第20話 帰還の準備
夜が、静かに明けていった。
結界はいつも通り張られている。いつも通り魔力も巡っている
だが、余裕はなかった。
トールは、蔵書階層の中央にいくつもの本を広げていた。
「……条件を整理する」
独り言のように呟く。
クロは、本棚の上からそれを見下ろしている。
「感情を挟まず、現実を見る顔だにゃ、今は、それが必要だにゃ」
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トールは、帳面を開き、項目を書き出した。
――魂のみの転移
――肉体は別世界に存在
――魔導ソーラーパネルとの共鳴あり
「……通常の転移魔法は、使えない」
クロが、淡々と補足する。
「肉体を伴わない 転移は、“送還”に近い」
「……輪廻への干渉」
トールは、ページをめくる。
「強引にやれば、消滅の危険がある」
サヨコは、少し離れた場所で静かに聞いていた。
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「……選択肢は、二つ」
トールは、はっきり言った。
「一つは、師匠を待つ」
「……でも」
サヨコが、言葉を継ぐ。
「魂ぐらいから守り切らなければならない。」
「……そうだにゃ」
クロが、短く頷く。
「群れが来れば、塔の結界は長くは持たないにゃ」
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「もう一つは」
トールは、一瞬だけ言葉を選んだ。
「……不完全な送還術式を組む」
サヨコは、その言葉を静かに受け止める。
「……成功率は」
「低い」
即答だった。
「でも」
トールは、顔を上げる。
「整備士のおじさんが言ってた。戻れた例が、ある」
「……うん」
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クロが、慎重に言う。
「成功例は、“共鳴点”が明確だった」
「……魔導ソーラーパネル」
「そうだにゃ」
トールは、ゆっくり頷く。
「引き寄せたのなら、逆も、できるはずだ」
サヨコは、少し驚いた顔をした。
「……戻すのも、同じ?」
「正確には、“同じ流れ”」
トールは、指で円を描く。
「流れに、逆らわない」
十四歳の管理者が、決断を迫られた十二日目だった。
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夜明け。
三人は、バルコニーに立っていた。
魔導ソーラーパネルは、静かに光を蓄えている。
「……ここが、起点」
トールは、掌をかざす。
「無理に引き剥がさない、……押し戻す」
クロが、低く言った。
「力ではなく、方向を変える」
「……難しそう」
サヨコが、正直に言う。
「難しい」
トールも、否定しなかった。
「でも、オレは、やる」
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準備は、慎重に進められた。
術式の再構成。
結界との干渉調整。
魔導ソーラーパネルの出力制限。
トールの顔は、真剣だった。
「……前より、落ち着いてるにゃ」
クロが、ぽつりと言う。
「……逃げてないにゃ」
「……ああ」
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昼。
すべての準備が、終わる。
「……今日の夜だ」
トールは、そう告げた。
サヨコは、少しだけ驚いた。
「……思ったより、早い」
「待つほど、状況は良くならない」
「……そっか」
サヨコは、深く息を吸った。
「……ありがとう」
「まだだ」
トールは、はっきり言った。
「……戻すまで」
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結界の外。
赤い光が、遠くで一つ、また一つ瞬いている。
クロが、静かに言った。
「今夜、決着だにゃ」
トールは、頷いた。
守る準備は、終わった。
残るのは――
送り出す覚悟だけ。




