21
道を進んでいると、精霊を召喚してアンデッドを処理するエルフの姿が目に入った。
精霊を扱えるエルフの割合は、全体の十分の一(1/10)だったか?
多いと言えば多く、少ないと言えば少ない割合だが、緊急事態で皆が集まって戦っている以上、無視できない戦力に見えた。
おかげで、行く手を阻むアンデッドだけを処理しながら、立ち止まることなく進むことができた。
しかし。
「ク、クハッ。」
狼獣人型のアンデッドが、俺の足を止めた。
その周囲に積み重なるエルフの死体。
プシュッ。
奴が腹部を貫いていた腕を引き抜くと、
エルフは人形のように地面へと崩れ落ちた。
眉をひそめる。
嫌悪感や恐怖を覚えたわけではない。
非効率な行動だという考えが、胸をざわつかせただけだ。
理性がない分、より本能に忠実なのだろう。
奴も俺に気づいたのか、鋭い牙をむき出しにして近づいてきた。
「グルルル。」
血が腕を伝ってぽたぽたと滴り落ち、
全身が赤く染まっているのを見るに、
どれほど多くのエルフを殺したのか、想像もつかない。
どこかで見たことがあるような……。
湧き上がる既視感を無理やり押し殺し、俺も動いた。
ギュッ。
拳に集まる光の塊。
今にも消えそうなほど微弱だったが、
周囲が夜のように暗いため、松明を手にしたかのように明るく輝いた。
重い体で突進し、跳躍して頭突きを仕掛けてくる奴をかわし、脇腹へ拳を叩き込む。
ドン!
バキッ。
殴られて地面を転がった奴は、隅に積まれていたオーク樽を粉砕してようやく止まった。
死んだかどうかは分からないが、
確実に終わらせようと、俺は奴に近づいた。
チャプ、チャプ。
酒を入れていた樽だったのか、
近づくほどに鼻を突くアルコールの匂い。
もったいない酒を無駄にしたな、などと思いつつ。
「ん?」
倒れたまま起き上がれずにいるが、
黒い気配に包まれ、体が再生しているように見えた。
このまま放置すれば、復活して暴れ回るのは目に見えている。
それを防ぐために頭を叩き潰そうとした、その瞬間。
傷口の奥に、生物の体内にあるはずのない物が入っているのが、かすかに見えた。
黒い気配も、そこを中心に広がっているようだ。
核、みたいなものか?
どうやらあれが本体らしい。
持ち帰る気にもなれず、俺は足で踏み潰した。
バキッ。
シュウウッ。
「うっ。」
狙いを定めて砕くと、
禍々しいそれから濃い魔気が噴き出し、空中に散っていった。
俺は顔をしかめ、急いで顔を背けた。
これほど質の悪い魔気を感じたのは、廃棄物処理場で遭遇した時以来だ……いや、あまりにも一瞬で散ったから、はっきり確認できたわけではないが、それ以上かもしれない。
いずれにせよ、塵一つ残らず消え去った以上、復活などできまい。
再び急いで動こうとしたところで、アイリアンが声をかけてきた。
「成長した実感はどうだ?」
突然、何を言い出すんだ?
「何が?」
「今、お前が倒したアンデッドのことだ。以前、お前と戦った奴だろう?」
「ええっ!? い、いつ?」
「気づいていなかったのか。」
「似たような奴がいくらでもいるからな。それで、俺がいつそいつと戦ったって言うんだ?」
「うーん……火炎系の能力を使っていた奴と戦ったことがあったはずだが。」
「あっ!」
炎と聞いて思い出した。
確かに、そんな奴と戦った覚えがある。
「名前はマルコだったか? でも、前に戦った時よりあっさり終わった気がするな。アンデッドになって弱体化したのか?」
「いや。奴も呪具を用いた邪道ではあったが、お前と戦った頃より強くなっていた。単に、お前も強くなり、その差が縮まっただけだ。」
それで成長云々と聞いてきたわけか。
「どう感じたか、だったな。正直、何の実感もない。俺は自分より弱い奴のことは覚えないから。」
「虚勢を張るな。」
そう言われて、肩をすくめた。
時間を取られたが、いよいよ動こうとした瞬間、予想もしない光景に足が止まった。
「あれ……俺のせいじゃないよな?」
世界樹の一部が、黒く染まっていくのが見えた。
俺だけの幻覚ではないらしく、あちこちからエルフたちの嗚咽が聞こえてくる。
あれが幻であるはずもなく、本体に異変が起きているのだろう。
「そんなはずはない。かろうじて保っていた均衡が、限界に達しただけだ。まずはノエルと合流した方がいい。」
そうだよな。
俺に何ができるというんだ。
アイリアンの言葉に従い、ノエルと合流するため移動した。
それ以降、俺を困らせるほどの敵はいなかった。
◇
ノエルと合流すると、なぜか建物はがらんとしていた。
ラピエルに返す借りがあって探してみたが、彼の姿も見当たらない。
「他のエルフたちは?」
「ここにいるリリカを除いて、皆アンデッドを防ぎに行きました。」
なるほど、ちゃんと自ら前線に出たわけか。
ここにいた戦力はエルヴンハイム最強の精鋭たちだ。危機に際して、自分の保身だけを考え、後ろ手に見物する地球の上層部とは違う。
「リリカさんは、ここに残っているんですね?」
「神域に入るために残りました。」
「……」
「神木の守護者なしでは神域には入れません。私も同胞を救いに行きたいですが、これもまたエルヴハイムのためなので、ここに残ったのです。」
つまり、あのオバサンとまた顔を合わせるってことか?
別れてから、まだそんなに経っていないのに、このまま情が湧きそうだ。
「どこに行っていたんですか? 部屋にいなくて、ずいぶん探しましたよ。体からお酒の匂いがしますね。」
ノエルが、つんと澄ました顔で俺を見つめる。
ああ、部屋に入った時から皆の雰囲気が悪かったのはそのせいか。
体の匂いで、俺が酒を飲みに外へ出ていたと思われたらしい。
「それが……」
俺は誤解を解くために、昨夜起きた出来事を話した。
「もう世界樹に会ってきたということですか。ふむ……」
「そ、そんなことが……」
同じ話を聞いたはずなのに、反応は三者三様だった。
ノエルは俺が世界樹に会ってきたという点に、リリカは俺が拉致されていたという部分に注目したのだ。
反応を見る限り、ラピエルが俺を攫うつもりだということは、リリカには伝えていなかったようだ。
しばらく険しい表情をしていたリリカは、
気持ちを落ち着かせると、硬い表情のまま俺を見て、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、ユージン様。ラピエルがそのようなことを企てていたとは存じませんでした。お客様をお招きしておきながら、このような不愉快な思いをさせてしまい、百回お詫びしても足りませんが……お詫びのしるしとして、私にできることなら何でもいたします。」
ん? 何でも?
彼女に悪感情はないが、ここまで言われると、受け入れるのが礼儀のような気がした。
大それたことを望むつもりはない。
帰る時に、活動資金をたっぷり用意してもらえれば十分じゃないか?
リリカは由緒ある家の令嬢だし、その程度は負担にもならないだろう。
俺は懐が潤って嬉しいし、彼女は心の重荷を下ろせる。まさに一石二鳥だ。
俺は彼女のために、声を低くして言った。
「顔を上げてください。そこまで頭を下げる必要はありません。知っていてやったわけでもないでしょう? 責任は後でラピエルに取らせますから。」
「知らなかったからといって、見過ごしていい問題だとは思えません。」
「うーん、そこまで言うなら……」
「ユージンがいいと言っているのに、いつまでも続けるのは見苦しい。次から同じ過ちを繰り返さなければ、それでいいだろう。この件はここまでにしよう。」
さすがに見かねたのか、
これまで存在感を消していたアイリアンが、初めて口を開いた。
いや、そうじゃなくて……。
大人の度量を見せる、という俺の計画が崩れてしまった。
俺のために出てきてくれたのはありがたいが、
どうせなら普段からそうしてほしいものだ。
とはいえ、ここで否定するほど空気が読めないわけでもない。
「アイリアンの言う通りです。誰がそんなことになると分かるものですか。」
「そう言っていただけるのでしたら……寛大なお心に感謝いたします。」
よし、これで終わりだ。
何の罪もないリリカを利用したところで、後味が悪くなるだけだ。
空気を変えようと、俺は別の話題を切り出した。
「ところで、神域へはいつ向かうんですか?」
「ユージン様がいらっしゃったので、今すぐ出発できます。」
なんだ、俺を待っていたのか。
「それじゃ、遅くなる前にそろそろ行きましょうか。」
「はい。ご案内します。」
まだ手遅れではなさそうだ。
俺たちは神域へ向かうため、席を立って外へ出た。
「きゃっ!」
「?」
不意に聞こえた女性らしい悲鳴。
何事かと思えば、リリカが世界樹を見て驚き、声を上げたのだった。
悪いわけじゃないが、
この一行に、あんな声を出す人物がいるとは思わなかった。
これまでの印象から、もっと肝の据わったタイプだと思っていたので、意外だった。
世界樹を指さし、リリカがどもりながら言う。
「こ、これは何ですか!? 世界樹様が……!」
「どうやら今回の攻撃で、これまで保っていた均衡が崩れたようだな。ひとまず神域へ行ってみなければ、事態を収拾できるかどうか分からん。」
確かに、以前より黒く染まった部分が増えている。
これ以上進行すればどうなるか分からないが、良い兆しではないだろう。
俺たちは急ぐことにした。
神域へ至る道は、世界樹の影響が及ぶエルヴンハイムの中で、特定の時間帯にランダムな場所へ出現するらしい。
俺たちはリリカを先頭にして移動した。
場所が分かる彼女がいれば、道のり自体は難しくない。
問題は――。
「グアアッ!」
肌の色が鈍い褐色へと変わったエルフが、理性を失って襲いかかってきた。
一人や二人ではない。今この瞬間も、街のあちこちから現れ、数は増え続けている。
「殺さないでください。今は理性を失っていますが、世界樹様の民です。問題が解決すれば、元に戻りますから。」
言うのは簡単だが。
殺すだけなら簡単だ。
だが、皮膚が変色してから身体能力が向上したのか、
命に別状なく制圧するのは、かなり骨が折れる。
「堕落してダークエルフに変じた。許容量を超える魔気を受け入れたせいで理性を失っているが、時間が経てば正気に戻るはずだ。」
「それは、いつだ?」
「さあな……各々の器次第だろう。」
要するに、バッテリー切れを待てというわけか。
ドン。
拳で殴り、
蹴り飛ばし、
掴んでは投げる。
市街地を進むにつれ、押し寄せるダークエルフの数は増え、俺たちの対応も次第に荒くなっていった。
これ以上は無理だと感じ、俺はリリカに向かって叫んだ。
「このままじゃ、今日中に神域へ辿り着くことすらできない! 他に方法はないのか!?」
事実上、世界樹か同胞か、どちらかを切り捨てろと言っているに等しい残酷な言葉だったが、
皆で座して滅びるくらいなら、今こそ選択するしかなかった。
「わ、私は……」




