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アイリアンが指し示した先にあったのは、小さな家だった。


「質素だな?」


宮殿みたいな場所じゃなくても。

来る途中で見かけた屋敷くらいはあるんじゃないかと踏んでいたが。

いざ着いてみると、道路脇にあるこぢんまりとした家だった。


帰りの飛空艇チケット代を援助してもらうという計画は、撤回したほうがいいのかもしれない。


まだ諦めるには早い。

見た目と違って実は大金持ちかもしれないし。

それに、この地に来た目的を果たしてから考えても遅くはない。


余計な考えはひとまず脇に置き。

アイリアンが示した家の前に行って立ち止まった。


「これからどうする?」

「呼ぶんだ。扉を叩け。」


確かに、会うにはそれしかないか。

扉に掛かっている輪を掴んで叩いた。


ドン ドン。


そして一歩下がった。


誰かが出てくるのを待っていると、横でざわりとした気配がして、首を巡らせると庭の木が動いているではないか。


「どのような用件で来訪した。」


驚いたことに、喋った。

その言葉に答えたのは、俺ではなかった。


「ノエルに会いに来た。カール・アイリアンが訪ねてきたと伝えろ。」


スッ。


訪ねてきたドラゴンの名を口にしたアイリアンを、木が振り返る。

じっと観察したあと、言葉を向けたのは俺だった。


「待て。」


そう言うと同時に、扉よりも大きかった体が急激に縮んだ。


ギイッ ドン。


木が家の中に入ると。

アイリアンは俺の心を見透かしたかのように、先ほどの出来事について口を開いた。


「木の精霊だ。ガーディアンとして使うのに向いている。」


特別な管理も必要なく、自分もよく使っていたガーディアンらしい。


昔話を聞いていると。

中へ入っていた木の精霊が扉を開けた。


「ノエル様が、中へお入りくださいとのことです。」


あっという間に腰が低くなったやつだ。


「行こう。」


俺は先に入ったアイリアンの後を追って中へ入った。


「こちらへ。」


木の精霊に案内された先で、緑の女性が俺たちを迎えた。


「はじめまして。ノエルです。」


この家の主、つまりドラゴンだろう。

ちゃんとしたドラゴンに会うのは初めてだが。

街で見かける普通のエルフと変わらないように感じた。


「ユージンです。」

「久しぶりだな。」


ノエルは興味深そうな眼差しでアイリアンを見る。

言葉にはしないが、「どうしてこんな姿に?」という疑問が、表情にありありと浮かんでいた。


久々に会った友人が死んで、魂だけで来たも同然なのだ。

自分だったら驚いて卒倒していただろう。


沈黙が流れる中。

ノエルが俺の胸元あたりを見て。

事情を察したように頷いた。


「分かったなら協力しろ。」

「没落してなお、未練を捨てきれないのですか。」

「動ける限り、止まるつもりはない。」


間に挟まれた俺は放置され。

当人同士にしか分からない会話が続く。


「その割には、指一本動かしただけで止まりそうですけどね?」


実際、ノエルが指をわずかに動かすと。

立っているのもつらいほどの重圧を感じ、膝が勝手に折れた。


「ぐっ。」


まるで俺のいる空間だけ重力が強くなったかのようだ。

いや、重力が増したというより、周囲のマナ密度が異常なまでに高まったのだ。


「見ましたよね? ここで終わらせることもできます。無闇に押しかけて助けてほしいと言う前に、なぜ私があなたを助ける必要があるのか、まず理解させるべきでは?」


確かにその通りだ。

たまに思うが、アイリアンは他人の立場をあまり考えないところがある。

自分のやることは正しいと思い込むタイプ、というべきか。


それにしても、そろそろ体が重い。

これ、解いてくれないのか。


……待てよ。

よく考えたら、これ全部マナじゃないか?

不意に、ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。


なら、やることは一つ。

俺は全力で息を吸い込んだ。



久しぶりに訪ねてきたアイリアン。

力の大半を失っただけでなく、肉体まで失っていた。


ドラゴンも生き物である以上、衰えることはある。

だが、ノエルの基準では取るに足らない人間と契約まで結んだというのは、理解しがたいことだった。


もはやドラゴンとも呼べない旧友に。

口先だけの言葉ではなく、現実を突きつける必要があるように思えた。


「あなたの望みは、実現不可能です。それくらい、ご自身が一番分かっているでしょう?」

「ふん。」


没落してもその気性は直らないらしい。

旧情を思って一言言おうとしたその時、ノエルは不穏なマナの流れを感じ取った。


ユージンという人間を拘束するために投射したマナが、いつの間にか制御を離れつつあったのだ。


アイリアンもまた異変に気づき、ユージンを見た。


ハッ ハッ。


マナ呼吸をしているが。

いくらやっても、俺を取り囲むマナが微動だにしない。

理由は分からないが、がっちりと固まっている。

ふと、浄化したらどうだろうと思った。


汚染されたマナは見えない。

だが、俺が使えないのなら、汚染されているのと同じじゃないか。


少し前に強化もした。

以前はフィルターを通して一拍遅れる感覚だったが。

今は、意識するだけで手足を動かすように自然に使える。


まず範囲を絞って浄化を使った。

すると、それまで動かなかった連中が散り始める気配を捉え、俺は呼吸とともにマナを体内へ導いた。


そこからは一気だった。

堰を切ったように、一度開いた道を辿るのは容易い。


周囲のマナを精製するほどに、体を押さえつけていた圧迫感は薄れ、なんとか体を支えられるようになると、両足で立ち上がった。


死ぬほどきつかった。

体を起こすと。

二人がじっと俺を見ていたので、一言返した。


「何ですか? 俺の顔に何かついてます?」

「どうだ?」

「興味深いですね。」


相変わらず俺を透明人間扱いする二人。

何をしても気にしなさそうな状況で力を使ったせいか、腹が減った俺はカステラを差し出した。


「遅くなりましたが、お土産です。」

「お土産?」


中身が気になる様子だ。

ドラゴンでも、タダのものは魅力的らしい。


「ここへ来る途中に評判の店があったので、立ち寄って買ってきました。」


もちろん食べてはいないので、美味しいかどうかは分からない。

大通り沿いで商売しているのだから、ある程度の味は保証されているだろう。


嫌ではなかったのか、嬉しそうに受け取った。


「カステラ? ふむ、いつも手ぶらで訪ねてきていた誰かさんとは違って、ちゃんとしているようで安心しました。夕食はもう済ませましたか?」

「まだです。」

「それなら、これは夕食の後に食べましょう。その間は私の家だと思って、ゆっくり休んでいてください。」


ノエルが去った後。

リビングにはアイリアンと俺の二人だけが残った。

俺は彼女に見せつけるように肩をすくめてから席に座った。


「ほら、俺が何て言った? 喜ぶって言っただろ?」

「お前は社交辞令も分からないのか?」

「聞こえなーい。聞こえませーん。」


俺が耳を塞いで子どもじみたことをすると、

アイリアンは言い返すのをやめたのか、二人の間に静寂が流れた。


タタタッ、タタタッ。


退屈な沈黙の中、暇を持て余して指でテーブルを叩いた。

そしてノエルが戻ってくる前に、状況がどうなりそうか聞いておこうと思い、口を開いた。


「どう思う?」

「さあな。」

「ここまで来てダメだって言われたら、俺、ズボン履いたまま漏らすぞ。」


どう考えても、ノエルと初対面の俺より、

以前から付き合いのあるアイリアンの方が、場の空気をよく分かっているはずだ。


「何かを預けているわけでもないし、即答できる話ではない。私よりも、お前がノエルの気に入る方が可能性は高いだろう。それにしても、なぜズボンを履いたまま漏らすという話になる?」

「それだけ必死ってことだよ。本気でそんなことするわけないだろ。俺にも社会的体面ってものがあるんだから。」


他愛もないことで言い合っているうちに、ノエルが料理を運んできた。

俺は立ち上がって手伝おうとしたが、大丈夫だから座っていろと言われた。


「二人で何をそんなに楽しそうに話していたんですか? さっき、漏らすとか聞こえた気がしたんですが、トイレに行きたいんですか?」

「あ、いえ。僕らの冗談です。」

「二人で冗談を言い合うなんて……ずいぶん仲良しですね。昔なら想像もできなかったことです。」

「コホン。」

「当事者は恥ずかしいみたいですね。からかうのは後にしましょうか。さて……。」


ノエルの手振りに合わせて、見た目にも美味しそうな料理が次々とテーブルに並べられた。

木の精霊が枝を手のように使って動いており、ほとんど一人で用意しているようなものだったが。


「いただきます。」

「たくさんありますから、足りなければ言ってください。」

「はい。」


実際の人数は三人だったが、

食べられる口は二つだけなので、料理が足りなくなることはなかった。


夕食を終え、

デザートとしてカステラを分けて食べた。

牛乳と一緒に食べると、なかなか美味しかった。


カステラを一口かじって牛乳を口に含んだところで、ノエルが俺たちが訪ねてきた理由を尋ねた。


「あなたの中に、アイリアンのドラゴンハートの一部がありますよね。どんな用件で、ここまで来たのですか?」

「ゴホッ。」


不意打ちのようなノエルの言葉に、むせてしまった。

危うく口の中のものを噴き出すところだった。


「分かっているだろう。白を切るな。」


鍵を握っているのはノエルだ。

ここは慎重になった方がいい気がするが、

アイリアンにはそのつもりがないらしい。


まあ、ノエルも分かっていそうだし、回りくどくする必要もないか。


「ご存じの通り、僕の中にあるドラゴンハートは完全ではありません。僕がノエル様を訪ねた理由は……心臓を、少しでも回復させたくて来ました。」


逡巡しながら、ようやく口を開いた。

初対面のドラゴンに、心臓をくれだなんて言う日が来るとは。


「ふぅん、私に心臓を分けてほしいだなんて……私に求婚しているんですか、ユージンさん?」

「えっ!?」


予想外の言葉に驚き、思わず聞き返してしまった。

怒るでもなく、指で髪をくるくると弄びながら、平然とそんなことを言う姿の方が怖いのはなぜだろう。


「あら。私の聞き間違いでしたか? 確かに、心臓を分けてほしいと聞こえたのですが。」

「……確かにそう言いましたけど、求婚はしていません。」

「ふぅん……知らなかったんですか?」

「な、何をですか?」

「私たちに心臓を分けてほしいと言うのは、求婚と同じ意味なんですよ。だから、既に相手がいる身で堂々と浮気するのかと思って、驚いたんです。」

「僕が結婚を? い、いつですか?」


身に覚えのない結婚だ。


「奥さんと一緒に、私に会いに来たじゃないですか。」


その言葉に、俺は風切り音がするほど勢いよくアイリアンを振り返った。


「それはドラゴン同士で通じる表現だ。お前をからかっているだけだから、気にするな。」


その言葉を聞いて、ようやく安堵の息をついた。

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