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頭がくらくらして、こめかみをぐっと押さえた。
少し休んでから再び歩き出すと、どこからともなく三人が飛び出してきて道を塞いだ。
「俺たちのシマに、誰の許可で入ってきた?」
人を小馬鹿にしたような声。
坊主頭とモヒカン頭。
そして、やけに存在感のある男が俺の前に出てきた。
「飯食いに行く途中なんだけど、お前らの許可が必要か?」
「この野郎、口の利き方ってもんがあるだろ。ここは俺たちのクランが仕切ってる場所だ!通りたきゃ通行料を払うのが筋だろ!」
「くだらねぇこと言ってんな。俺は飯を食いに行くんだ」
「まだ食ってねぇのか?」
「ああ」
三人は同じ孤児院で育った同期だった。
血気盛んな男たちにありがちな話で、三人は金を稼ぐために外へ出て、クリスタルの採掘をしている。
危険だが、稼ぎは悪くないらしい。
「飯は重要事項だな」
「俺たちも食いに行くか?」
「お前、もう食っただろ」
「夕飯までにもう一回食っとくのも悪くねぇ」
「バカか」
馬鹿どもが言い合っているのを見ているだけで、余計に疲れた。
「腹減ってんだ。痴話喧嘩は家でやれ」
「あ、悪い」
「それより、お前この時間に仕事じゃないのか?クビになったか?」
「疲れたから今日は休むって言ってきた」
俺が休むと言ったことに、三人は驚いた様子で、それから道を空けてくれた。
「金の亡者が珍しいな」
「顔色悪いぞ。行って、たらふく食え」
「じゃあ、またな」
別れの挨拶をして歩き出した。
数歩も行かないうちに、後ろからとんでもない声が飛んできた。
「おい!きつかったら言えよ!俺たちと一緒に働けばいいんだからな!!」
その言葉に、中指を立ててやった。
「ふざけんな」
この世界でも、金さえあれば大抵のことはできる。
だが、前世の感覚が抜けきらないせいか、ああいう仕事には関わりたくなかった。
翌日、俺は朝早く事務所へ向かった。
出発時間までかなり余裕があり、ソファにもたれて目を閉じていると、ゴブリンの所長があの件をそれとなく切り出してきた。
「どうなった?」
「何がです?」
「とぼけるな。ハンスとジョッシュのことだ」
「二人とも死にました」
二人とも死んだ、という言葉に、所長は頭をかきむしりながら苛立った。
「ちっ……最近、使える奴を見つけるのも大変なんだぞ。やっと使えるようになってきたと思ったら、これだ。どうしてだ?」
「死ぬのに理由が要るんですか。バカなら死ぬ、それだけでしょう」
ドラゴンの死体で目がくらんでいたのが大きいが、死んだ人間は何も言わない。
実際、俺の忠告を無視してバカな真似をした結果だ。
大して違いはない。
「お前も一緒に行ってただろ」
「言うことを聞かない奴らに、俺ができることなんてありませんよ」
「くっ……バカならせめて体くらい丈夫でいろ。使えん連中だ」
「それ、俺に向けた言葉じゃないですよね?」
「ちっ。あいつらの装備は?」
電撃ロッドのことだ。
「倉庫に持ってきました」
「よくやった」
それも最下級とはいえ、一応はアーティファクトだ。
中古でもかなりの金になるため、回収しておいた。
俺が紛失したわけでもないのに持ち帰らなければ、同じチームだったという理由で、俺の給料から引かれていたはずだ。
人は死んだが、所長に金銭的な損失はなかった。
そのため、二人についてそれ以上話題に上ることはなかった。
小さな事件があった後も、仕事は続けた。
なぜか、以前ほど疲れを感じなくなっていた。
そうして二週間ほど経った頃。
どこかで風邪でももらったのか、元気だった体に悪寒が走った。
冷や汗が止まらない。
スプーンを持つ力もなく、食事も抜き、ベッドに横になったまま動けずにいた。
◇
頭に牛の角を持つ獣人、ミノは、巨大な棍棒を携え、ユージンのワンルームを訪れた。
手には大量の鍵束。
その中の一本を差し込み、玄関の取っ手を回すと、扉が開いた。
カチャリ。
ギィィ……。
部屋に入ったミノは、ベッドにうつ伏せで倒れているユージンを見て、深く息を吐いた。
「ユゥジィィン──!!」
「!!」
ガバッ。
布団を頭までかぶって寝ていた俺は、突然の大声に飛び起きた。
「?」
なんだ?
なんでこいつがここに?
まだ家賃を払う日じゃないはずだ。
状況が把握できないまま、とりあえず布団を跳ねのけ、床に放り出してあったズボンを拾って履いた。
「いくら大家だからって、いきなり押しかけてくるのはひどくないか?」
「……は?」
俺の言葉が気に障ったのか、凶相のように顔が歪む。
興奮しているのか、呼吸するたび鼻息が荒い。
「俺が、来るべきじゃない場所に来たって言うのか?」
怒っているのは怖かったが、自分の権利を守るため、勇気を振り絞った。
「建物のオーナーなのは分かってる。でも、入居者の都合も考えてくれ。こんなふうに突然来られると、俺も困る」
言い方を間違えたか。
顔だけでなく、首まで赤くなっている。
かつて名を馳せた傭兵だという。
正直怖いが、俺は何も悪いことをしていない。
だから堂々としているつもりだった。
だが、効きすぎたのか。
ミノは建物が揺れるほどの勢いで怒鳴った。
「ユージン!!この野郎!!!今まで一度も家賃を滞納しなかったからって、俺が大目に見ると思ったか!?本来なら昨日来るところだったんだ!お前だから一日待ってやったんだぞ!家賃はもう二日も遅れてるんだ!!」
「……は?」
驚いた。
飯も食わず、ベッドでうなっていただけなのに、いつの間にか数日も経っていたなんて。
そういえば、体は痛いが、どこか妙にすっきりしている。
日数を意識した途端、空腹を感じた。
早く追い返して、飯を食おう。
「家賃が二日も遅れてるって?」
「ああ」
「……悪い。体調を崩して、そんなに時間が経ったとは思わなかった。金はすぐに払う」
俺が素直に非を認めると、火のように怒っていたミノも、いくらか落ち着いた。
彼は赤黒い棍棒で俺を指さしながら言った。
「今まで騒ぎも起こさず、真面目にやってたから今回は見逃してやる。次はないと思え」
「分かった。起こしに来るのも大変だったろ。シャワー浴びてすぐ振り込むから、もう帰ってくれ」
フン、フン。
ミノは鼻を鳴らしながら棍棒を下ろす。
他の連中なら血に染まったその棍棒で頭を割られていたはずなのに、それを俺に向けるとは、なかなか神経が図太い。
「おい、何見てやがる。お前ら、また殴られたいのか?さっさと消えろ!」
「ひっ……」
「愚図どもが!」
棍棒を振りかざして怒鳴ると、集まっていた野次馬たちは悲鳴を上げて逃げ散った。
おかげで、俺の住んでいるワンルームは、他よりも事件が少ない。悪いことばかりでもない。
ミノが帰ったらシャワーを浴びようと思っていたところ、彼は途中で足を止め、隅に置いてあった袋を見て、何だそれはと尋ねた。
「……仕事で拾ってきたものだ。大した物じゃない」
内心の思惑を裏切るように、ミノは袋をポンポンと叩いて言った。
「前にもな、爆弾をワンルームに持ち込んだ奴がいてな。もちろんユージンの言う通り大した物じゃないんだろうが、確認はしておかないとな」
爆弾?
寝てる間にあの世行きになるところだったじゃないか。
いや、今はそれどころじゃない。止めなきゃならない。
俺は手を上げてミノを制した。
「待ってくれ!」
「……?」
「今すぐ片付ける!」
「そうしてくれ。俺も他人の物を勝手に漁る趣味はない」
話の通じる奴で助かった、そう思った矢先だった。
ミノは肩を揺らして笑うと、上にかぶせてあった服をどかし、袋を持ち上げた。
「人間族にしては、今までやけに真面目だと思ってたが…何を隠してる?死体か?爆弾か?それとも…ぐっ!?」
袋の中身を見た瞬間、ミノは言葉を失った。
盲目の者でもドラゴンの鱗を見れば目を開くだろう。
金の亡者に見つかってしまった。
どうせバレたのなら、ミノの人脈を使って鱗を処分するのも悪くないかもしれない。
取り分を渡してでも、その方が得だろう。
呆然としているミノに声をかけた。
「見ての通り、普通の物じゃない」
「お、おう……そうみたいだな。どのモンスターの素材だ?」
「ドラゴンの鱗だ。都市の主が宴で使ったっていう」
「ドラゴンの鱗だと?」
ガチャリ。
憑かれたように一枚手に取る。
あちこち眺めながら感嘆する様子を見て、今が好機だと判断し、さりげなく切り出した。
「そろそろ処分しようと思ってる。いい所を知ってたら紹介してくれないか。紹介料は弾む」
「確かに、こんな物をどこでも売るわけにはいかん。厄介なのが寄ってくる。…ふむ。信頼できる所を知ってる。傭兵時代に何度か世話になった場所だ」
前向きな反応。
断られるかと思っていたが、うまくまとまりそうだ。
「この量だと、端金じゃ済まんぞ」
「八対二でどうだ?もちろん俺が八だ」
「それで十分だ」
家賃を取りに来ただけのはずが、思わぬ臨時収入に満足したのか、口元が緩んでいた。
「よく聞け。場所はな…イサベル工房だ!」
一拍置いたその瞬間、鍋の蓋のような手で、突然俺の首を掴んだ。
「がっ……」
足が床から浮く。
ミノは片手で俺を持ち上げていた。
首を締め付けられ、息が……息が?
苦しいはずなのに、何の異変もない?
ミノはこの辺りでは強者として知られ、住民にとっては自警団であり、恐怖の象徴でもあった。
だが、どういうわけか、相手にできるかもしれないという考えが頭をよぎった。
「教えてやったんだ。その鱗は俺がもらう。物の正体を知ってる奴は、少ない方がいいからな……」
奪うだけでなく、俺を殺すつもりらしい。
「ふざけんな!お前が俺の部屋に入ったの、皆見てたぞ!」
「ふふ……死んだ奴が喋ったのを見たことがあるか?ユージン、お前はいい奴だったが、爆弾を持ち込んだのは惜しいことだったな」
さっきまで一緒にいたのを見た連中は大勢いる。
それでも自分の建物で俺を殺そうとするあたり、評判なんて信用できない。
「さよならだ!」
ミノが棍棒を振り上げ、俺の頭めがけて叩き下ろそうとした瞬間、怒りが込み上げるのを通り越して、頭と胸が異様に冷えていく感覚を覚えた。
――いや、実際に手に霜がまとわりついていた。
異変に気づいたミノの目に一瞬の戸惑いが走るが、彼は動きを止めない。
俺は左手でミノの手首を掴み、右手で頭を狙う棍棒を受け止めた。
ガキン。
「な、何だ……どうして止められる!?」
ミノは、ユージンが棍棒を掴み止めたことに動揺した。
その動揺はすぐに、人間に侮られたという怒りへと変わる。
運のいいことに覚醒しかけているようだが、無駄だ。
宝を運んできた功績を考えて、一思いに終わらせてやるつもりだったというのに!
「このぉぉぉ!!」
叫びと同時に、首を絞める力が増した。
棍棒は止めているが、力比べでは到底敵わない。
棍棒を離して首を解こうとすれば、再び頭を狙われる。
身動きの取れない状況で、俺は男としてやってはいけない手に出た。
股間を全力で蹴り上げた。
ゴン。
信じられない音。
まるで鉄板を蹴ったような響きだった。
牛の獣人の股間は金属製か?
渾身の一撃が防がれ、俺は下唇を強く噛んだ。
そんな俺を見て、ミノは黄ばんだ歯を見せて笑った。
「ふふ……俺のパンツは頑丈でな」
このままでは、なすすべもない。
そのとき、まだ手に冷たい霜が残っていることに気づいた。
本能が囁く。
この状況を打開する方法があると。
首を絞められたままでも、俺は冷静さを失わず、全神経を両手に集中させた。
バキ…バキッ。
世界が、凍りついた。




