第3話 魔導ソーラーパネル
2階のバルコニーに出ると、朝の光がまっすぐに降り注いでいた。
雲は薄く、風も穏やかだ。
「……今日は、条件がいいな」
トールはそう呟き、バルコニーの中央に据えられた装置を見下ろした。
魔導ソーラーパネル。
金属製の枠に、複数の魔導石が組み込まれた平たい装置だ。
表面は滑らかで、陽光を受けるたびに、内部の魔道回路が淡く緑色に輝く。
「まだ普及し始めたばかりの技術だにゃ」
クロが、バルコニーの手すりに座って言う。
「国全体でも数えるほど、にゃ。高価だし、扱える人も限られるにゃ」
トールは頷いた。
魔導ソーラーパネルは、太陽光を魔力へ変換し、蓄える装置だ。
昼の間に魔力を集め、夜はそれを放出する。
魔道水道。
魔道カセットコンロ。
塔全体を覆う結界。
そのすべてが、
この装置を中心に動いている。
「師匠が導入した理由も、分かる」
「安定していれば、非常に優秀だにゃ」
クロはそう言って、尻尾を揺らした。
「だが――」
「新しい、ってことは」
トールが先に言う。
「想定外がある」
クロは、満足そうに目を細めた。
「理解が早いにゃ」
⸻
トールは点検用の魔導板を取り出した。数値を確認する。
出力。
蓄積率。
放出効率。
「……どれも、正常」
理論値からのズレはない。
だが、トールは視線を外さなかった。
「……クロ」
「何だにゃ」
「音、聞こえるか?」
クロは耳を澄ませた。
一瞬の沈黙。
「……微かににゃ、だが」
クロの声が、少しだけ低くなる。
「魔力の流れに、
別の揺らぎが混じっているにゃ」
トールも、それを感じていた。規則正しい魔力の循環の中に、わずかな不協和音。
機械音とも、魔力反応とも言い切れない。
「……壊れてる感じじゃない」
「整備士を呼ぶほどでもないにゃ」
クロは、淡々と告げた。
⸻
トールは帳面を開いた。
日付と時刻を書き、
状況を簡潔に記す。
――魔導ソーラーパネル
・出力正常
・蓄積率、放出効率ともに安定
・微弱な異音あり
・原因不明
「……今は、触らない」
「正解だにゃ」
クロは即答する。
「原因が分からない段階で手を入れるのは、一番やってはいけないにゃ」
「師匠も、同じこと言ってた。それに、魔導ソーラーパネルは新しい技術で、異常があれば、すべて記録に残すこととも」
「だから、君は記録しているにゃ」
その言葉に、トールは少しだけ肩の力を抜いた。
⸻
バルコニーを離れる前、トールはもう一度パネルを見た。
光を受けて、静かに輝く装置。何も起きていない。少なくとも、今は。
(……見逃すな)
自分に言い聞かせる。守るということは、異常に気づくこと。
そして――
気づいた事実を、なかったことにしないこと。
⸻
塔の中に戻ると、いつもの空気が戻ってきた。
「……次は、結界の確認だな」
「忘れていないのは評価するにゃ」
クロの言葉に、トールは小さく笑った。
「まだ、始まったばかりだ」
「その通りだにゃ」
塔は静かだった。
だがその静けさの奥で、確かに何かが――
少しずつ、引き寄せられ始めていた。




