第5話 異音の記録
異音は、消えてはいなかった。
朝の点検でバルコニーでた瞬間、トールはそれを感じ取った。
「……やっぱり、あるな」
魔導ソーラーパネルは、朝日を受けて穏やかに輝いている。
出力は安定。蓄積率も、放出効率も正常。
数値だけを見れば、何の問題もない。
それでも――
耳ではなく、魔力を通して聞こえる違和感があった。
「昨日より、少しだけ……」
「変わっていないにゃ」
クロはバルコニーの手すりに座り、冷静に言った。
「音そのものは、昨日と同じにゃ」
「……なら、悪化はしていない」
「そう判断できるのは、記録していたからだにゃ」
トールは頷き、帳面を開いた。
⸻
――魔導ソーラーパネル
・異音、継続
・強度変化なし
・出力、蓄積率ともに正常
書き終え、ペン先を止める。
「……原因が分からないのが、一番厄介だな」
「整備士を呼ぶにゃ?」
「異音だけで整備士を呼んでも迷惑だろう。」
「賛成だにゃ」
トールは、その返事を静かに受け止めた。
⸻
昼。
塔の中で、いつも通りの作業を進める。
結界の確認。蔵書階層の湿度調整。魔道具の動作確認。
だが、意識の端に、常に魔導ソーラーパネルの存在があった。
(……気になる)
気にしすぎかもしれない。
だが、気づいた以上、無視はできない。
「……クロ」
「何だにゃ」
「この音、外的要因の可能性は?」
クロは、少しだけ考えた。
「天候、地脈、周囲の魔力流動、にゃ」
「……どれも、今のところ安定してる」
「だから、内部要因か、“引き寄せ”だにゃ」
トールは、一瞬だけ表情を引き締めた。
「……やっぱり、そうなるか」
「可能性の話だにゃ」
クロは、即断を避ける。
「だが、可能性として排除はできない」
⸻
午後。
風が、少し強くなった。
バルコニーに出て、パネルの様子を再確認する。
その時――
一瞬だけ、異音が強まった。
「……今の」
「聞こえたにゃ」
二人の視線が、同時にパネルへ向く。
だが、数秒後には元に戻った。
「……一過性」
「外的要因ではないにゃ」
トールは、帳面に新たな行を加えた。
――異音
・午後、瞬間的に増幅
・原因不明
・外的要因と断定できず
「……増えてきたな」
「それでいいにゃ」
クロは言う。
「記録は、不安の量じゃないにゃ」
「……?」
「判断材料の量だにゃ」
その言葉に、トールは少しだけ安心した。
⸻
夕方。
一日の記録をまとめる。
ページは、確実に埋まってきている。
「……師匠が戻るまで、持つだろうか」
思わず、口に出ていた。
「“持たせる”のが、管理者の役目だにゃ」
クロは、低く言った。
「祈るな。備えろ」
トールは、帳面を閉じる。
異音は消えない。
だが、見失ってもいない。
それだけで、今日は十分だと自分に言い聞かせた。
⸻
夜。
塔は静かだった。
魔導ソーラーパネルは、昼に蓄えた魔力を穏やかに巡らせている。
その奥で――
まだ名前も知らない何かが、確かに近づきつつあることを。
トールは、まだ知らない。
だが、記録は続いている。
それが、次の出来事へとつながっていくことを。
十四歳の管理者が、不安になれてきた三日の終わりだった。




