第4話 空腹は魔力で埋まらない
昼前、塔の中は静かだった。
結界は安定し、魔導ソーラーパネルの出力にも変化はない。
帳面を閉じ、トールは小さく息を吐いた。
「……ひと通り、終わったな」
「“終わった”と言うには、まだ早いにゃ」
クロは窓辺に座り、外を眺めたまま言った。
「管理は、区切りがないにゃ」
「分かってる」
そう答えたが、トールは椅子に腰を下ろした。
その瞬間――
腹の奥が、わずかに鳴った。
「……」
「聞こえたにゃ」
「……聞こえたな」
誤魔化しようはなかった。
⸻
炊事場に向かい、棚を開ける。
保存パン。
干し肉。
乾燥野菜。
「……これで、いいか」
魔道カセットコンロに火を入れ、鍋に水を張る。
乾燥野菜を放り込み、少し煮る。
手順は簡単だ。
失敗もしない。
だが、完成したスープを見て、トールは少し首を傾げた。
「……薄いな」
「味の話だけじゃないにゃ」
クロが、鍋を覗き込む。
「栄養の話だにゃ」
「……生きていく分には、足りてるだろ」
「“生き延びる”分には、にゃ」
クロはきっぱり言った。
「だが、集中して魔法を使い、判断を下すには足りないにゃ」
トールは、黙ってスープを一口飲んだ。
不味くはない。
だが――
力が湧く感じもしない。
⸻
午後。
書庫で、記録を整理する。文字を追うが、頭に入ってこない。
(……集中、落ちてる)
自覚はあった。
だが、どう立て直せばいいのか分からない。
「……クロ」
「何だにゃ」
「師匠は、こんな時どうしてた?」
クロは、少し考えてから答えた。
「食べて、寝て、体を整えていた」
「……魔法じゃなくて?」
「魔法使いだからこそ、だにゃ」
クロの声は、静かだが断定的だった。
「魔力は、身体を通して使うものだにゃ」
「……」
トールは、言葉を失った。
⸻
夕方。
点検作業を終え、帳面を開く。
今日の記録に、4行書き足す。
――体調
・軽い空腹感
・集中力低下
・食事内容、要改善
「……こんなことまで、書くのか」
「数値に出ない異常ほど、後で効くにゃ」
クロは当然のように言う。
「管理とは、問題が起きる前に気づくことだにゃ」
トールは、その言葉を噛みしめた。
(師匠は……こういうところも、全部見てたんだな)
⸻
夜。
ベッドに横になっても、眠りは浅かった。
身体は疲れているのに、頭だけが冴えている。
「……管理って、思ってたより、難しいな」
「心配だにゃ」
クロは、
ベッド脇で丸くなる。
「だが、気づいたのは進歩だにゃ」
「……そうか?」
「そうだにゃ」
クロは目を閉じた。
「気づかずに無理をする者は、
多いにゃ」
トールは、天井を見上げた。
塔は静かだ。
だが、自分の中には、確かに“足りないもの”がある。
それは魔力ではない。生きるための、当たり前の部分。
十四歳の管理者が、不安が出てきた二日の終わりだった。




