第23話 師匠の帰還
昼前。
塔の結界が、わずかに揺れた。
攻撃ではない。警告でもない。
「……帰ってきたにゃ」
クロが、ぽつりと言った。
トールは、すぐに立ち上がらなかった。
ただ、胸の奥がすっと軽くなるのを感じていた。
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前庭。
外套を羽織った男が、そこに立っていた。
背は高く、姿勢は変わらない。
長い杖を地面に突き、その先端が淡く緑に光っている。
「……ただいま戻りました」
ウエルの声は、いつも通り穏やかだった。
「……お帰りなさい、師匠」
トールは、深く頭を下げた。
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「留守を、よく守りましたね」
ウエルは、周囲を一度見渡した。
結界。魔力の流れ。塔の気配。
「……異常は?」
「……すべて、記録通りです」
トールは、帳面を差し出す。
ウエルは、それを受け取り、一ページずつ丁寧に目を通した。
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「……判断を、自分で下しましたね」
「はい」
トールは、視線を逸らさない。
「迷いましたが、保留と、送還と、魔導ソーラパネルの停止を」
ウエルは、ゆっくり頷いた。
「正しい判断です」
その一言は、重かった。
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応接室。
三人は、いつもの位置にいた。
サヨコの姿は、もうない。
だが、話題に出さなくても、分かっていた。
「……北部の件は、どうだったんですか」
トールが、そう尋ねると、
ウエルは、少しだけ目を伏せた。
「厳しい状況でした」
「……」
「今も厳しいですがめどはつきました」
それは、医師としての報告だった。
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「……あなたを 連れて行かなくて、本当に良かった」
ウエルは、静かに言った。
「伝染病は、魔法以前の問題も多い」
「……はい」
トールは、短く答えた。
「……よく、一人で耐えましたね」
その言葉に、トールは少しだけ戸惑った。
「……一人、ではありませんでした」
クロが、胸を張る。
「ボクもいたにゃ」
ウエルは、わずかに微笑んだ。
「……そうでしたね」
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沈黙。
それは、安心の沈黙だった。
「……師匠」
トールが、意を決したように言う。
「オレ、守れました」
ウエルは、しばらくトールを見つめ、
やがて、ゆっくりと答えた。
「ええ」
「……そして」
一拍置いて。
「あなたは、成長しました」
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その言葉は、称賛ではなかった。
確認だった。
ウエルは、師として、確かめただけだ。
「……ありがとうございます」
トールは、そう言うしかなかった。
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夕方。
ウエルは、塔の各階を見て回っていた。
魔導ソーラーパネル。
結界核。
蔵書。
どれも、
丁寧に管理されている。
「……痕跡が、残っていませんね」
「……はい」
トールは、正直に言った。
「全部、終わらせました」
ウエルは、それ以上何も聞かなかった。
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夜。
灯りの下で、トールは少しだけ力を抜いた。
「……終わったな」
「終わったにゃ」
クロは、あくびをする。
「……でも」
「でも?」
「……少し、寂しい」
クロは、尻尾を揺らした。
「それは、当たり前だにゃ」
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ウエルは、その様子を少し離れて見ていた。
(……もう、守るだけの子ではない)
その事実が、嬉しくもあり、
ほんの少し――
寂しかった。




