって中に入る。


「わあ」


 太い柱と長椅子が整然と並び、天井は高い。

 ステンドグラスの光が、床に紅や瑠璃の帯を落としている。その中で埃が輝いている。

「……きれい」

 菜の花は思わずつぶやく。


「きれいだね」

 ミラが上を見ている。

「……埃だけどね」

 リーネが小声で言う。ミラは否定せず、まだ天井を見ている。

「でもさ」

 リーネが続けた。

「いつか成人の儀を思い出すときにさ、『埃がきれいだった』って言いそう」

「なにそれ」


 ——でも、そうかもしれない。菜の花は、光の中の埃をもう一度見上げた。


 最奥の祭壇には、聖職者が立っていた。シオナ。この聖域を取り仕切っている。

 白い法衣をまとった女性。四十後半から五十くらいだろうか。白い髪を後ろでまとめ、背筋がまっすぐ伸びている。


「ようこそ、若者たち」

 シオナの声が、聖堂に響く。低く、落ち着いた声だ。それでいて、隅々まで届く。


「今日、あなた方は成人となり、自分の力が何か知ることになります」

 若者たちは、緊張した面持ちで聞いている。


 シオナは、若者たちを見渡した。


「今日は、各地の聖堂でも成人の儀が行われています。成人の儀でこんなことを言うのは、私くらいなのですが」

 そう前置きをして、シオナは続けた。


「私は、力は、『目覚める』ものではなく、『与えられた』ものだと感じています」

 菜の花は、シオナをじっと見つめる。


「ただ、その力は、『できること』でしかありません。あなた方が『やりたいこと』や『なすべきこと』とは別です」


 シオナは若者たちを見渡した。


「力が役に立つなら使えばいい。役立たないなら、新しい力を身につければいい。今日決まるのは、その程度のことです」


 意外なほど柔らかく、シオナは笑った。

「気楽になさい」


 儀式が、始まった。

「一人ずつ、祭壇に進みなさい」

 最初の若者が歩き出す。足音が、石の床に響く。

 若者が祭壇の前に立つと、シオナが手をかざす。祝福の言葉を唱える。


 淡い金色の光が、若者を包む。

 数秒間、若者の体が輝いて、すっと引いた。


「何の力でしたか」

 シオナが尋ねた。


「はい、『洞察』の力でした」

「良い力です。役立てなさい」

「はい、そうしたいのですが……」

 若者は、残念そうな顔をする。


「その力を使うと、その人の誕生日が分かる、というものでした」

「ふふふ、素晴らしい力ですね。きっと、あなたを助けますよ」

「そうでしょうか」

「はい。相手のことを知ろうとする。それが、この力の本質のように感じます」

「……分かりました」

「祝福を。あなたの人生に幸多からんことを」


 それから何人もが祭壇へ進み、光に包まれて戻ってきた。

 シオナは、一人ひとりに祝福の言葉をかけ、背中を押した。


「次、リーネ」

 やがて、リーネの名前が呼ばれた。

「行ってくる」

 リーネは、菜の花とミラに小さく手を振って、祭壇に向かった。

 背筋を伸ばして、堂々と歩く。さすがリーネだ、と菜の花は思った。緊張しているはずなのに、それを見せない。


 リーネが祭壇の前に立つ。

 シオナが手をかざすと、光がリーネを包む。

 その瞬間——リーネの手に、小さな火が灯った。

「おお」

 会場が、どよめいた。リーネの手のひらの上で、橙色の炎がゆらめいている。

 小さいけれど、それは火だった。

「火の力ですね」

 シオナが、微笑んだ。

 リーネは、驚いた顔で自分の手を見つめている。それから、ぎゅっと拳を握った。

「大きな力です。気をつけて使いなさい。……祝福を」


 リーネは、呆然としながら礼をして、下がった。

 菜の花たちのところに戻ってくると、リーネの手が震えていた。

「火、出た……」

「すごい、リーネ!」

 ミラが、小声で興奮している。

「やったじゃん!」

「うん……」

 リーネは、まだ信じられないという顔をしている。


「次、ミラ」

「行ってくる!」

 ミラは、意気揚々と祭壇に向かった。

 シオナが、手をかざす。


 光がミラを包むと、いくつもの水滴が浮かんだ。

 水滴は一か所に集まり、凍った。そこには、小さな盾が浮かんでいた。


「水の力です。守りに特化したものでしょう」

 シオナが言った。


「……あれえ?」

「別の力が良かったですか?」

「はい、祈りの力をいただきたかった……です」

「巫女になろうとしていたのですね。ありがとう」

「はい……」

「ミラの力は、素晴らしいものですよ」

「それは、あの、そうなのかもしれませんが……その」

「うふふ、巫女の衣装を着たかったの?」

「うっ……はい」

「たまにいるのです。そういう子が」

「すみません」

「貸してあげます。本物ですよ」

「そんな簡単に貸していいんですか?」

「かまいません。ただの服だもの」

 シオナは、いたずらっぽく笑った。


 シオナから、祝福の言葉をもらい、ミラは戻ってきた。

「巫女、なれなかった」

 ミラは、唇をきゅっと結んだ。

「ミラ……」


 菜の花は、どのように声をかけて良いか、分からなかった。

 リーネも、声をかけられないでいる。


「まいっか」

「ええ?」

「よく考えたら、私、巫女の衣装着てみたかっただけだ」

「えええ?」

「衣装は、貸してくれるって言ってたしね。なら、いいや」

「まあ、ミラがいいなら……」

「それに、水……の守り? 何かには役立つでしょ」

 ミラがからからと笑うと、リーネも笑った。


「リーネは火でしょ。たぶん、攻撃が得意だよ。私は水の守りだから、最強だよ」

「うん、最強だ」

「すごい」

 菜の花は、小さく拍手をした。リーネとミラ、二人ともすごい力に目覚めた。


 私は、何だろう。『探求』とか『発見』の力だったら、日本語研究者になれるだろうか。

 拍手をしながら、菜の花の手のひらだけが、冷たかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


本作は完結まで執筆済みで、全56話・約14.9万文字です。

3/29(日)まで毎日20時に更新予定です。

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