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第六位階である成熟期に入った公認黒魔術師バルタザールは、指名依頼を受け、ギルドが斡旋した傭兵たちと共に南の城門を抜け、都市の外へと向かった。
そして程なくして、今回の依頼品がある場所を見つけた。
それは地中に埋められており、その周囲は負のエネルギーの影響で沼地のようにぬかるみ、アンデッドが群れ集っていたため、魔法に疎い傭兵であっても、この時点で怪しいと感じるほどだった。
案の定。
同行してきた魔族が、嫌悪感を露わにした顔で口を開いた。
「……こんなものが南門だけでなく、他にもあるということですか。バルタザール様、ここは我々が出ます。」
「いや。生者があそこに入れば、何が起こるか分からん。私が出よう。」
バルタザールが手を振ると。
彼の影の中から、狼の獣人の姿をしたアンデッドが姿を現した。
「マルコ。アンデッドを処理し、呪物を持って来い。」
その命令に従い、マルコは立ちはだかるアンデッドを次々と処理しながら進んでいった。
その様子を見ていた傭兵たちは、感嘆の声を隠さなかった。
「あのようなものを召喚獣にしているとは、心強いですね。」
「はは、久しぶりに良い素材が手に入ったものでな。」
まだアンデッドの強化は終わっていないが、ちょうど今使うには都合のいい個体だった。
召喚獣が敵を片付け、地中に埋められていた呪物を引き抜くと、下劣な気配が噴水のように噴き出した。
「うわっ。」
それを見たバルタザールは、傭兵たちを守るため、手にしていた杖を振るい、周囲一帯に防護結界を展開した。
パチパチ。
黒い結界にぶつかっては消えていく気配。
「か、ありがとうございます。バルタザール様。」
「おかげで助かりました。」
「同じ依頼を受けた仲間だ、この程度どうということもない。」
負のエネルギーが拡散し、同行してきた傭兵たちが耐えられるほど薄まったところで、ようやく結界を解除した。
「ちっ、間違いなく、こんなことをしたのは腕の足りない奴でしょうな。」
「だな。ここに居合わせていれば、俺たちで始末できたものを。」
結界が解かれ、安全になった傭兵たちは、口々に不満を漏らしていたが。
バルタザールは、召喚獣が持ってきた呪物を受け取り、黙って観察するだけだった。
該当地域のアボミネーションが討伐されたことで、呪物にも欠損は生じていたが、使用できないほどではない。
「処理しろ。」
その言葉と同時に、召喚獣マルコが鋭い爪を振るい、傍にいた傭兵を殺害した。
味方だと思っていた召喚獣の突然の攻撃に、傭兵たちはまともな反撃もできぬまま蹂躙された。
「素材にもならん虫けらどもが……。」
本来なら生きて帰れたはずだが。
自分たちの分を弁えなかった、それだけのことだ。
傭兵ギルドが監視として送り込んだ者たちが死んだことで、何か言われるかもしれないが、大事にはなるまい。
彼はまだ超越者には至っていないが、成熟期に達した黒魔術師。
彼のような強者は、タノス・ヘブンでも指折りの戦力であり、都市に滞在しているだけでも価値があるため、心証だけで制裁を受けることはない。
「行くぞ。」
今日中に残りも回収するには、急ぐ必要があった。
証拠として提出する分は、適当に選べばいいだろう。
◇
この一週間で、様々なことがあった。
シルバーからゴールドランクへ昇格し。
修練の合間には、ゴムゴムと食べ歩きもした。
タノス・ヘブンで二十年以上暮らしてきたというのに。
なぜかよそ者のゴムゴムの方が俺より店に詳しい、という点を除けば、今のところ平穏な日常だった。
「地図を広げろ。」
「はい。」
俺は傭兵ギルドで買った地図を広げた。
サララッ。
タノス・ヘブンを中心に、主要な地形や都市が描かれており。
指で地図を動かすと、別の地形が現れた。
「以前話した通り、これから他のドラゴンがどこにいるかを探す。分銅を地図の上に持て。」
俺はアイリアンの言葉に従い、雑貨屋で買ってきた分銅の紐を掴み、地図の上に垂らした。
しばらくすると、彼女が何かを唱え。
分銅がくるくると回りながら動き、ある一点でぴたりと止まった。
その場所を見たアイリアンの声が、低く部屋に響いた。
「そこにレッドドラゴンがいる。」
レッドドラゴンなら、真っ赤な奴か?
探す相手の属性まで分かるらしい。
俺は指でその地点を示しながら言った。
「じゃあ、最初はここに行くのか?」
「まさか。お前を連れて行って無事で済むかどうか分からん。」
「なぜだ? 同じ種族がいる場所だろう。何か問題でも?」
「だからこそ行ってはならん。レッドドラゴンは私と違って気性が荒く、凶暴だ。低い境地で訪れれば、その悪い気性に焼かれて灰になるだけだろう。」
そう言いながら、別のドラゴンを探し、無難な場所から回ると言った。
ひとまず地図に丸を付け、同じ作業を繰り返した。
そうして割り出された五か所。
アイリアンが地図の上に足を「トン」と乗せた。
「我々が向かうのは、ここだ。」
大きな木が描かれており。
そこには《エルヴンハイム》と記されていた。
「エルフがいる都市?」
あまりにも有名で、俺も知っている場所だ。
エルフという種族だけで集まって暮らしており、滅多に姿を見られないことで知られている。
俺自身、これまで生きてきて、肌の白いエルフを一度も見たことがないのだから、察するに余りある。
「そうだ。ここにいるグリーンドラゴンは、残っている者の中でも比較的温厚な部類に入る。」
グリーンドラゴン……行き先は決まった。
何となく、植物が好きで大人しそうな気がする。
地図を見る限り、距離があり、陸路で行くのは厳しそうだ。
他の手段としては、飛行船かポータルを使う方法があると聞いたが、どちらも高額らしい。
どうせ高いなら、瞬きする間に別の都市へ移動できるポータルの方がいいだろう。
翌日、魔塔を訪れた。
そして職員から、ポータルの使用は難しいと言われた。
「どうしてダメなんですか?」
「個人で無料使用するには、領主様の許可証が必要なのですが、お持ちでないとのことで……」
そう言って言葉を濁したあと。
俺を上から下まで見回し、慎重に続けた。
「……残る方法は、個人でポータル用の魔石を用意し、起動してくださる魔法使いを雇うことですが、費用がかなりかかります。」
「いくらですか?」
「五十億です。」
「……」
その言葉を聞いて、俺は言葉を失った。
いくらなんでも、あの値段はおかしいだろ?
使うなと言っているのと変わらないじゃないか。
とても手が出せない金額を聞かされ、呆れ返った俺は「また来ます」と言い残して魔塔を後にした。
外に出た俺は空を見上げた。
今日はやけに雲一つなく澄み切っている。
なんだかゴムゴムを誘って酒を飲みたくなった。
夕食に何を食べるか、つまみを考えているうちに、ふとゴールドランクの傭兵なら他国の仕事を受けられることを思い出した。
ということは、移動手段もあるということだ。
目的地にも行けて、依頼で金も稼げる。やらない理由がない。
俺は急いで傭兵ギルドへ向かった。
受付嬢に会い、他国の仕事を受けられるか尋ねた。
「ユージン様はゴールドランクですので、可能です。」
心の中でガッツポーズ。
どうやら記憶違いではなかったらしい。
「エルヴンハイムで受けられる依頼はありますか?」
「少々お待ちください。確認いたします。」
サラッ。
試験結果を待つような気持ちで紙がめくられる音を聞いていると、ほどなくして受付嬢が顔を上げた。
「条件に合うものはありませんね。」
飛空艇でも調べようと席を立ちかけたところで、受付嬢の一言が俺を引き止めた。
「代わりに、関連した依頼があるのですが、いかがでしょうか?」
「どんな依頼ですか?」
「ギズモ様から、世界樹の枝を探してほしいという依頼が出ています。」
世界樹の枝?
聞いただけでも難しそうだ。
いや、もしかしたらグリーンドラゴンにうまく話せば何とかなるかもしれない。
詳しい話を聞いた俺は、
やってみる価値はあると判断し、依頼を受けることにした。
やってみて無理ならキャンセルすればいいだけだ。やらない理由があるか?
信用ポイントが下がって不利益を被るだろうが、無理なものは無理だ。
傭兵ギルドを出た後は、エルヴンハイムへ向かう準備をした。
一番の問題はやはり飛空艇のチケットで、あまりにも高額なため片道分しか手に入らなかった。
行けそうにないとアイリアンに話すと、こんなことを言われた。
「ドラゴンは寿命が長い分、宝を集めるのが好きだ。今お前が震えている程度の金など、連中にとっては取るに足らん。まずは行くことだ。」
その言葉を聞いて、俺は同族を連れて行くついでに、
帰りの費用くらいは出してくれるだろうと考えた。
やがてタノス・ヘブンを発つ日が来た。
俺は飛空艇のある場所へ向かった。
「おお……」
そこには、途方もない大きさの船が何隻も停泊していた。
初めて見た瞬間、本当にあれが空を飛ぶのかと疑問に思った。
飛行機はエンジンの力もあり、翼もあるから空を飛びそうに見えるが、
飛空艇はどう見ても海にあるべきものが飛行場に置かれていたからだ。
手続きを終え、飛空艇に乗り込んだ。
割り当てられた部屋で荷解きをしていると、
しばらくして運航を開始するので席に着くようにというアナウンスが流れた。
ブーン―
少しして、ほんの一瞬だが、
体がふわりと宙に浮いたような感覚を覚えた。
運航が始まったのかと思い外に出てみると、
他の魔族たちも離陸の様子を見物しようと甲板に出てきていた。
俺はよく見るために手すりへ向かった。
手すりに立って下を見下ろすと、目がくらむほどの速度で上昇しているではないか。
飛行機とはまた違った感覚だった。
俺はまるで遊園地に来たかのような気分で、飛空艇の隅々まで歩き回った。
飛空艇での生活、数日後。
ドン!
グォーン―!
部屋で修練していた俺は、突然響いた轟音に何事かと外へ飛び出した。
外に出ると、そこにはモンスターの群れが見えた。
さきほどの音は、モンスターを迎撃する音だったのだ。
飛空艇から閃光が走った瞬間、
周囲のモンスターたちが力を失って落ちていく。
危険そうにも見えず、
まるで花火を打ち上げているようで、
見物していると隣から声をかけられた。
「まるでお祭りみたいですね。」
「そうでしょう? それも飛空艇の醍醐味というものです。」
白髪交じりの頭に制服姿。
この飛空艇の幹部クラスらしかった。
一緒にその光景を眺めながら、
彼は飛空艇について説明してくれた。
「……一定の波長を発しているため、普通の飛行型モンスターは飛空艇に近づけませんが、たまにこういう連中が現れるのです。あちらをご覧ください。」
俺は彼の指差す先を見た。
傷ついているのか死んでいるのか分からない同族を掴み、どこかへ消えていく飛行型モンスターの姿があった。
「群れで行動する連中で、食料が不足すると我々を襲ってくるのです。」
「でも、死んでいるだけですよね?」
「はは、攻撃が成功すればそれでよし、失敗してもそれはそれで都合がいい。ああして死んだ仲間を持ち帰れば、しばらくは食料に困りませんから。」
恐ろしい連中だ。
彼と雑談しながら眺めているうちに、
いつの間にか雲の群れのようだったモンスターたちは散っていた。
飛空艇に乗って一か月。
遠くに、数キロはありそうな巨大な木が目の前に現れた。




