第8話 最初の報告
夜明け前、塔はまだ眠っていた。
魔導ソーラーパネルは、夜間用の循環に切り替わり、淡い魔力が一定の速度で巡っている。
サヨコを引き寄せた以外の異常はなかった。
トールは一階の応接室で、机に向かっていた。
帳面ではない。
白い紙だ。
「……報告書」
そう呟いて、ペンを取る。
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師匠ウエルには、ただの留守番ではなく塔の管理も任されているので報告義務がある。
魔導ソーラーパネルの異音。
その経過。そして――
今は、想定外の事態。
「……整理しろ」
自分に言い聞かせる。
感情ではなく、事実を。
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トールは、静かに書き始めた。
『北部の調査、ご苦労様です。
塔は現在、問題なく維持されています。
魔導ソーラーパネルの出力は安定していますが、
数日前より微弱な異音を確認しています。
記録は継続中です。』
一行、間を置く。
ペン先が、わずかに止まった。
『本日、
魔導ソーラーパネルに
人の魂と思われる霊体が引き寄せられました。』
事実だ。そのまま書く。
『会話が成立し、
攻撃性は確認されていません。
服装および言動から、異世界由来の魂であると判断しました。
物理干渉不可。
癒し魔法は効果なし。現在は観察対象として、処置を保留しています。』
書き終え、
トールはペンを置いた。
「……これで、隠したことはない」
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「内容としては、十分だにゃ」
クロが、いつの間にか机の上に座っていた。
「感情も、判断も、余計な装飾もない」
「……師匠は、どう思うかな」
「叱られる可能性は、あるにゃ」
クロは率直だった。
「だが、判断を下したこと自体は否定されないにゃ」
トールは、小さく頷いた。
「……それならいい」
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封をし、魔力を込める。
ウエル専用の通信術式。
距離が離れていても、文書を届けることができる。
紙が淡く光り、やがて霧のように溶けて消えた。
「……行ったな」
「送った以上、あとは返事を待つだけだにゃ」
クロは床に降り、伸びをする。
十四歳の管理者が、想定外のことに対応し報告書まで書いた四日の終わりだった。
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朝。
サヨコは、天井近くで静かに浮いていた。
「……何してたの?」
「報告」
トールは短く答える。
「師匠に、今の状況を伝えた」
「……怒られる?」
「分からない」
正直な答えだった。
「でも、黙っている方がもっと良くない」
サヨコは、少し安心したように息を吐いた。
「……ちゃんとしてるんだね」
「留守番だけど、管理者だからな」
クロが、
誇らしげに言う。
「ボクが補助してるからにゃ」
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昼過ぎ。
魔力の揺らぎが、応接室に伝わった。
「……来る」
トールが立ち上がる。
机の上に置いた紙が、淡く光り始めた。
先ほどとは逆だ。魔力が、集まってくる。
やがて、一通の手紙が現れた。
トールは、静かにそれを開く。
『状況は把握しました。
異世界由来の幽体について、無害である限り、私が戻るまで保留とします。』
短い文。
だが、最後の一行に、視線が止まった。
『北部の件は思ったより厳しいですが、可能な限り早く帰還します。』
トールは、小さく息を吐いた。
「……帰ってくる」
「安心したかにゃ」
「……少しだけ」
正直だった。
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サヨコは、その様子を黙って見ていた。
「……わたし、しばらくここにいていい?」
トールは、手紙を畳んで答える。
「師匠の許可は出た」
「……そっか」
「ただし、何か変化があれば、すぐ報告する」
クロが念を押す。
「記録と相談は、怠るなにゃ」
サヨコは、深く頷いた。
「……分かった」
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塔は、再び静けさを取り戻す。
だが今度は、許可された静けさだった。
保留という判断。報告という責任。その両方を背負いながら、トールは留守番を続ける。
十四歳の管理者として。
そして――
この静かな日常が、しばらく続くことを、誰も疑っていなかった。
十四歳の管理者が、師匠の帰還の話が出てほっとした五日目だった。




