第22話 静かな朝
朝。
塔の中に、光が差し込んでいた。昨日と同じ。けれど、確実に違う。
トールは、自分が立っている場所をしばらく見つめていた。
バルコニー。
術式があった場所。
そこにはもう、サヨコを示すものは何も残っていない。
ただ、冷えた石床に魔法陣だけがあった。
「……終わったな」
独り言は、風に溶けた。
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「成功したにゃ」
クロが、背後から言う。
「術式は、完全に閉じているにゃ」
「……再発は?」
「少なくとも、同じ条件では起きないにゃ」
トールは、小さく息を吐いた。
「……そうか、だが、念のため魔導ソーラパネルは停止しておこう。また、別の魂を引き寄せてしまうかもしれない。」
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炊事場。
朝の支度をする。
鍋に水を張り、火を入れる。
ついつい昔の動作。
「……保存パンと干し肉」
そう呟いてから、
一瞬、手が止まる。
(……いや)
トールは、
サヨコが教えてくれた食事を用意した。
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食卓に座る。
いつもの場所にサヨコはいない。
「……」
クロが、
サヨコがいた場所を見た。
「寂しいかにゃ?」
「……いや」
トールは、
短く答えた。
「寂しいかも」
クロは、
何も言わなかった。
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食事を終え、
帳面を開く。
――送還術式
・成功
・霊的残滓なし
・魔導ソーラーパネル停止
淡々と記録する。
手は、震えていない。
だが、胸の奥に空白がある。
それを、否定しなかった。
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昼。
結界の点検。
魔力は、驚くほど安定していた。
「……負荷が、減ってる」
「当然だにゃ」
クロが言う。
「狙われる理由が、なくなったにゃ」
「……理由、か」
トールは、空を見上げた。
そこに、赤い光はない。
魔導ソーラパネルを停止させたので、結界核にはトールが直接に魔力を補充した。
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午後。
蔵書階層。
昨日まで必死に探していた本が、今はただの散らかっているだけになった。
「……必死な時は、気にしてられなかった。片づけるとなると嫌になる。」
クロが、棚の上で尻尾を揺らす。
「それが、生きているということにゃ」
「……生きてる、か」
⸻
夕方。
村へ出る。
買い出しは、必要最低限。
「……食材、変わったな」
以前なら、保存重視だった。
今は、栄養と鮮度。
「……教わった、ってことだな」
口に出してから、少しだけ笑った。
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夜。
塔に戻ると、静けさが迎える。
怖さは、ない。
寂しさは、ある。
トールは、椅子に腰を下ろした。
「……クロ」
「何だにゃ」
「オレ、ちゃんと送れたか?」
クロは、すぐには答えなかった。
やがて、
静かに言う。
「選ばせて、支えた。それ以上は、ないにゃ」
トールは、目を閉じた。
「……ああ」
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夜空に、星が戻っていた。
一つの役目は、終わった。
だが、トールの日常は続く。
守るべき塔。
巡る魔力。
そして――
次に進むための、確かな一歩。
静かな朝は、終わりではなかった。
始まりだった。
十四歳の管理者が、寂しさをかみしめた十三日目だった。




