第6話 落ちてきた魂
異変は、
音よりも先に――
空気の質を変えた。
夕刻。塔の中を巡る魔力が、わずかに重くなる。
「……?」
トールは、帳面から顔を上げた。
理由は分からない。
だが、いつもと同じではない。
「クロ」
「気づいたにゃ」
クロはすでに立ち上がり、耳ではなく、魔力の流れを読んでいる。
「バルコニーだにゃ」
⸻
階段を駆け上がるにつれ、魔力の流れがはっきりと乱れていく。
引っ張られている。バルコニーへと。
(……引き寄せ)
バルコニーに出た瞬間、トールは理解した。
魔導ソーラーパネルが、いつもより強く光っている。
出力過多ではない。だが、魔力の集まり方が違う。
「……まずい」
言い終わる前に――
空が歪んだ。
光が、落ちる。
衝撃音はなかった。
ただ、“抜け落ちる”ように。
淡い光の塊が、パネルの上にふわりと降りた。
次の瞬間、魔道回路が一斉に明滅する。
「……抑えろ!」
トールは即座に魔力を展開した。
木の魔法。成長を抑え、流れを整える術。
だが――
抵抗はない。
光の塊は、ただそこに在った。
「……魂、だにゃ」
クロの声は、低く、確信に満ちていた。
「不完全だが、確かに人の魂にゃ」
トールは、距離を取ったまま観察する。
大きさ。
形。
揺らぎ方。
攻撃性は、ない。
⸻
やがて、光はゆっくりと形を整えた。
輪郭がはっきりし、人の姿に近づいていく。
「……え?」
小さな声。
「……ここ、どこ……?」
戸惑いはある。だが、恐慌はない。
トールは、一歩も近づかずに言った。
「動くな。」
「……声、聞こえる?」
「聞こえる」
クロが、即座に割って入る。
「近づくなにゃ」
魂――
少女は、空中で静止した。
⸻
トールは、少女を観察した。
顔立ち。髪型。
そして――服装。
膝より上の丈のスカート。
素足。
装飾の少ない布地。
(……あり得ない)
この世界では、女性が脚を露出する服装はほとんど存在しない。
寒暖ではない。文化の問題だ。
「……その服」
トールが言うと、少女はきょとんとした。
「え?」
「この世界のものじゃない」
クロが補足する。
「織り方も、裁断も違うにゃ」
少女は、自分の服を見下ろした。
「……制服、だけど」
「……セイフク?」
トールは、その単語を知らなかった。
「高校の」
少女は、当たり前のように言う。
「コウコウノ?」
その瞬間、トールの中で情報が整理される。
服装。
言葉。
文化。
「……異世界人だ」
断定だった。
「君は、異世界から来た魂だ」
クロも、否定しない。
「判断としては、妥当だにゃ」
少女は、少し困ったように笑った。
「……やっぱり、変だよね」
「変ではない」
トールは、
静かに言った。
「ただ、ここでは異質だ」
⸻
魔導ソーラーパネルの光が、徐々に落ち着いていく。
「……原因の一つは、これだな」
「一因だにゃ」
クロは、パネルから視線を離さない。
「だが、これで終わりとは限らないにゃ」
トールは、その言葉を記憶に刻んだ。
⸻
応接室。
少女は、天井近くに浮いている。
「……名前、サヨコ」
「トールだ、この猫がクロ」
名乗りは、簡潔だった。
帳面を開き、トールは今日の日付を書く。
――異変
・異世界由来の人魂、出現
・会話可能
・攻撃性なし
・魔導ソーラーパネルと関連あり
「……ここにいる理由は、まだ分からない」
サヨコは、静かに頷いた。
「……うん」
「だから、処置は保留する」
クロが、短く締める。
「今日から、観察対象が増えたにゃ」
トールは、小さく息を吐いた。
塔は、もう“静かなだけの場所”ではない。
だが――判断は、まだ自分の手の中にある。
それだけは、確かだった。




