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一つの特性であっても細分化していけば、根本的には別の特性になるという。
米というカテゴリーの中に無数の種類の米があるように。
苺という種類の中にも、それぞれ異なる味があるように、苺が存在するように。
ノエルの場合は、植物に関わるドラゴンとしての血統の比重が高く、そのため特性が一方向に偏っている。
その影響で、特性の使用も植物以外にはほとんど使えないらしく、俺がやったように魔石を浄化することはできないという。
特性の運用には、種族値も無視できない要素なのだ。
フワァァッ─
世界樹の根源とも言える場所で浄化を使ったため、魔石の時のような力の損失は起こらなかった。
俺は覚醒によって生じた力と、余剰のエネルギーまですべて掻き集め、世界樹へと注ぎ込んだ。
乳を吸う時の力まで引き出して世界樹に浄化を施し、目を開けた時には、ノエルが驚いた表情をしていた。
◇
「うーん……」
なんだか後頭部が柔らかい?
どうやら少し意識を失っていたらしい。
そっと目を開けると、目の前に大きな小山が二つ、どんと鎮座していた。
「目が覚めましたか?」
まるで見透かしたかのように気づかれた。
声からしてリリカだ。
確か俺の隣にはノエルがいたはずだが?
「はい。どうして俺、こんなことに?」
「短時間で力を使いすぎて、脱力したんです」
無理をしたのは確かだ。
最初は脱出する分の力は残しておこうと思っていたのに、やっているうちにそんな考えは吹き飛んでいた。
「それで、どうして俺はこんなことに?」
「脱力したからです」
そうじゃない。
なぜ俺がリリカの膝枕をされているのか、という話だ。
それに気のせいかもしれないが、声もいつもより柔らかい気がする。
起き上がろうと上体を動かすと、リリカが俺の額を押さえて言った。
「疲れているでしょう。少し休んでいてください」
「……」
しばらくそうしていると、周囲に何者かが近づいてきた。
「目が覚めたか。見ての通り、世界樹の安定化には成功した」
そうだ、どうなったのか知りたかった。
リリカの様子からうまくいったとは察していたが、
他人の口から聞くのはまた別の話だ。
「俺一人じゃ無理だった」
ノエル様。
今、俺の視界には胸しか映っていません。
そして、人の頭よりも大きな目をした蛇が、俺に顔を近づけてきた。
つぶらな瞳を見る限り、正気に戻ったらしい。
つまり、こんなに大人しそうな目をしたやつが、元は山脈みたいに巨大だったということか。
ほんの一端しか見ていないが、俺ももっと強くなりたいという気持ちが強くなった。
ああ、そういえば外の状況も楽観できるものじゃなかったな。
「こっちが終わったなら、外を手伝いに行かなくていいんですか?」
「向こうで何とかするだろう」
「ヨルムンガンドも正気に戻ったし、他のエルフたちも意識を取り戻しているはずです。エルヴンハイムの戦力も侮れません。残りは彼らに任せましょう。私たちの役目は終わりです」
そうか。
休めと言われたなら休もう。
他人が働いている時に休むのは、俺は嫌いじゃない。
時間を測る術がないからどれほど経ったのか分からないが、しばらく休んでから起き上がった。
そして世界樹を見ると、ハーフ&ハーフの状態になっていた。
「これはどういうことですか?」
「安定化したということよ。これまでは侵食する魔気を抑えるために多くの力を割いていたけれど、もうその必要はない。だから今後は今回のようなことは起こらないわ」
当人に聞いたわけじゃないのに。
いつの間にか世界樹が俺たちの前に姿を現していた。
「それは良かったですね」
「ふふっ、君のおかげだよ」
「お礼なら、贈り物をくれてもいいですよ。ありがたく頂きます」
「もちろん渡すつもりだ。これを他者に渡すことになるとは思っていなかったが……受け取ってくれるかい?」
世界樹が樹皮を差し出した。
うーん……茹でて食べろってことか?
「い、いやそれは! 本当に大丈夫なんですか?」
「受け取るに値することをした」
なんであんたたちだけ分かってる話をしてるんだ、それは何なんだ。
俺が戸惑っていると、隣にいたアイリオンが急かした。
「世界樹の樹皮だ」
「樹皮?」
「そうだ。現実に肉体があった頃に残しておいたものだろう。持っていれば何かと役に立つ」
「彼女の言う通りだ。昇天する前に脱皮して残った副産物だから、うまく使えるだろう。エルフにも渡したことがあるから、使い方は聞けばいい」
俺は腰を折り、畏まった様子で慎重に受け取った。
「ありがとうございます。こんなものまで」
世界樹の言葉通りなら、これは第八位階の副産物だ。
そのレベルなら、削り残した爪ですら売れるだろう。
金を積まれても手に入らない代物だ。
そういえば、ここへ来る時に世界樹の枝を取ってきてほしいという依頼を受けていたな。
考えてみると、正気の沙汰じゃない。
はした金でこんなものを取ってこいと言ったのか?
「枝はありませんか?」
「残念だが無いな。杖や剣を作っても十分使えただろうに」
一応聞いてみたが、無いらしい。
もしあったら、俺がこっそり懐に入れていただろう。
依頼なんてキャンセル料を払えば済む話だ。
ジィィン─
その時、外へ出るポータルが開いた。
向こうには公園が見える。
「リリカ、私はしばらく結界の強化に力を割こう。エルヴンハイムのことは守護者一族に任せる」
「承知しました」
「長い間、ノエルもご苦労だったね」
「いえ。好きでやったことですから」
「君たち二人には、これから先がうまくいくことを願う言葉しか贈れない。険しい道だ。疲れたらいつでもエルヴンハイムに来て休むといい」
「はい」
「見せるのも簡単ではなかったでしょう。ありがとうございました」
「君たちがどんな存在を敵に回しているのか、知っておく必要があるだろう。心が折れたか?」
「いいえ」
「ならばそれでいい。もう行きなさい」
世界樹による見送り。
おそらく、ここに再び来ることはないだろう。
俺は周囲を一度見渡し、ポータルへと身を投げた。
神域を出ると、周囲はアンデッドで溢れていた。
アンデッドは名の通りアンデッドらしく、
動くこともなく、死体の山を築いていた。
その場を離れようとした時、荷車でアンデッドを運んでいるエルフと鉢合わせた。
一瞬こちらを見ると、リリカの頭の角に視線を留め、すぐに引き締まった表情になる。
「これは一体?」
「市街地のアンデッドが多すぎて一体ずつ処理するのは難しく、広い区域に集めて一気に外へ出すことになりました。区域を決めて、散らばったアンデッドを回収しています」
事態はある程度収束し、処理しきれなかった残党を掃討するだけだという。
ダークエルフと化した種族が正気に戻ってからは、都市防衛も一気に進んだらしい。
一部のアンデッドを除けば、冷静さを保てば誰にでも対処できる程度だった。
問題は、突然の襲撃と内部の混乱だったのだろう。
俺たちは街を横断し、リリカの家へ向かった。
ノエルの背に乗っていた時は空路だったから分からなかったが、戻るのにかなり時間がかかった。
それでも手に入れたものがあるおかげで、足取りは軽かった。
内壁を越えて屋敷に着くと、
俺たちが来ると聞いていたのか、
リリカの一族が出迎えてくれた。
その中にはラピエルもいた。
「話は聞いた。ご苦労だった。私たちはお前を誇りに思う」
リリカを見る両親の目からは、蜜が滴り落ちるほどだった。
実質的にエルヴンハイムを救った立役者の一人なのだから、
自分が同じ立場でも同じ反応をしただろう。
我が子を誇りに思わない親などいない。
「この恩は忘れません。必要なものがあれば言ってください。可能な限り応えます」
「考えてからお伝えします」
要らないとは言わなかった。
体裁を気にして差し出されたものを断るのは、愚か者のすることだ。
エルヴンハイムに住んでもいいと言われたが、それは丁重に断った。
「私もここに残れたらいいのですが、待っている人がいるので」
「そうでしたね。我々のことばかり考えていました」
その言葉に、俺は小さく微笑んだ。
実際、タノスヘブンよりもマナが豊富で修行には向いている。
だが野菜や揚げ物ばかり食べ続けて、そろそろ別のものが恋しくなっていた。
例えば肉とか。
人は野菜だけでは生きていけない。
何だか凱旋式のようになってきたな、と思った頃。
リリカの両親が去り、運の悪そうな男が近づいてきた。
「あなたのご尽力に、心より感謝を」
おや。
随分と図々しいな。
何を言い出すのか聞いてやろうと相槌を打った。
「やるべきことをしただけだ」
「はは、とはいえ誰にでもできることではありません。ユージン様のおかげで、エルヴンハイムに訪れた危機を乗り越えられたと言っても過言ではないでしょう。功績を金で換算するのは恩人に対する侮辱でしょうから、別の形でお礼をしたいと考えています」
言い方が癇に障る。
絶対に金では払わないということか。
いいだろう、ちょうど俺にもラピエルから受け取るものがある。
「金はいらない。俺は謝罪が欲しい」
「……どのような謝罪を?」
「俺を拉致したことを、もう忘れたのか?」
その言葉に、周囲の視線が一斉に集まった。
ノエルやリリカには話していたが、
初めて聞く者の方が多いだろう。
さあ、どう出る――そんな目で彼を見つめると、
ラピエルはあっさりと事実を認めた。
「すべては世界樹様のためでした。ユージン様が浄化に関わる特性をお持ちだという報告は受けていましたし、その力を世界樹様が吸収して使うことが、この事態を打開する道だと考えたのです」
彼の話を聞いていた者たちから、ざわめきが漏れた。
「結果的に、私が間違っていたと理解していますが」
そう言って一度言葉を切り、ラピエルは正面から俺を見据えた。
「世界樹とエルヴンハイムを救ってくださったことには感謝しています。しかし、あの時に戻れたとしても、私は同じことをしたでしょう。許可なく拉致したことが、どんな理由であれ許されない行為であることは分かっています。本当に申し訳ありません」
ぺこり。
深く頭を下げ、許しを請うラピエル。
こういうところが気に食わない。
何なんだ、その堂々とした態度は。
力のある者ほど始末が悪い。
「本当に悪いと思ってるのか?」
「はい」
「そうか。言葉だけでは足りない、というお前の言う通りだ。それでも俺は謝罪を受け取ろう。顔を上げろ」
「ありがとうございます……」
ドゴッ。
ゴロゴロ。
ラピエルが顔面に拳をもらい、転がった。
ドン。
木にぶつかって、ようやく止まる。
彼に拳を叩き込んだ俺は、近づいて言った。
「謝罪は確かに受け取った。これで借りはなしだ」
俺たちの間の件は清算されたが、
ラピエルは一か月の謹慎処分となった。
そして一週間後。
エルヴンハイムでは祭りが開かれた。




