第24話(最終話) その先へ
朝。
塔の中に、いつもの音が戻っていた。
魔力の循環音。
階段を伝う風。
遠くで鳴く鳥の声。
すべてが、「元通り」だった。
だが――
同じではない。
トールは、中庭に立っていた。
十四歳の魔法使いの弟子。それは変わらない。
けれど、一度、塔を預かった者の立ち姿だった。
⸻
「……今日から、また修行だ」
トールは、自分に言い聞かせるように呟いた。
ウエルは、少し離れた位置でその背中を見ている。
「急ぐ必要は、ありませんよ」
「……分かってます」
トールは、
振り返らずに答えた。
「でも、止まる気も、ありません」
ウエルは、一瞬だけ目を細めた。
「……それで、いい」
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クロは、庭石の上で前脚を組んでいた。
「やれやれだにゃ」
「……何がだ」
「なぜ子供は、子供でいられる時間を短くするにゃ」
トールは、少しだけ苦笑した。
「……クロから見て、オレはどうだ」
「まだ、子供だにゃ」
即答だった。
「だが」
一拍。
「自分が子供だと分かっている分、悪くない」
トールは、その言葉を静かに受け取った。
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蔵書階層。
整理された机。閉じられた魔導書。
異世界転移の本は、元の棚に戻されている。
「……終わったこと、なんだな」
トールは、本の背を指でなぞった。
忘れるためではない。しまうためだ。
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昼。
ウエルは、久しぶりに自分で茶を淹れていた。
「……留守の間、あなたは多くを学びました」
「はい」
「知識だけではありません」
ウエルは、カップを差し出す。
「判断。責任そして、別れ」
トールは、カップを受け取った。
「……全部、必要でした」
ウエルは、ゆっくりと頷いた。
「ええ」
「……魔法使いにとって、特に」
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午後。
庭で、簡単な訓練をする。
木の魔法。成長と癒し。
芽は、まっすぐに伸びた。
無駄がない。
「……上達しましたね」
ウエルの言葉に、トールは首を振る。
「……前より、分かるようになっただけです」
「それを、上達と言うのです」
⸻
夕方。
塔の影が、長く伸びる。
トールは、バルコニーへ上がった。
魔導ソーラーパネルは、停止している。
もう、何も引き寄せない。
「……ちゃんと、帰れたかな」
答えは、返ってこない。
それでも、不安はなかった。
⸻
クロが、隣に座る。
「後悔は?」
「……ない」
即答だった。
「寂しさは?」
「……ある」
「それでいいにゃ」
クロは、満足そうに言った。
「それを抱えられるなら、もう大丈夫だ」
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夜。
灯りの下で、トールは帳面を開いた。
――留守番記録
・全行程終了
・塔、異常なし
・管理、完了
最後の一行を、少し迷ってから書き足す。
――得たもの
・覚悟
・選択
・別れを受け止める力
ペンを置く。
「……終わったな」
「終わったにゃ」
クロは、欠伸をした。
「だが、人生は続く」
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塔の外では、世界が動いている。
村も。
北部も。
別の世界も。
そして――
トールの時間も。
まだ未熟だ。
だが。
一人で立つことは、もう知っている。
ウエルは、静かにその背中を見送った。
安心と、ほんの少しの寂しさを胸に抱いて。
クロは思う。
(……まだまだ、
子供だにゃ)
だが同時に。
(……それで、
いいにゃ)
夜は、穏やかに更けていく。
塔は、今日も静かにそこに立っている。
――その先へ進む者を、
見守りながら。
〈完〉
サヨコの帰還後をいつか書きたいです。




