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「こ、これは何だ?」


地震かと思うほど揺れ動く心象に、亀裂が走った。

ガラス窓のようにひび割れた隙間から、植物の根のようなものが無理やり入り込んでくる。


ミシミシ。


瞬く間に蔦のように広がっていく植物の根を見て。

あれに触れたらまずい気がして、思わず後ずさった。


異変を見守っていたアイリアンが、意味深な言葉を口にする。


「ふむ……始まったか。」


呆れた言葉を聞いて、俺は横を向いた。

いや、状況はだいぶ前から始まってますけど。


「一人だけ分かってるみたいな言い方しないで、俺にも教えてくれない?」

「他に言うことがあるか。大変なことになった、というだけだ。」


そんなの、目が付いてるんだから分かる。

聞いた俺が馬鹿だった。


俺たちがいる半径五メートルほどを残して、周囲はすべて奴に覆われていた。

あまりに急な出来事で、対処する時間すらなかった。


その時、黙っていたアイリアンが虚空に向かって叫んだ。


「私はシルバードラゴン、カール・アイリアンだ! 止まったところを見ると話の余地はありそうだな。他人の家に来たなら、姿を現して挨拶くらいしろ。」


何を見て言っているのかと思ったが。

直後、俺たちの前にある根から、緑の芽が吹いた。


芽は急速に成長し、花のつぼみを結ぶ。


さらり。


固く閉じていた花弁が一枚ずつ開き。

中から、女性の上半身が姿を現した。


警鐘を鳴らす直感。


ここが心象ではなく都市だったなら、即座に逃げ出していただろう。

それほどまでに、相手から放たれる存在感は圧倒的だった。


あれは人の形をしているだけで、決して敵うはずのない怪物だ。


ぱちり。


閉じていた目を開いた怪物が、口を開くと、甘美な声が流れ出た。


「シルバー族の子を見るのは久しぶりだな。」

「私も、噂に聞くだけだった世界樹に会うのは初めてだ。」

「!!」


どうりで、登場からして只者じゃないと思った。

敵のようではあるが、世の中どう転ぶか分からない以上、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。


「ユジンです。」

「人族の子か。」

「用が済んだなら、もう帰ってくれると助かるんだけど。」


刺々しい口調のアイリアン。

誰が見ても、不満たっぷりの言い方だった。


俺も気持ちは同じだったが。

普段は無遠慮な俺でも、場の空気くらいは読む。

ここで俺まで同じ態度を取ったら、本当にまずい気がして、必死に理性を繋ぎ止めた。


「先代のシルバー族の子は穏やかな性格だったが、今代はまるでレッドドラゴンのような気質だな。他所から来た客に会うのは久しぶりで、気分が良い。こうして会えたのも縁だ。聞きたいことがあれば、何でも聞くがよい。」


想像していた雰囲気とは違う展開に、俺は慎重に口を開いた。


「俺、殺されませんよね?」

「なぜそう思う?」

「あなたの部下が、俺を肥料にするって言って攫ったんじゃないんですか?」


それに答えたのは、横からだった。


「殺すつもりなら、わざわざこうして来たりはしないだろう。」


そうなのか?

確かに、肉を食う時に、屠殺する動物に情をかける奴はいない。よほどの悪趣味でもない限り。


これまで聞いてきた世界樹の行いが、半分でも本当なら、アイリアンの言う通り、そうはしないだろうと思えた。


その時、こちらを見ていた世界樹が笑った。

笑っただけで、心象が揺らぐ。


「シルバー族の子の言う通りだ。ふむ……とはいえ、栄養がないようにも見えぬ。望むなら、我と一つの存在にしてやることもできるぞ。」


世界樹の言葉に、俺は手を振った。


「いえ、今のままでいいです。」


ここで命を賭けた冗談を言う気はなかった。

口にしたことは守る、と言って、本当に俺を肥料にされかねない。


そう考えると、アイリアンがあれほど堂々としていたのも、これが理由だったのか。

俺は死を覚悟していたが、やはり年の功は侮れない。


俺は幾分か楽になった気持ちで、肩の力を抜いた。

名乗り合ったきり、黙り込んでいるアイリアンに代わって、俺が前に出る。


「ここから、いつ出られますか?」

「お前が食べた実の気が尽きれば、意識も戻るだろう。だが、望むなら今すぐに出してやることもできる。」


聞いていて、ありがたい言葉だった。

今はここに長居しても、いいことは何もなさそうだ。早く出るに越したことはない。


得意げなラピエルの顔に一発食らわせる、という自分との約束を果たす意味でも、俺は世界樹を見て言った。


「じゃあ、今すぐ出してください。」

「どうせなら、実の気を消化しきるまで待て。」

「急ぎでないなら、お前もそうした方がよい。実の気を余すところなく吸収すれば、弱い体も多少は丈夫になる。」


「……」


出るのも、自由にならないのか。

自分なりに強くなったつもりだったが。

この者たちの目には、まだ出発点にも立っていない子供同然なのだろう。


まあ、この連中の目から見れば、誰だって弱く見えるに違いない。

一人前になるには、最低でも超越者くらいにはならなければならないのだろう。


帰れと言っておきながら、世界樹は去らず、実の気を吸収し終えるまでやることもない。

質問してもいいと言っていたし、多少無礼なことを聞いても、可愛げがあると許してくれるのでは、と思えた。


「どうして、ここに来たんですか?」

「浄化系の能力を発現した者がいると聞いてな。本来は、我の心象世界で会うつもりだったが、どうにも気になって我慢できなかった。こうして会える機会ができたのに、訪ねて来ない理由があるか?」

「まあ、そうですよね。元の世界でも、浄化能力は希少でしたし。」


アイリアンの言葉に、世界樹は目を細めて微笑んだ。


「そうだ。エルヴンハイムの事情を聞いているかは分からぬが、我の状況は決して余裕があるとは言えん。助けとなる者かどうかを確かめるために来たのだ。」


地球では、ほとんど存在しないような能力だったのに。

浄化能力が高く評価されて、逆に気恥ずかしくなった。


「感想は?」

「悪くはないな。」

「お前の能力が、奪いたくなるほど欲しいそうだ。」


アイリアンが世界樹の言葉をリアルタイムで翻訳しているが、俺にもほぼ同じように聞こえた。


俺がアイリアンから聞いた話では、ラピエルは俺の能力を世界樹に捧げるために、今回の件を引き起こしたらしい。

ということは、能力を奪う方法がある、ということじゃないのか?


「俺の浄化能力を持っていって、直接使った方がいいんじゃないですか?」

「ふふ……」


俺の言葉を聞いた世界樹は、肩を揺らし、何かを堪えるような陰湿な笑みを漏らしたかと思うと。


すっ──


こちらへ歩み寄り、首に腕を回して、恐ろしいことを囁いた。


「そうしたいのは山々だが、我慢しているのだ。これ以上挑発するようなことを言えば、我も耐えられなくなる。本当にそれを望むのか?」


ぶんぶん。


熱い吐息が耳元をくすぐり、妙な感覚に陥ったが、必死に首を横に振った。

美しい女性が積極的に迫ってくれば喜ぶべきなのだろうが、怖さしかなかった。


「ふふ、心配するでない。他の生命の固有能力を奪っても、劣化した力しか得られぬからな。時間はかかるが、ガチョウの腹を裂かずに……ん?」


その時、俺を包んでいた世界樹が顔を上げ、何もない虚空を見上げた。

ただならぬ気配に、聞かずにはいられなかった。


「どうしました?」

「招かれざる客が来たようだ。」


するり。


首に回されていた腕が離れる。


「もう少しで実の気も尽きる。目覚めたら、仲間のいる場所へ戻るがよい。我は不意の客の相手をせねばならぬ。では、また会おう。」

「はい。」


突然現れ、風のように消えた世界樹。

それと同時に、心象を覆っていた木の根は消え、傷のように開いていた穴も塞がった。


二人きりになった空間に訪れる静寂。

緊張が解けた俺は、その場にどさりと座り込んだ。


「もう、行ったんだよな?」

「そうだ。」


何かに慣れようとすると、手に負えない相手が出てくるものなのか。

今回は結果的に敵ではなかったが、機嫌を損ねればどうなるか分からず、トイレに行きたいのを相当我慢していた。


「ふぅ……」


世界で一番安心できるはずの場所で、こんなにも気を張っているなんて。

弱いのが罪、というわけだ。


芽生えを眺めながら、ぼんやりと時間を過ごしていると。

世界樹の言葉通り、ほどなくして芽生えの周囲を巡っていた気が消えた。


今なら、現実の肉体で目を覚ませるという直感があった。


「出よう。」



目を開けると、見知らぬ天井だった。

壁は蔦植物に覆われていて。

もしかして幻覚に陥っているのでは、と思い、頬をつねってみた。


痛い。どうやら現実らしい。

横になっていた場所から起き上がった。

硬かったので地面かと思ったが、よく見ると石でできたベッドだった。


ぱっ。


姿を現したアイリアン。

呼んでもいないのに突然出てきても、もう特に気にならない。


「心配して来てくれたのか?」

「まさか。」


つれないやつだ。


出口を探そうと周囲を見回した。

どこも似たような景色で、場所が分からない。

中は相当広いらしい。


立ち上がった。

歩いていれば、いずれ道に出るだろう。


動くと、床にも木の根が張り巡らされている。

踏まないよう、できるだけ慎重に進んだ。

理由は分からないが、根が血管のように感じられたからだ。


そうして周囲を見て回っていると、偶然、別の石のベッドから人の手が突き出ているのが目に入った。


「……」


ここにマネキンがあるはずもない。

本物だろうか?


好奇心に勝てず、近くに落ちていた木の枝を拾って、蔦を持ち上げた。


「うっ……」


本物の人間だ。

頭と思しき場所を確認すると、耳が長い。エルフだった。


「気分の悪い場所だ。さっさと出よう。」

「こいつらは何だ?」

「お前がなりかけていたかもしれないものだ。」

「俺が?」

「そうだ。横になっているエルフを見る限り、もう寿命が尽きかけている。」


若く見えたが。

エルフは生涯、成人の姿を保ち。

死の一か月前から急速に老いていくという。


「エルフは老年期が短いとはいえ、エルヴンハイムで年老いたエルフを見たことがあるか?」


年老いたエルフ?

よく考えてみると、誰一人として皺のある者はいなかった。


「いや、ない。」

「どうやら死ぬ前に、こうして処理していたようだ。エルフは世界樹との相性も良いからな。塵のような気であっても、多く集めればエルヴンハイムを維持する助けになったはずだ。彼らが選んだ生き方だ。お前が口を出すことではない。」


「俺が責任を取るわけでもないしな。ただ、初めて見たからさ。」


余計な首を突っ込む気はない。

本人たちが望んだのなら、外部の人間である俺がどうこう言う筋合いはない。


蔦を元通りに覆い、外へ出るために歩き出した。

中は相当に広く、かなりの距離を進んでようやく外に出られた。


だが、俺が攫われている間に何が起きたのか。

空からアンデッドが、雨のように降り注いでいた。


「な、何だこれは?」


遠くてはっきりとは見えなかったが。

空から落ちてきているのは、間違いなくアンデッドだった。


しかも、遠くを見ると明らかに朝のはずなのに。

俺のいる場所は、太陽を覆うもののせいで、夜のように暗い。


だから世界樹は、先に帰ると言ったのか。

何が起きているのか分からないが、俺も戻った方が良さそうだ。


俺は急いでその場を離れた。

道中、時折アンデッドが立ちはだかったが、相手にもならなかった。


だが、どこかで見たことのある狼の獣人と鉢合わせた。

そいつは、他のアンデッドに比べて原形をほぼ保っており、強い気配を放っていた。

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