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なじみの匂いが鼻をつく。
むせるようで不快、空気の汚れた匂い。
それだけでなく、周囲にいた魔族たちが、俺たちを珍しそうに見つめていた。
魔界は種族のるつぼと言われるが、
これまで一度もポータルを使ったことのないエルフが、
大規模に飛び出してきているのだから、何事かと思うだろう。
だが、それも一瞬のことだった。
俺たちの後を追ってきた酒樽が現れると、すべての視線がそちらに注がれた。
鋼の要塞の魔族たちは酒が好きだと言うが……
「お二人の前に、世界樹様の加護がありますように」
俺たちはエルヴンハイムから上段を率いて来たエルフと別れた。
リリカと二人で使うには高価な輸送手段だったので、高級酒を主力に持ってきたが、反応を見るに売れそうだった。
「どこに行けばギズモさんに会えますか?」
「丸腰で?」
金をくれと言わんばかりに差し出す手。
「まさか、そんなことはしませんよ」
その上に、酒を数杯飲む分の金を渡すと、
満足そうに黄色い歯を見せてニヤリと笑った。
そして一番高い建物を指差しながら言った。
「ほら、見えるだろう、あそこに行ってみろ」
言い終わるとすぐに、彼は小走りで路地に消えた。
「思ったより見つけやすい場所ですね」
「鋼の要塞で最も有名な職人だからね」
しばらく進むと、リリカが俺の横にぴったりくっついた。
「尾行がいます」
「尾行? 何人いるか分かる?」
「……三人です」
少し前に金を取り出したとき、俺たちをじっと見ていた魔族がいるらしい。
俺が気をつけるべきだった……
最近いい人ばかりだったので、
魔界がこんなドロドロの世界だったことを忘れていた。
金を狙って近づいてくる連中のレベルなんて、見るまでもない。
誘導して始末すればいい。
変に警戒して時間を稼ぎ、宿がばれたら、ここを出る日まで面倒なことになる。
俺たちは道に迷ったふりをして、
だんだん人の少ない道へ入った。
俺たちの前を進んでいた一人が道を塞ぎ、
後ろから追ってきた奴らが後方を封鎖した。
「なんだ?」
「持っているものを全部出せ」
「目をつけてどうするんだ? 俺のどこを見て金持ちに見えた?」
「この野郎、今ふざけてるのか? さっきお前がアカシックポケットから金を取り出すのを俺はちゃんと見たんだぞ!」
ちょっと取り出しただけなのに、それを見ていた奴がいたのか。
「ふむ……すまない、馬鹿だと思っていたから気付かれないと思った」
「今なら帰っても見逃してあげますよ」
「利益! ふざけんなよ? 助けてくれと懇願しても足りないところを、素直に渡せば命だけは助けてやるって言ったのに!」
奴が怒ろうが構わず、俺たちは言うべきことを言った。
「エルヴンハイムではどうだったか知らないが、魔族というのは元々言っても聞かないんだ」
「言葉で通じない相手だと確認しました。私が処理しますので、手を汚す必要はありません」
「うひひ、どんな汚れ味か思い知らせてやるぜ」
「人間は殺してエルフは実験材料に売ればいいので、あまり乱暴に扱うな」
こいつら今までどうやって生き延びてきたんだ。
良い装備を身につけていれば強いというわけでもないのに、こいつらは目が装飾品か。
俺が出る必要もなく、
リリカが振るう剣をまともに防げずに命を落とした。
「死体はどうする?」
「置いていけばいい」
見つからなければそれでいい。
住民が見ていたとしても、知らん顔で通り過ぎただろう。
自警団や兵士が見ていたら、死体処理の代価として金を渡せば済む話だ。
追ってくる魔族がいなくなったのを確認して、俺たちは目的地へ歩を進めた。
ドンドン。
獅子の紋章がついたリングを叩いて待つと、家の中から重い音が聞こえた。
「どうした?」
そして獅子の紋章の彫刻が目を開け、俺たちを見つめた。
インターホンのようなものか。
「個人装備を作りたくて伺いました」
「たったそれだけの理由で俺を探したのか? 俺より下手だが他の奴らも上手く作るから、そっちに行け。お前のレベルにはそっちがちょうどいい。人の貴重な時間を無駄にするな!」
このままでは次は連絡すら受けてもらえないだろう。
その職人が興味を持つようなものを提示しない限り、この門は開かない。
「世界樹に関係する物を持ってきました」
「何? 今なんて言った!」
反応は早かった。
ギズモというドワーフが世界樹の枝を探していることを知っていたので、彼の興味を引くのは簡単だった。
「エルヴンハイムに世界樹に関する物を持ってきた、と言いました。あと、エルフの最高級果実酒もです」
ゴクリ。
どれだけ酒好きなのか。
よだれを垂らす音が聞こえた。
「客を外に立たせるのはドワーフの礼ではない。入れ」
自動で扉が開いた。
「お邪魔します」
鍛冶屋の家だから、装備や材料が散らばっていると思ったが、そんなことはなく、普通の家と変わらなかった。
家の中に入って少し待っていると、
白いひげをたくわえたドワーフが姿を現した。
「お前らか? 忙しいから用件だけ言え」
性格、一癖ありそうだな。
いや、魔界ではこれくらいなら上出来だ。
ここに来る途中で会った連中のように、言葉が通じないわけではない。
「手ぶらで来るのもなんで、贈り物を持ってきました。受け取ってください」
ドン。
俺はアカシックポケットから最高級果実酒を取り出した。
栓も開けていないのに、甘い香りが家中に広がり、
その匂いを嗅いだギズモは鼻をヒクヒクさせ、嬉しそうな表情を浮かべた。
「いい酒だ……客をこうして外に立たせるのはドワーフの礼ではない! そちらに座っていろ」
俺たちのためではなく、酒に対する礼儀らしい。
とにかく、彼の勧めで席に座ると、クリスタル製のグラスが出された。
すらすらと。
栓を開け、果実酒を注ぐと、
暴力のような香りが鼻先を打った。
「うむはは、いいね、いいね! さあ、一杯やろうか。健康のために!」
「ために」
やはり美味い。
今まで飲んだどの酒よりも美味い。
酒をあまり飲まないリリカも、少しずつ口にした。
「お? おおっ!」
さらに、ギズモは一杯では満足できなかったらしく、
酒杯を放り投げ、果実酒の樽ごと持ち上げて飲んだ。
目が据わり、「ゴクゴク」と飲む様子に、俺は口を開けたまま見つめた。
全部入るのか?
ドワーフは酒豪だと言われるが、
自分の体より大きい樽を全部空けるつもりか。
いや、実際ほとんど空けたのか、樽を少しずつ高く持ち上げる。
ドン。
「ゲボッ─ よく飲んだな。うははっ!」
驚きだ。
全部どこに入ったんだ?
「よく飲むね。持ってきた甲斐がある」
「……ふぅ、よく飲んだ。久しぶりに気に入った酒を飲んだから、制御できなかった」
そう言いながら俺を見る。
まだ無いのかと目で訴えていた。
「気に入ってもらえてよかったです。帰る時にもう一樽持っていきますか?」
「うはは! それは嬉しいね。酒の名前は何だ?」
酒の名前は果実酒じゃなかったか?
俺はそっとリリカに合図を送った。
これは名前何?
「ネクターです」
「ネクターか……傲慢だが、味にふさわしい名前だな。で、俺を訪ねてきた理由は何だと言った?」
「装備を作りたくて伺いました」
仕事の話を出すと、一瞬で人が変わり、
獅子のような鋭い目で俺を見下ろした。
「装備か……作る味のない物には手を出さない。贈り物はありがたく受け取ったが、それで心を動かせると思うなよ」
「……」
このドワーフ、本当に酒以外に興味がないな。
入る前に確かに世界樹の樹皮を持ってきたと言ったのに、すぐに忘れたようだ。




