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カイルの「お前は有名だ」という言葉を聞いて。

なぜそんな理由があるのか考えてみたが。

身を慎んで、用心して生きてきただけの俺には。

自分が有名だなんて、まったく心当たりがなかった。


「俺が、なんで有名なんだ?」

「お前、ミノを殺しただろ? お前とあの獣人が言い合ってたの、みんな見てたって話だぜ?」

「……それは、まあ」


どうして知ってるんだ?

口をつぐんでいれば隠し通せる、という話でもなかったらしい。

何しろ、その辺りの覇者同然だった獣人が死に、ワンルームはあの有様だ。

噂にならない方が、よほど不自然だろう。


「やっぱり噂は本当だったんだな!じゃあお前が手を貸してくれれば、捕まった連中を助けるのなんて朝飯前じゃねえか。あのクソ野郎ども、全員終わりだな」


カイルは飛び上がらんばかりに喜んだ。

だが、そいつは間違っている。

あのワンルームでミノを殺した方法は、二度と使えるものじゃない。


俺も同じことができないかと考えて、イサベルに事情を話し、再び使えないのかと聞いてみた。

すると彼女は、こう答えた。


「どうやら、運よく境地の上昇が起きたみたいだね。満ちた器に水を注げば、溢れるだろう?」

「……ですよね」

「境地の上昇も、それと同じなんだ。手から出た霜や、凍りついた部屋は見ていないけど、君の系統の発現は、切迫した状況と重なって現れたはずだよ。覚醒した者の大多数は、系統の発現すらできない。今は使えなくても、あまり気にしなくていい」


俺の考えでは、覚醒すらしていなかった俺が系統まで発現したのは、ドラゴンハートの影響があったんじゃないかと思う。


「相手の戦力は?」

「さあ……? この辺じゃそれなりの規模だけど、中央から弾かれた連中だし、お前なら大丈夫じゃね?」


こいつも、よく分かってないみたいだな……。

俺も少し前まで、その近辺の住人だった。

ノスト・ファミリーの噂は聞いていたから、どんな連中かは分かる。


あの時と同じ力は使えないが。

ミノと互角にやり合った力と、回復力がある。

大きな心配はしていない。


「ところで、俺がここに住んでるって、どうやって知った?」

「仲介業者が言ってた。ユージンはここに住んでるって」

「……」


まったく、治安が良くても意味がない。

不動産の仲介業者が、平気で客の情報を流すんだからな。

売りさばいたから、それで終わりってことか。



都市の中心に属せず。

外縁に居場所を持つ人間の多くが、ろくな目に遭わないように。

群れてできた組織もまた、その例外ではない。


俺はカイルと一緒に、金を取りに行くという名目で。

ノスト・ファミリーのいる場所へ向かった。


「本当に、金を渡すつもりか?」

「いいや。金を持ってきたって見せて、連中がいるところまで入るだけだ」


外で無駄に消耗する必要はない。

敵の懐に入り、戦力を見てから判断しても遅くはない。


「着いたぞ。あそこだ」


角を曲がると、カイルが指さした先には。

古い中華料理店の看板がぶら下がった、三階建ての建物があった。


「仲間はどこだ?」

「俺が出てきた時は、地下にいた」

「そうか。じゃあ、事前に話した通りにやるぞ」

「分かった。任せてくれ」


ギィィ。


中華料理店に入ると、客らしき人影は一人もなく。

テーブルに座ってテレビを見たり、カード遊びをしている男たちばかりだった。


立ち込める煙草の煙に、思わず眉をひそめる。


「おい、あれ見ろよ。金を取りに行った奴じゃねえか?」

「だな。逃げると思ってたけどな」

「俺の勝ちだ。今日の酒代はお前な」

「ちっ、クソ。ついてねえ……おい! こっち来い」


頭をガシガシ掻きながら手招きする猫の獣人。

俺は緊張で体の固まったカイルの背中を、軽く押した。


「いつも通りやれ。俺がいる。心配するな」

「ごくっ……」


俺はカイルと並んで、連中に近づいた。

だらしない格好で座るノストの連中。

その中で俺たちを呼んだ獣人の視線が、ちらりと俺に向き、すぐにカイルへ移る。


「で、どうだった?」

「金なら、持ってきた」


トン。


袋を開いて見せた。


「おっ、本物か? お前、戻ってこない方に賭けてたんだがな。見直したぜ。おい、それ受け取れ」

「はい」


袋を持って行こうとした男を、俺が止めた。


「何だ?」

「金を渡す前に、仲間が無事か確認したい」

「お前、誰だ?」

「こいつらの友達だ」


俺に集まる視線。

一言発しただけで、薄汚れた男たちの熱い視線を一身に浴びる。


「こいつ、イカれてんのか」


袋を奪おうとした男が手を出しかけた、その時。


「やめろ」


猫の獣人が手を上げて制止した。


「す、すみません、兄貴」

「俺たちゃチンピラじゃねえ。取引したなら、信用は守るもんだろ?」

「その通りです!」

「おい、お前。今すぐ下に行って、連中を連れてこい」

「はい!」


タタタッ。


「これでいいか?」


漂ってくる気配を見る限り、俺と同格か、それ以下。

やり合って負ける気はしない。

俺があいつなら、敵になるかもしれない相手を前にして、あんな無防備な真似はしないが……

よほどの自信があるのか。


それとも、相手の力量すら感じ取れないほど、どうしようもないのか。

答えを求める気もないのか、そいつはすぐに体を向け直し、テーブルのグラスをあおった。


カチャリ。


しばらくして、地下へ行った男が二人を連れて戻ってきた。


「カイル! ユージン!」


捕まっている間に可愛がられたのか、

顔を肉まんみたいに腫らして、こちらへ駆け寄ってくる。


「顔、見違えたな」

「まあ、色々あってな。お前、どうしてここに?」


もともと冴えない顔が、さらに歪んで、言葉まで舌足らずになっている。


くすっ。


「カイルに頼まれてな」

「ありがとう……この恩は必ず――」

「友達同士で、恩も何もないだろ」


再会の空気を遮ったのは、猫の獣人だった。


「手足が無事なら、それでいいだろ?」

「……ああ。受け取れ」


持っていた袋を、彼に渡した。

最初は血に手を染める覚悟で来たはずだったが、無傷の連中を見て、その気持ちは雪が溶けるように消えていた。


金は好きだが、すべて終わったあとで血を見る必要があるのかは分からない。

馬鹿どもが縄張りを侵したにもかかわらず、身体が無事なのを見る限り、手加減してやったのだろう。


「俺たちはこれで行く」

「次はない」

「行こう」

「う、うん」


無事に仕事を終え、皆で外へ出ようとしたその時、氷のように冷たい声が響いた。


「待て。下が騒がしいから降りてきたが……どこかで見た顔がいるな?」


声のした方を見ると、白っぽい毛並みの狼の獣人が、階段の手すりに肘をつき、顎を乗せたまま下を見下ろしていた。

顔には細長い傷があり、一度見たら忘れられない面構えだった。


「誰か知ってるか?」

「さあ……」

「初めて見るな」

「俺も知らない」

「おい、お前だ。お前」


人差し指で、俺を指す。


「俺?」

「そう、お前だ」


俺がどこでこの獣人を見たのか考えていると、彼は手すりを蹴って下へと飛び降りた。


シュッ――タッ。


体格に似合わず、驚くほど軽やかな着地。

彼が大股で近づきながら手振りをすると、それまで静観していたノスト・ファミリーの連中が、俺たちを囲むように動き出した。


ガチャリ。


外へ通じる扉が、施錠される。


何が起きているのか分からないが、状況が良くない方向に転がっていることは、雰囲気だけでも察せられた。


「ど、どうする……?」


空気を伝ってくる三人の恐怖に、俺は何も言わず、迫ってくる狼の獣人を見据えた。


彼は数歩もない距離で立ち止まり、俺を穴が空くほど睨みつける。


「俺はノスト・ファミリーの行動隊長、マルコだ。お前、ユージンだな?」

「どうして分かった?」

「ミノは俺の友人だった。どんな面をした奴か、写真でも見ようとゴブリンのところへ行ったんだ。人間に殺されたと聞いて、復讐しに来たが……なんてことだ。写真とそっくりな奴が、わざわざ来てくれるとはな。手間が省けた。ミノがあんなにあっさり死ぬはずがない。どんな汚い手を使ったのかは知らんが、今回は通じんぞ。やれ!」

「はい!」


マルコが下がった隙間を、別の者が埋めた。


「本当は見逃してやるつもりだったんだがな。兄貴分の友人に手を出すとは、いい度胸だ」


ザッ、ザッ。


猫の獣人が距離を詰めてくる。

このままでは、俺はともかく、何の力もない一般人の仲間たちは無事では済まないだろう。


こうなった以上、狙うのは頭だけだ。


俺は近づいてくる猫の獣人に向かって、一歩踏み出した。

その姿が面白かったのか、彼は唇をすぼめ、目尻に興味の色を浮かべた。


「兄貴!生意気な奴、ぶっ潰してください!」


距離が詰まり、あと数歩というところで、俺は地を蹴り、猫の獣人の腕を掴んだ。


「人間が獣人に力で敵うとでも――」


だが、その言葉は最後まで続かなかった。

円を描くように引き寄せ、そのまま高く持ち上げ、床へ叩きつける。


ドゴォン!


舞い上がる土煙。

重量級の獣人の身体と、俺の力がぶつかり合い、床がえぐれるほどの衝撃が、彼を襲った。


「ぐっ……」


死ななくても、気絶くらいはすると思ったが、どうやらすぐに意識を取り戻しそうだ。


「俺も、お前に悪感情はない」


俺はためらいなく、奴の口元へ拳を叩き込んだ。


バキッ!


陥没した顔。

拳を引き抜くと、歯がトウモロコシを脱穀するように零れ落ちる。


バラバラ。


「ぐあああっ!!」


だから言っただろ、さっさと気絶していればよかったものを。

うるさく叫ぶから、もう一発。


ドンッ。


力なく垂れ下がる男を見て、仲間たちが凍りつく。

彼が敗れたことが衝撃だったのか、室内がざわついた。


「ひっ……に、兄貴!」

「き、狂ってやがる……」

「気絶しただけだ。死んではいない。次はお前だ」


俺は狼の獣人、マルコを指名した。


「そうだ、お前だ。 男が寄ってたかってどうする。一対一でやろうぜ」


「フフ……マクンをああまでやられたとあっては、黙ってもいられん。いいだろう。望み通りだ。全員、下がれ」


「はい!」

「もう終わりだぞ。マルコ兄貴が出た以上、生きては帰れねえ。ひ、ひぃ……」


床に倒れたマクンを運びながら縁起でもないことを言うので、蹴る素振りを見せただけで、腰を抜かして尻餅をついた。


マルコが舞台を整える、ほんのわずかな隙に、三人が近づいてきて心配そうに声をかける。


「大丈夫か?」

「気をつけろ。あれを見る限り、普通の相手じゃないぞ」

「心配するな」

「おい、ユージンはミノも倒したんだ。あんな奴一人、問題ないだろ」

「話には聞いたが……念のためだ」

「始めよう」


マルコの一言で、短い激励は終わった。

家具が片づけられ、広くなった空間で、俺は彼と向き合う。


「言い残すことはあるか?」

「お前、ミノとはどういう関係だったんだ?」

「遺言の代わりに質問か。それも悪くない。昔、同じ傭兵団で背中を預け合った仲だ」

「恋人を失って復讐、というわけか。ようやく納得した」


ギチリ。


マルコの手から爪が飛び出し、凄まじい殺気を放ちながら、鈍く光った。

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