第21話 夜の儀式
夜。
月は雲に隠れ、星も少なかった。
屋上に張られた結界は、いつもより静かに脈動している。
バルコニーの魔導ソーラーパネルが、淡く、しかし確かに光を放っていた。
そばに魔法陣が描かれている。
「……始める」
トールの声は、落ち着いていた。
震えはない。
クロは、結界核のそばに座る。
「外は、騒がしくなってきているにゃ」
遠く。赤い光が、ゆっくりと数を増やしている。
群れが、近づいている。
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サヨコは、魔法陣の中心に浮いていた。
足元には、刻まれた魔法陣。
引き寄せの術式を、反転させたもの。
「……怖い?」
トールが、そう尋ねた。
サヨコは、少し考えてから答える。
「怖いよ」
「……」
「でも」
視線を上げる。
「ちゃんと、 帰りたい」
トールは、小さく頷いた。
「……分かった」
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魔力を、ゆっくり流す。
木の魔法は、本来は癒しと成長の術。
だが今は、“流れを整える”ために使う。
「……いけるにゃ」
クロが、低く告げる。
「共鳴が、安定しているにゃ」
魔導ソーラーパネルの光が、一段階、強まった。
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その瞬間。
結界の外で、鋭い鳴き声が上がる。
一つではない。重なり合う声。
「……来た」
トールは、歯を食いしばる。
「クロ!」
「分かっているにゃ」
クロは、結界へ魔力を流し込む。
膜が、一瞬だけ厚くなる。
黒い影が、外側に浮かび上がった。
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魂ぐらいたちが、結界を叩く。
音は、聞こえない。
だが、魔力が軋む。
「……集中しろ」
トールは、自分に言い聞かせる。
目の前には、サヨコ。
守る対象ではない。
送り返す存在だ。
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「……トール」
サヨコの声が、少し揺れた。
「……なに」
「ありがとう」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
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術式が、回転を始める。
魔導ソーラーパネルの光が、円を描く。
「……流れ、捕まえた!」
クロの声。
トールは、全神経を集中させる。
「……戻れ」
命令ではない。願いだった。
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結界が、大きく揺れる。
魂ぐらいの一体が、無理やり侵入しようとする。
「……っ!」
クロが、前に出た。
「させないにゃ!」
式獣としての本来の姿が、一瞬だけ現れる。
赤い影が、結界と一体化し、侵入を弾き返す。
「……クロ!」
「今だにゃ!」
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光が、一気に収束する。
サヨコの輪郭が、揺らぐ。
「……あ」
サヨコは、自分の手を見る。
「……重い」
「……肉体との接続が、戻り始めている」
トールは、叫ばなかった。
ただ、魔力を流し続ける。
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「……トール」
サヨコの声が、少し遠くなる。
「……ちゃんと食べるんだよ」
「……ああ」
「……またね」
「……ああ」
それが、最後だった。
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光が、弾ける。
一瞬の静寂。
そして――
術式は、完全に停止した。
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バルコニーに、風が吹く。
そこにはもう、サヨコはいなかった。
魔導ソーラーパネルは、静かに光を落とす。
結界の外。
魂ぐらいは、目的を失ったように散っていった。
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トールは、その場に立ち尽くしていた。
「……成功だにゃ」
クロが、静かに言った。
「……ああ」
声は、少しだけ掠れていた。
守れた。送り出せた。
それは、確かな事実だった。
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夜は、まだ終わらない。
だが――
一つの役目は、
確かに終わった。
十四歳の管理者が、決めたことをやり切った十二日目だった。




