第19話 本当の気持ち
夜。
塔の中は、いつも通り。
外から見れば、それは二階建ての小さな家。
石造りの壁に、控えめな窓。庭も狭く、特別な装飾もない。
だが――
扉を開ければ、内部には、天井の見えない円筒形の塔が、まっすぐ上へと伸びている。
石壁には魔道照明の光が幾重にも重なり、空気そのものが淡く色づいている。
結界もいつも通り張られている。いつも通り魔力も巡っている。
それでも、どこか“終わりの気配”が漂っていた。
トールは、応接室の椅子に座っていた。
何かをしているわけではない。
ただ、待っていた。
「……トール」
声は、すぐ近くから聞こえた。
サヨコだった。
⸻
「……話、いい?」
「ああ」
短い返事。
サヨコは、トールの正面に浮いた。
少し距離を取って。いつもと同じように。
「……あのね」
サヨコは、言葉を探すように視線を泳がせた。
「わたしね、帰るって言ったでしょ」
「……ああ」
「でも」
一拍。
「本当は、もっと前から帰ろうと思ってた」
トールは、黙って聞いていた。
⸻
「魂ぐらいが来る前から」
サヨコは、
はっきり言った。
「ここに長くいたら、よくないって」
「……」
「でもね」
声が、少しだけ揺れる。
「言いたくなかった」
「……どうして」
「楽だったから」
即答だった。
「安心できた」
トールの指が、
わずかに動いた。
⸻
「わたし、ずっと誰かの役に立ちたかった」
サヨコは、自分の手を見る。
「家では、ちゃんと愛されてた」
「……」
「でも、忙しかったでしょ」
トールは、黙って聞いていた。
「だから、料理して誰かが “おいしい”って言ってくれるのが 嬉しくて」
その言葉が、ゆっくりと落ちていく。
⸻
「ここでも、同じだった」
サヨコは、小さく笑った。
「教えたことが役に立って、そして、トールが元気になっていく様子が」
「……それは」
トールは、言いかけて止めた。
「……続けてくれ」
「うん」
⸻
「でもね」
サヨコは、視線を上げた。
「それって、“ここにいていい理由”じゃない」
その言葉は、静かだった。
だが、確かだった。
「役に立つから残るんじゃない」
「……」
「残っていいなら、ちゃんと選びたかった」
トールは、胸の奥が少し痛むのを感じた。
⸻
「……オレは」
トールは、ゆっくり口を開いた。
「最初、守るって言った」
「うん」
「でも」
言葉を選ぶ。
「それが、縛ることになるなら、間違いだ」
サヨコは、驚いたように目を瞬かせた。
⸻
「帰るなら、オレが帰す」
トールの声は、低く、はっきりしていた。
「それは、守るのとは違う」
「……どう違うの」
「選んだ道を、最後まで支える」
サヨコは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ありがとう」
⸻
沈黙。
それは、重くなかった。
「……ね、トール」
「何だ」
「もし、わたしが戻ったら」
「……」
「ちゃんと食べてね」
トールは、少しだけ困った顔をした。
「……努力はする」
サヨコは、くすっと笑った。
⸻
クロは、少し離れた場所で二人を見ていた。
(……覚悟が、整ったにゃ)
それを、口には出さなかった。
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結界の外で、また声が重なる。
遠く。
だが、確実に。
サヨコは、その音を聞いて、静かに言った。
「……トール」
「……ああ」
「帰りたい」
その言葉は、逃げではなかった。
前へ進むための、選択だった。
トールは、ゆっくりと頷いた。
「……必ず」
二人と一匹はは、もう迷っていなかった。




