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リリカの決断が先延ばしになるほど、俺たちの周囲にはどこから湧いてくるのか分からないダークエルフが増えていった。


数が多いからといって危険だとは感じなかったが、

問題は神域へ向かう道が遅れていることだ。

このままでは、事態が収束するまでこの一帯を抜けられない気がした。


ちらり。


俺が意外に思ったのは、ダークエルフへと変わり理性を失った同胞相手でも、容赦なく手を下せと言い出しそうなのに、そうしなかった点だ。


それもそのはずで、世界樹に起きた異変は、エルヴンハイム存続に赤信号が灯ったも同然の事態だ。

これまで常に冷静沈着な姿を見せてきたリリカだからこそ、俺は彼女が大義のためなら犠牲も受け入れる人物だと思っていた。


それなのに、肝心な場面で予想もしなかった一面を見せるとは。


リリカが逡巡している間に、いつの間にか通りはダークエルフで埋め尽くされ、足の踏み場もなくなっていた。


ちらり。


だが、戦いの最中に一瞬見えた彼女の表情には、覚悟を決めた者の顔があった。

案の定、ほどなくしてマナを込めた彼女の悲壮な叫びが場内に響き渡った。


「これより、障害物は気にせず、速やかに移動します。」


期せずして障害物と定義されたダークエルフたち。


時間がないだけで、力が足りないパーティ構成ではない。

彼女の宣言は、理性を失って暴れるダークエルフにとって、決して良い知らせではなかった。


それでも、できる限り殺生は避けようと考えていた、その瞬間――


予兆もなく、凄まじい突風が一帯を薙ぎ払った。


ゴオオオッ―


大気を引き裂くような轟音に耳が痺れ、

目を開けていられないほどの烈風に、思わず目を閉じた。


ゴウウン―


爆発するかのように荒れ狂っていた突風は、すべてを出し切ったかのように、あっという間に収まった。

俺は閉じていた目を、そっと開いた。


「!!」


目に飛び込んできた光景に、思わず眉が跳ね上がる。


まるでトルネードが通り過ぎたかのように、建物の屋根は吹き飛び、壁は剥がされて崩れ、木造の家々は無惨に倒壊して残骸だけが地面に散らばっていた。


その中で、ダークエルフだけが無事なはずもない。

突風に吹き飛ばされたのか、視界から跡形もなく消えていた。

何が起きたのか確かめようと、突風の発生源へ視線を向けると――


「!!」


そこには、宝石のような瞳でこちらを見下ろす、緑色のグリーンドラゴンがいた。


一目で分かった。

あれは、ノエルだ。


完全な姿ではなかったが、以前にアイリアンの姿を見たことがあった俺は、

内心では驚きつつも、表には出さずに済んだ。


「乗れ。」


エルフの時とはまるで違う、淡々とした声。

リリカは迷うことなく、ノエルの背へと乗り込んだ。


乗っていいと言われたのだから、後で文句を言われることはないだろう。


俺も膝を曲げ、全力で地面を蹴ってノエルの背に飛び乗ろうとしたが、

リリカのような軽やかな身のこなしはまだ無理で、ノエルの太腿を踏み台にしてよじ登った。


広い背には鞍などなく、リリカは後ろに座った。


「落ちないよう、しっかり掴まれ。」


バサッ。


言葉が終わるか終わらないかのうちに、翼が大きく広がる。

畳んでいる時は分からなかったが、こうして見ると優に二十メートルは超えていそうだ。


巨体に似合わず、軽く一度羽ばたいただけで浮かび上がったが、問題はノエルの鱗があまりにも滑らかで、掴まる場所が見当たらないことだった。


このままでは高所から落ちるかもしれないという不安から、思わず大声で叫んだ。


「リリカさん、どこを掴めばいいんですか!? 掴まるところがありません!」


ちらりとこちらを見るリリカ。

そして何も言わず、俺の手を取った。


「?」


そのまま、ぐっと引き寄せられる。

成り行きで、恋人を抱き寄せるような体勢になってしまった。


俺が中途半端に戸惑っていると、

リリカは前を向いたまま言った。


「落ちないよう、両手で掴んでください。」

「降りるまでの間、失礼します。」


俺は両手を彼女の腰に回した。

すると待っていたかのように、ノエルは一気に加速して上昇する。


急激に強まる風に、俺は中途半端に添えていた手を慌ててリリカの腰へとしっかり回した。


障害物がなく、以前とは比べものにならない移動速度。

リリカが示す方向へ進むだけでいいため、道を間違える心配もなかった。


空から見下ろすエルヴンハイムは、惨憺たるものだった。


すでに空を覆っていた黒雲は消え、アンデッドが雨のように降り注ぐ現象も収まっていたが、

その爪痕は、エルヴンハイム全体を呑み込んでいた。


至る所で戦闘が行われており、

リリカには申し訳ないが、仮に事態が解決したとしても、かつての繁栄を取り戻すには相当な時間がかかりそうだった。


ふと、空から自分を見つめる視線を感じて、顔を上げた。

だが、太陽の光が眩しく、目を開けていられなかった。


気のせいだろう。

俺が気づいたことを、他の者が気づかないはずがない。

もうすぐ世界樹に会うということで、知らず知らず緊張していたのかもしれない。



パンデモニウムの空間術師レイナ。


彼女は、下で起きている出来事を眺めながら、満足げな表情を浮かべていた。


一つの世界で世界樹と呼ばれていたであろう存在が、たかがエルフの都市一つに愚かにも執着している様――

彼女の目には、ひどく滑稽に映った。


無駄なことをせず、力を濫用しなければ、こんな事態にはならなかっただろうに。


その愚かさのおかげで事が容易に運んだのだから、結果的には悪くないが――それでは面白みに欠ける。


まあ……今回の一件で世界樹もまた、真の魔界の住民として生まれ変わるのだから、いつか今日を振り返れば感謝することになるだろう。

もっとも、礼を言うには、まずこの騒動を引き起こした張本人が誰かを知る必要があるが。


各所で戦闘が起きている、躍動的な都市エルヴンハイムを見下ろしていると、彼女の視線を引く一団が目に入った。


エルフに人間、そしてドラゴン。

ドラゴンはエルヴンハイムの客人だろうし、エルフは神樹の守護者に違いない。

それよりも彼女の興味を引いたのは、人間の男が一人いることだった。


笑えないことに、都市の入口で通す人員を選別していたというのに、その中に平凡そうな人間が混じっている?


どんな能力を持っているから、あそこにいるのか。

夜の相手でもよほど上手いのか、などとくだらない考えまで浮かぶ。


単なる好奇心から、どんな奴なのかと詳しく覗き込もうとした、その時――。


「!!」


はるか上空にいるはずで、本来見えるはずもない自分の位置を、正確に捉えて見返してきたのだ。


すぐに引き上げるつもりだから、気づかれても問題はないが。

仕事も終わったことだし、余計な痕を残したくはない。


空間を歪め、姿が見えないようにした。


「何かありましたか?」

「なんでもないわ。もう帰っていいわね。」

「最後まで確認なさらなくて?」

「わざわざ?」


位階が高いほど、一度崩れた均衡を立て直すのは難しい。

ましてや、まだ魔界に適応していない存在が、今回の件を乗り越えるなど至難の業だ。

それが可能なほど優れているなら、侵略戦争で敗北などしていないだろう。


「仕事は終わったし、あなたも報酬を受け取るべきじゃない?」

「お待ちしておりました。私としては、早いに越したことはありませんから。」


ふっと、口元が緩む。


確かに、今の彼の心境は、下にいる連中に負けず劣らず焦れていることだろう。

長らく閉ざされていた超越への道に、一歩近づくのだから、無理もない。


「行きましょう。」


レイナの言葉にうなずいたバルタザールの顔には、これまでになく明るい笑みが浮かんでいた。



「こちらです。」


リリカの案内に従い、俺たちは都市を横切って目的地に到着した。

着いたと言われても、目に入るのは草切れくらいで、他には何も見当たらない。


現在地は、名前も知らない公園の上空百メートル。

しかも、公衆トイレすらなく、よくある扉一つ見当たらない。


まあ、世界樹に会える神域が、扉を開けて入れるような場所なら、公園はエルフで行列ができていただろう。


飛行速度が徐々に落ち、空き地に降り立つ。


ポン。


やっぱり人間は地面を踏んで生きるものだ。

地面が揺れているような感覚はあったが、すぐに慣れた。


「こちらです。」


俺はリリカの後を追った。

だが、彼女が立ち止まったのは、木一本ない、がらんとした場所だった。


「到着しました。これから神域に入りますので、肩に手を置いてください。」


いつの間にかエルフの姿に戻っていたノエルが、俺より先にリリカの肩に手を置いた。


状況はよく分からないが、経験者が素直に従っているのを見る限り、リリカの言う手順に間違いはなさそうだ。


俺もノエルに倣って、リリカの肩に手を置いた。


「!!」


何もなかった目の前に、神秘的な色彩のポータルが現れた。

いや、生まれたというより、もともとそこにあったものを、俺が認識できるようになったという方が正しい。


彼女の肩から手を離すと、嘘のようにポータルは消えた。


「肩から手を離さないでください。必要でしたら、手をお取りしましょうか?」


手を差し出され、掴めという提案を丁重に断った。


子供じゃあるまいし。


「いえ、大丈夫です。」


再び彼女の肩に手を置くと、オーロラのように輝くポータルが目の前に現れた。


リリカなしでは神域に行けない、というのはこういう意味だったのか。


おそらく彼女がいなければ、見ることすらできず、

たとえ偶然その場所を通りかかっても、何事もなく通過してしまうのだろう。


「ユジン様、入ります。中に入ってからも、手を離さないでください。」


初めての俺を気遣ってか、俺だけ名指しで言われた。


「はい。」


まるで幼稚園の先生だ。


俺は目を見開いたまま、

リリカに続いて一歩を踏み出した。


すっ。

ぱっ。


一瞬で別の空間に移動したかのように、周囲の環境が変わった。


別の場所へ移動するポータルを使うと、こんな感覚なのだろうか?

もっとも、実際にそうだというわけではない。ポータル使用料が高すぎる。


リリカに続いて歩くたび、

地面ではなく、虚空を踏んでいるような感覚がした。


きょろきょろと辺りを見回す俺の様子を見て、ノエルがここについて説明してくれた。


「ここは世界樹の心象です。道に迷うと、次元の迷子になることもあるので、こうして移動するんです。」

「ここが心象? こんなに広いのに……?」


一度開いた口は、なかなか閉じなかった。

道に迷うと迷子になる、という物騒な話も興味深かったが、

ここが世界樹の心象の一部だという事実は、俺の理解をはるかに超えていた。


「かつては単独で完全だった存在だ。心象も一つの世界を成していたのだろう。位階が上がるほど、心象は幾何級数的に広がるものだからな。」


俺なんて、芽が一つあるだけで狭いかどうかも分からなかったけど……。


今はまだ実感できないが、いつか俺も心象世界を持つことになるはずだ。

将来の役に立つかもしれないと思い、先ほどよりも注意深く周囲を観察した。


そうして歩いていると、俺たちは水のある場所に辿り着いた。


「着きました。」


ここ?

どこに世界樹があるんだ?


いや、待て……。


湖の中央に、一本の木がぽつんと立っている。

大きさこそ違えど、世界樹の姿をした木が。

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