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少し前までは、こういう方面に縁がなくて詳しくはないが。

イサベルの言う「覚醒」というのが、心象に根付いたあの芽のことだというのは分かった。


起きた出来事について、詳しく聞いてみようと決める。


「少し前に、種から芽が出たんです。それで…装備を作ってくれるって?」


俺の言葉に、イサベルはテーブルの上に置かれた鱗を、人差し指で「トン」と叩いた。


「これで、君に合った装備を作るのさ。滅多にお目にかかれない素材だから、良い物ができるはずだよ。だから聞きたいんだけど、普段の戦い方はどんな感じかな?」


ついさっきの件があったからか、イサベルはどこか慎重な口ぶりだった。


「特に、武器にはこだわってません」


ドラゴンの素材で作る装備か…武器に詳しいわけじゃないが、どうせなら剣がいいんじゃないか?


「作るなら、剣がいいですね」

「うーん……最初に見た時は魔法使いかと思ったけど、どうやらそうでもないみたいだね。希望通りにしてあげたいのは山々だけど、鱗で剣を作るのは、少し難しいかな」


やっぱり無理か。

深く考えずに言っただけだから、特に落胆はしなかった。

肋骨でもあれば作れたかもしれないが…骨粉でも集めてくればよかったか?


「じゃあ、何を作るのがいいですか?」

「個人的には、身を守る装備がいいと思うよ。防具は持ってる?」

「防具、ですか?」

「そう。武器も大事だけど、境地が低いうちは、防具もそれに劣らず重要なんだ」


――弱いんだから、まずは安全を確保しろ、ということか。

俺は、ドラゴンの鱗で作られた鎧を身にまとう自分を想像した。


「分かりました。イサベルの言う通り、鎧にします。できれば、ノースリーブみたいに動きやすいと嬉しいです」

「動きやすい鎧…難しいけど、いいよ。作ってあげる」


剣ではなく、鎧を作ることに決まった。

イサベルが宙に向かって手を払うと、二つの袋が横から飛んできた。

結ばれていた紐がひとりでにほどけ、中から鱗が、まるで数珠つなぎのソーセージみたいに次々と滑り出してくる。


「これは、君が着る鎧に使う素材と、手数料としての私の取り分だよ。初めてだし、このくらいでいいかな」

「……」


やっぱり、ただで作ってくれるわけがないか。

少しだけ取る、みたいな言い方だったが、ざっと見た感じ、八割はイサベルの取り分だった。


「鎧を作るのに、そんなに必要なんですか?」


不満が滲んだ声を聞いて、彼女は目を細めて微笑んだ。


「それもあるし、これほどの素材を扱える人間はそう多くないからね。完全なオーダーメイドだし、腕のいい職人に下地を任せて、私が仕上げをする。それを考えれば、むしろ安い方さ。さあ、体のサイズを測ろうか。立ってごらん」


鎧のサイズ確認だと言われ、俺は彼女の手に身を任せた。

両腕を広げて採寸されるが、鼻先をくすぐる感覚に気を紛らわせたくて、さっきの話題を切り出す。


「その……さっき、種とか発芽とか言ってましたよね。あれって、何なんですか?」


手を止めて、俺を見上げるイサベル。

少し間を置いてから、再び手を動かしながら話し始めた。


「魔法でも、錬金術でも、鍛冶でも。職種に関係なく、才能があれば覚醒が起きて、超越へ一歩踏み出せるんだ。大きく分けると、境地はこうなるよ。最初が《種》。次に《発芽》《根を張る》《枝を伸ばす》《成長期》《成熟期》《開花》《結実》そして《結実》の先に、《昇天》があると言われている。ユージンは、第二位階――《発芽》の境地に足を踏み入れたところだね」


――要するに、やっと歩き始めた段階というわけか。


マ族たちがよく口にしていた「覚醒」だの「超越」だのという話の意味が、ようやく腑に落ちた。


街で感じていた気配からして、マ族だからといって、全員が超越の道に進むわけじゃない。


力がすべてを支配する魔界で、彼女の話を聞いていると、自然と境地を高めたいという欲が湧き上がってきた。


しかも、俺はまだ《発芽》の段階。

努力次第では、以前に感じた、魂が満ちるようなあの法悦を再び味わえるかもしれない。


「じゃあ、種を持ってる人は、超越者って呼ばれるんですか?」

「事情を知らない人はそう呼ぶけど、正確には、第七位階《開花》に至った存在を 超越者って言うんだよ。境地が上がるほど、以前とは比べものにならない差が出る」


シュッ、シュッ。


しばらくして、イサベルの手が止まった。


「よし、終わり。一週間後に来れば、受け取れるようにしておくよ」

「よろしくお願いします」

「任せておきなさい。ほら、これ」


ふわり。


残った袋が宙に浮かび、俺の元へと飛んできた。


途中で、鱗が一枚抜き取られるのが見えて、俺が首を傾げると、イサベルは笑って言った。


「情報料さ」

「……」

「残りはどうする?その量なら、買い取れると思うけど……」


俺は悟った。

もし金の悪魔というものがいるなら、それは間違いなく、目の前にいる。



「こちらの物件はいかがでしょう?」

「いいですね。治安は?」

「言うまでもありませんよ。この家はもちろん、タノス・ヘヴンでも指折りの安全な地区です」

「ここにします」


いつまでもホテル暮らしというわけにもいかず、適当な家を見つけて契約した。当然、賃貸だ。


イサベルに渡した分を除いたドラゴンの鱗を売って、かなりの金は手に入ったが、人生が一発逆転するほどではなかった。


家を買えば、すぐ働かないといけないし。

節約すれば、金に困らない程度。


前世で例えるなら、宝くじ一等、くらいが妥当だろう。


新しい住まいを手に入れた俺は、イサベルが指定した日に、再び工房を訪れた。


「サイズが合うか、着てみてごらん」


手渡された鎧を受け取る。


とにかく軽く、触れた感触がひんやりとしていた。


身に着けて腕を上げ、座ったり立ったりと動いてみる。


「着てる感じが、ほとんどしないですね」


しかも、その上から普段着を羽織ると、まったく分からない。

日常でも普通に着られそうだ。


「動きやすくしてほしいって言われたから、その点は特に気を遣ったよ。体温調整の回路を刻んであるから、激しく動いても、一定以上の体温は保ってくれる」


いいな。これからは、常に着ておこう。


出来栄えに満足した俺は、満足そうにこちらを見ているイサベルに、親指を立ててみせた。


勧められるままにコーヒーを飲みながら、以前聞けなかった話をいくつも教えてもらった。


境地を上げる方法は、いくつもあるらしい。


伝承に残る特別な修行、霊薬の服用、系統だった鍛錬――だが、最も簡単で、現実的なのは「戦場での経験」だと言う。


戦いでカルマを得て、魂と精神を、次の境地に相応しい形へと鍛える。


「でも、あまり勧めはしないよ。ほとんどの者は、上を見て潰れて、二度と立ち上がれなくなるからね。今に満足して生きるのも、一つの道さ」

「まだ、どうするか決めたわけじゃないので。肝に銘じておきます」


そして、イサベルから汎用性の高い共通訓練法を教わった。


マ族だけでなく、人間でも修行できる方法で、効率は低いが、その分安全性が高いらしい。


当然ながら、彼女の助言と教えには、それなりの対価が必要だった。



楽な姿勢で修練していいと言われたので。

じゃあ寝転がってもいいのかと聞いたら。

可能だと言われて、ベッドの上で修練することになった。


もちろん、武侠映画に出てくるみたいに胡坐の姿勢も試してみたが、あれは人間がする姿勢じゃなかった。


目を閉じて、工房でイサベルが教えてくれた方法どおり、呼吸によって取り込んだ気の中からマナだけを選び出して集めた。


拳一つ分を集めても小指の爪ほどしか残らず、それも少し経てば散ってしまったが。

続けていけばマナの容量が増えて、イメージの中にある芽にも良い影響があると言われたので、これからも継続するつもりだった。


持っている金の半分をつぎ込んで学んだのが惜しいから、なんて理由じゃ決してない。


そんなふうにベッドに横になってしばらく修練していると、玄関のベルが鳴って浅い眠りを破られた。


ピンポーン。

ピンポンピンポン。


家に訪ねてくるような人はいないから。

無視していれば帰るだろうと思ったのに。

むしろ壊す勢いで鳴らし続けている。


「ちっ。」


誰なのか顔だけでも見ようと思い、修練を止めて立ち上がった。


鎖でドアをロックしたまま、少しだけ開ける。


「ユジン! 俺だ俺。急ぎだから開けてくれ!」

「カイル?」

「そう、俺だ。」


ドアの隙間から、やつれたカイルの姿が見えた。

どうしてあんな有様なんだ、そしてここをどうやって知ったんだ?


「入れ。」


鎖を外して家の中に入れると、カイルは真っ先に冷蔵庫を探して開け、食べ物を取り出してはがつがつ食べ始めた。


「がつがつ。」


聞きたいことは山ほどあったが。

夢中で食べている姿を見ていると。

こっちまで喉が詰まりそうで、水道水を注いでやった。


「追われてるわけじゃないんだから、飲みながら食え。」

「ありがと……ぐすっぐすっ……ごくっ。」


まったく、泣きながらよく食えるな。

元気だったやつが、見ないうちにどうしてこうなったんだ?

カイルとの話ができたのは、だいぶ時間が経ってからだった。


「みんな捕まった。助けてくれ。」

「捕まったって、どこに?」

「ノスト・ファミリーの連中に! 早く行かないと。遅れたら何されるかわからない。」


興奮して唾を飛ばしながら話すので。

まずは落ち着く必要がありそうだった。


「落ち着いて話せ。何のことか全然わからない。まず、なんで捕まったんだ?」

「ご、ごめん。焦って自分のことしか考えてなかった。実はな……」


俺はただ、カイルの話を聞いていた。


事件の経緯はこうだ。

カイル、ロス、スカの三人が事業拡大のため、別の区域でこっそりクリスタルの取引を始めたところ、運悪く現場を押さえられてノスト・ファミリーに捕まった。

身代金として多額の金を要求され、それに応じて自分だけが逃げてきたらしい。


その話を聞いて、頭が痛くなった。


「それで、金は払うのか?」

「気持ちとしては払いたいけど、事業拡大で借金してて……」


金で解決するのは難しい、ということだ。


「いいとこ住んでるみたいだし、金も稼いでそうだけど、もしかしてお前が……」

「俺も金はない。」


カイルのたわ言を途中でばっさり切った。

共同修練法を学ぶのに大金を使ったのもあるが、あったとしても出す気はない。


だからといって、幼なじみを死なせるわけにもいかないし、よりにもよってクリスタルに手を出すとは……。


クリスタルは名前と違って宝石ではなく。

植物の一種で、獣人が好む特殊な成分が含まれており、嗅ぐと幸福感や快楽を感じるという。


さらにもう一つ用途があって、魔族がクリスタルを精製した丸薬を服用すると、一時的に身体能力が強化される。


供給より需要のほうが多い品、というわけだ。


「ところで、俺がここにいるってどうしてわかった?」

「お前、有名だから探しやすかった。」

「俺が?」


俺が有名になるようなこと、あったか?

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